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あの夜、君と

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まったくそんなつもりじゃなかったのに、金曜の夜、俺は哀子がいるキャバクラに来ていた。


もともと俺は酒は飲むが、女の子のいる店はそんなに好きじゃないし、ホストなんてもってのほかだった。安い居酒屋で気楽にワイワイやるのが好きで、気を遣って飲むなんていうのはまっぴらなのである。


じゃあなぜいまキャバクラにいるのかといえば、嫌々参加した会社の打ち上げでなぜか流れ着いてしまった、という言葉に尽きる。二軒目を出た頃にはもう職場の女の子たちは帰ってしまい、男だらけになっていた。俺以外の皆が、どこかいいキャバクラはないのか?! といって女性を求め始めたので、いちばん酔っていなくてまともだった俺が、いい店を探す役割になってしまったのだ。幹事でもないのに、何故。


とはいえ行ったことがない店をあれこれ調べて考えるのはめんどくさいので、速攻で哀子に電話をかける。


「いまから五人くらいで行きたいんだけど忙しい?」
『ぜんぜんいいよ、暇だしむしろ歓迎。でも店ではちゃんと源氏名で呼びなさいよ、愛衣って』


念押しをされ、へいへいと適当に頷き、酔っ払いどもを引き連れてキャバクラに乗り込んだのであった。











「……で、なぜ俺はいまひとりなんだと思う?」
「延長も終わって、皆がじゃあこれでお開き~となったところで、あんただけあたしにさらなる延長を命じられたからじゃない?」


細身のタバコを灰皿に押し付けながら、まったく悪びれずに哀子が言う。


「分かってんならせめて他の可愛い子をつけろ。なんでお前なんだよ。タバコ吸ってんじゃねえよ」
「じゅーぶん可愛いっつーの! 指名料ももらうからよろしくねん」


出勤しているときの哀子を見たのは初めてではないが、いかにも夜のお姉さんといった雰囲気で、どうにも落ち着かない。いつもより露出が激しいし、メイクは濃いし、髪の毛もアップにしている。白くて細い首もとが美しい。


俺はうなじが好きなので、普段なら男の性として心持っていかれそうになったりもするのだが、これが哀子となると話は別だ。大好きなうなじを見せつけられても真顔で対応できる。俺にとって哀子は、実の母親とか妹とかみたいなもので、意識する方が難しいしたぶん逆もそうだろう。


「そういやさ、哀子に聞きたかったことがあるんだけど」
「ん、なに?」
「……スバルってホストいるだろ」


俺が奴の話を持ち出すことを不自然だと思われたくなくて、なるべくさらりと切り出した。哀子は眉毛をひそめて、それがどーしたという大変分かりやすい表情を作る。


「うん、デビルジャムのスバルくんでしょ? なんか仲良いっぽいよね最近」

「あいつってさ、その……男が好きな男……だったりすんのかな……?」


一瞬間が空いて、哀子は爆笑した。それはもう涙を流すほどの気持ちいいくらいの爆笑だった。


「あははは、なに、あんたスバルくんのこと狙ってんの?」
「なんで俺が狙うんだよ!」
「だって今のは完全に、不意打ちで同性を好きになってしまった男が、ワンチャンあるかないかを探ろうとしているって流れだったじゃん」


肩を震わせてまだ笑う。だんだんイライラしてきた。


「俺じゃなくて、あいつがふざけて好き好き言ってくるんだよ。当然冗談だと思ってあしらってんだけど……最近そういう、同性愛、とかもよくある話っぽいからさ、ガチだったら俺すげえ無神経に傷つけてる酷いやつなんじゃないかと思って、いちおー、聞いてみただけだよ」


言いながら、果てしなく情けない気持ちになってきた。真に受けているわけじゃないのに、真に受けている風になってしまっているのもなんだか悔しい。


「優也、変なとこやさしーもんね。超笑っちゃったから説得力ないけど、そういうとこホントいいとこだと思ってるよ。まあ安心して大丈夫、スバルくん、ちゃんと女の子大好きだし。あんたの思ってるとおり、悪ふざけでしょ」
「だよなあ。それを聞いて、安心して今まで通りに冷たく振る舞える」
「でしょー。延長二回もして、あたしがついてよかったねえ」
「そういうことにしといてやっか」


しばし後、俺は泣く泣く諭吉数人に別れを告げて、キャバクラを出た。
寄り道もせず、まっすぐ家に帰る。

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