34 / 80
エレベーターで君と
しおりを挟むエレベーター前でスバルと別れ、ひとり帰路についた。自宅でぼーっとしながらシャワーを浴びているとき、突如として我に帰った。
俺、さっき、なにをした……?
ずっと夢の中にいたような気がする。ルミちゃんとデートをした平和な昨日の午後から、一夜明けて、なぜスバルとキスをするに至ったのか。……それも自分から。
そんなに酔っていたわけではないのに。キス魔では断じてないのに。あいつは男なのに。俺はひかえめな可愛らしい女の子が好きなのに。
振り払おうとすればするほど、真っ赤になってへたりこんだスバルの顔が脳裏に浮かび、胸の奥がずきずきとした。
うわああああ! 死にたい! と叫び出しそうになるのをなんとかこらえる。
どうすればいい。どうすればいい。俺は一体どうすればいいんだ。
髪も身体もとうに洗い終わっているのに、まるで滝修行であるかのように無言でシャワーに打たれ続けた。どうすれば。答えが見つかるはずもない。それでも考えてしまう。どうすれば。俯いた俺のあごの先からもお湯がどんどん伝い落ちていく。お湯が排水溝に吸い込まれてなくなるように、俺も消えてなくなってしまいたい。どうすれば。
そうだ無視だ。
ひらめいた。酔ったフリ。それに尽きる。
スバルになんと言われようと、あの日のことは、泥酔していて1ミリも覚えていないと言い張ろう。それが嘘だとバレたとしても、そんなの知ったことじゃない。認めなければいいのだ。
なんとも男らしくない打開策だが、対男なのだからどうでもいい、と投げやりに考えた。どうでもいいだろ、スバルなんて。昨日だって、あいつなんか本当はどうでもよかったんだ。
なのに足はいつのまにかあの席に向かっていた。
その事実にまた、胸の奥がずきずきとする。
やり切れなくなり、乱暴にシャワーを止めると浴室を出た。身体を拭き、呆然としたまま髪を乾かし、パンツ一丁でベッドに潜り込む。……とにかくいまは寝よう。寝ることだ。あとは起きてから考えよう。いざとなればさっき決意したように、無視すればいいのだから。絶対に逃げると決め込んで、俺は眠りについた。このまま永遠に目覚めたくない気持ちだった。
◆
……何時間経っただろう。チャイムが鳴って目が覚めたとき、外はもう薄暗かった。夕方か。
けっこう眠ったな、こんな時間にいったい誰だ。なんか注文してたっけ……などと寝ぼけた頭で考えながら、Tシャツとハーフパンツを適当に身につけて玄関に向かう。
女の子は部屋のドアを開けるときに絶対用心すべきだが、男はそういうのに無頓着なタイプが多いだろうと思う。俺もその例に漏れない。ドアスコープをろくに確認しないまま扉を開けてしまい、度肝を抜かれた。冷や汗が背中を流れる気がした。
「な、な、な」
「おはよー優也。来ちゃったっ」
語尾にハートマークでも飛ばしそうなほど上機嫌なスバルが、きらきらの笑顔を讃えて立っていた。
狼狽しながらも腹を括る。
無視作戦、発動である。
39
お気に入りに追加
1,001
あなたにおすすめの小説
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる