9 / 80
あの夜、君と
しおりを挟むまったくそんなつもりじゃなかったのに、金曜の夜、俺は哀子がいるキャバクラに来ていた。
もともと俺は酒は飲むが、女の子のいる店はそんなに好きじゃないし、ホストなんてもってのほかだった。安い居酒屋で気楽にワイワイやるのが好きで、気を遣って飲むなんていうのはまっぴらなのである。
じゃあなぜいまキャバクラにいるのかといえば、嫌々参加した会社の打ち上げでなぜか流れ着いてしまった、という言葉に尽きる。二軒目を出た頃にはもう職場の女の子たちは帰ってしまい、男だらけになっていた。俺以外の皆が、どこかいいキャバクラはないのか?! といって女性を求め始めたので、いちばん酔っていなくてまともだった俺が、いい店を探す役割になってしまったのだ。幹事でもないのに、何故。
とはいえ行ったことがない店をあれこれ調べて考えるのはめんどくさいので、速攻で哀子に電話をかける。
「いまから五人くらいで行きたいんだけど忙しい?」
『ぜんぜんいいよ、暇だしむしろ歓迎。でも店ではちゃんと源氏名で呼びなさいよ、愛衣って』
念押しをされ、へいへいと適当に頷き、酔っ払いどもを引き連れてキャバクラに乗り込んだのであった。
◆
「……で、なぜ俺はいまひとりなんだと思う?」
「延長も終わって、皆がじゃあこれでお開き~となったところで、あんただけあたしにさらなる延長を命じられたからじゃない?」
細身のタバコを灰皿に押し付けながら、まったく悪びれずに哀子が言う。
「分かってんならせめて他の可愛い子をつけろ。なんでお前なんだよ。タバコ吸ってんじゃねえよ」
「じゅーぶん可愛いっつーの! 指名料ももらうからよろしくねん」
出勤しているときの哀子を見たのは初めてではないが、いかにも夜のお姉さんといった雰囲気で、どうにも落ち着かない。いつもより露出が激しいし、メイクは濃いし、髪の毛もアップにしている。白くて細い首もとが美しい。
俺はうなじが好きなので、普段なら男の性として心持っていかれそうになったりもするのだが、これが哀子となると話は別だ。大好きなうなじを見せつけられても真顔で対応できる。俺にとって哀子は、実の母親とか妹とかみたいなもので、意識する方が難しいしたぶん逆もそうだろう。
「そういやさ、哀子に聞きたかったことがあるんだけど」
「ん、なに?」
「……スバルってホストいるだろ」
俺が奴の話を持ち出すことを不自然だと思われたくなくて、なるべくさらりと切り出した。哀子は眉毛をひそめて、それがどーしたという大変分かりやすい表情を作る。
「うん、デビルジャムのスバルくんでしょ? なんか仲良いっぽいよね最近」
「あいつってさ、その……男が好きな男……だったりすんのかな……?」
一瞬間が空いて、哀子は爆笑した。それはもう涙を流すほどの気持ちいいくらいの爆笑だった。
「あははは、なに、あんたスバルくんのこと狙ってんの?」
「なんで俺が狙うんだよ!」
「だって今のは完全に、不意打ちで同性を好きになってしまった男が、ワンチャンあるかないかを探ろうとしているって流れだったじゃん」
肩を震わせてまだ笑う。だんだんイライラしてきた。
「俺じゃなくて、あいつがふざけて好き好き言ってくるんだよ。当然冗談だと思ってあしらってんだけど……最近そういう、同性愛、とかもよくある話っぽいからさ、ガチだったら俺すげえ無神経に傷つけてる酷いやつなんじゃないかと思って、いちおー、聞いてみただけだよ」
言いながら、果てしなく情けない気持ちになってきた。真に受けているわけじゃないのに、真に受けている風になってしまっているのもなんだか悔しい。
「優也、変なとこやさしーもんね。超笑っちゃったから説得力ないけど、そういうとこホントいいとこだと思ってるよ。まあ安心して大丈夫、スバルくん、ちゃんと女の子大好きだし。あんたの思ってるとおり、悪ふざけでしょ」
「だよなあ。それを聞いて、安心して今まで通りに冷たく振る舞える」
「でしょー。延長二回もして、あたしがついてよかったねえ」
「そういうことにしといてやっか」
しばし後、俺は泣く泣く諭吉数人に別れを告げて、キャバクラを出た。
寄り道もせず、まっすぐ家に帰る。
42
お気に入りに追加
939
あなたにおすすめの小説
ある日、人気俳優の弟になりました。2
ユヅノキ ユキ
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
ある日、人気俳優の弟になりました。
ユヅノキ ユキ
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
兄弟がイケメンな件について。
どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。
「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。
イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる