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月夜に
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開かずの間への訪問も今ではすっかり慣れたものだ。使用人や家族が見ていないことを確かめて、そろそろと三階へ向かう。
十字架のかけられた銀色の扉。そういえば再会した日、エドは聖水を飲み干していた。もしかするとこの十字架も、彼にとってはなんの意味も為さないのかもしれない。
…ではなぜ、部屋から出られないのだろう?
疑問は浮かんですぐ消えた。室内に入り、名前を呼びかけるものの、いつものように闇の中で蠢く気配がない。
「エド…?」
部屋の中はしんとしている。
いなくなってしまった?
いや、そんなまさか。
でもいつもだったら、棺の置いてあるあの辺りから起き出す気配がするはず…
不安でそわそわとして落ち着かない。不在なんて今までになかった。どこへ行ったの?
その時、突然に水音が響いて驚く。よく聞けばそれは耳に馴染んだ音、蛇口が捻られてシャワーが流れる音だ。
合点がいって、以前エドが浴室だと言ったドアの向こうを見る。
もしかして…入浴中?
◻︎
すぐに出て行こうか迷ったが、吸血鬼は耳や鼻が良いと聞いたことがあった。お風呂から上がったエドが、私が部屋を訪れたのに挨拶もせず帰ったと知ったら嫌な気持ちになるのではないかと考え、踏みとどまる。
思えば、いつもは昼過ぎに訪ねていた。それが今日は夕食の後に来たのでもう19時を過ぎている。エドが覚醒する時間は不明だが、もう夜なので彼が起き出していても不思議ではない。
いつもの椅子に座り、エドが読みかけた本を手にとってパラパラとめくってみたりする。
【血と封印】
分厚くて重い本にはよくわからない呪文のようなものが書き連ねてあった。読み解こうと奮闘しているうち、とつぜん浴室のドアが開いた。
「あれ、ダイアナじゃないか」
「きゃ、っっ…!」
吸血鬼は良い匂いの湯気をまとい、上半身が裸のまま浴室から出てきた。柔らかそうなタオルで髪の毛をがしがしと拭いている。
細身なのにしっかりした肩幅も、割れている腹筋も、何もかもが女の自分とは違う身体で、ドキドキした。
「いやいや、恥ずかしがるのはふつう俺だろ?」
ちっとも恥ずかしくなさそうに言いながらクローゼットまで歩いて行き、中から白いシャツを取り出して羽織る。
「珍しいな、こんな早くに」
「…私にとっては、遅くに、なんだけど」
「ああそうか。お前はこれから眠るんだもんな」
「ええ。エドにとっては今が朝?」
「そうだ。起きてカーテンを開けて月の光を浴び、風呂に入ってさっぱりしたところだな」
「私とは真逆の生活ね」
夜に見るエドは昼とは比べようもないほど美しい。産毛の一本一本まで銀色で、ついうっとりと見つめてしまう。いつもは眠そうで苛立っているイメージがあったが、今日はすっきりとしている。相手の生活を考えずに寝ている時間にばかり押しかけていたことを申し訳なく思った。
「どうした?」
「どうもしないけど、来ちゃった。」
「へえ。いいけど、俺はいつでも」
棺に腰をかけて、シャツのボタンひとつひとつを丁寧にとめている。
「夕食は済んだのか?」
「ええ。お風呂も入って、使用人に今日はひとりで休むと言ってこっそり来たの。だからバレる心配はないわ」
「ふうん。泊まっていけば?」
「…えっ?」
「一晩いなくてもバレないんだろ?もう寝るって言って来たなら」
ふざけているのかと思ったが、顔を見るに、どうやら至極真面目らしい。恥ずかしがるでもなく、強引にでもなく、何気ない雰囲気で言葉を発している。
戸惑っているのは私だけなの?考えすぎ?
全身が緊張する。エドが使わないので日ごろ目にも入っていない、インテリアと化したダブルベッドに嫌でも目がいってしまう。
「ダイアナ、今なに考えてる?」
「か、からかわないで。私、そういうの、慣れてないの」
「待てよ。結婚しようって何度も言ってる俺が、今さらお前をからかうとでも?」
囁きは毒のように私の身体を巡る。
この前のキスの続き、しよう?
返事に困って、くらくらする頭で窓の外を見た。美しい月がこちらを見ていた。
十字架のかけられた銀色の扉。そういえば再会した日、エドは聖水を飲み干していた。もしかするとこの十字架も、彼にとってはなんの意味も為さないのかもしれない。
…ではなぜ、部屋から出られないのだろう?
疑問は浮かんですぐ消えた。室内に入り、名前を呼びかけるものの、いつものように闇の中で蠢く気配がない。
「エド…?」
部屋の中はしんとしている。
いなくなってしまった?
いや、そんなまさか。
でもいつもだったら、棺の置いてあるあの辺りから起き出す気配がするはず…
不安でそわそわとして落ち着かない。不在なんて今までになかった。どこへ行ったの?
その時、突然に水音が響いて驚く。よく聞けばそれは耳に馴染んだ音、蛇口が捻られてシャワーが流れる音だ。
合点がいって、以前エドが浴室だと言ったドアの向こうを見る。
もしかして…入浴中?
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思えば、いつもは昼過ぎに訪ねていた。それが今日は夕食の後に来たのでもう19時を過ぎている。エドが覚醒する時間は不明だが、もう夜なので彼が起き出していても不思議ではない。
いつもの椅子に座り、エドが読みかけた本を手にとってパラパラとめくってみたりする。
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細身なのにしっかりした肩幅も、割れている腹筋も、何もかもが女の自分とは違う身体で、ドキドキした。
「いやいや、恥ずかしがるのはふつう俺だろ?」
ちっとも恥ずかしくなさそうに言いながらクローゼットまで歩いて行き、中から白いシャツを取り出して羽織る。
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「…私にとっては、遅くに、なんだけど」
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「ええ。エドにとっては今が朝?」
「そうだ。起きてカーテンを開けて月の光を浴び、風呂に入ってさっぱりしたところだな」
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夜に見るエドは昼とは比べようもないほど美しい。産毛の一本一本まで銀色で、ついうっとりと見つめてしまう。いつもは眠そうで苛立っているイメージがあったが、今日はすっきりとしている。相手の生活を考えずに寝ている時間にばかり押しかけていたことを申し訳なく思った。
「どうした?」
「どうもしないけど、来ちゃった。」
「へえ。いいけど、俺はいつでも」
棺に腰をかけて、シャツのボタンひとつひとつを丁寧にとめている。
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「ええ。お風呂も入って、使用人に今日はひとりで休むと言ってこっそり来たの。だからバレる心配はないわ」
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「待てよ。結婚しようって何度も言ってる俺が、今さらお前をからかうとでも?」
囁きは毒のように私の身体を巡る。
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返事に困って、くらくらする頭で窓の外を見た。美しい月がこちらを見ていた。
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