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お茶会
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その日、私は不機嫌だった。ノアが今日の午後、いっしょにお茶を飲もうと誘ってきたからだ。
「もう!どうして私がノアのために着替えや化粧直しをしなくてはいけないの?」
尖った声を隠そうともせず尋ねると、レオナは言いにくそうに答える。火に油を注がないよう細心の注意を払っているのだろう。
「一応、形上は許婚ですから…。ノア様はあと30分ほどで馬車でお見えになるそうですよ。テラスにお茶の準備がしてあります」
「ノアのことなんて男性として意識をしたことがないの。逆もそうだと思っていたのに…正直迷惑よ。レオナはどう思う?」
「さあ、私は…。ただ、友情が愛情に変わることも、稀ですがあるとは思います」
ひっつめ三つ編みを揺らしながら使用人は肩をすくめた。八つ当たりだという自覚があるので、その様子を見てわずかに申し訳ない気持ちになった。
「…感情的になってごめんね。早く破談にしたいのに、お父様は家にいないしノアは交流を深めようとしてくるしで、どうしてもイライラしてしまうの」
「大丈夫、レオナは分かっていますよ、ダイアナ様の気持ち…。他の人よりはね。ほんの少しくらいかもしれませんが」
「いいえ。あなたがそう言ってくれるだけで救われる思いよ」
仲直りのしるしににっこりと笑い合う。レオナが優しい手付きで腰のコルセットを締めた。
「さあ、気乗りはしないでしょうが、そろそろ行かなくては。頑張ってきてください。レオナはダイアナ様の幸せをいつも応援しています。目指す先が、破談だとしても」
「ありがとう。奮ってノアに喧嘩を売ってくるわ」
レオナの苦笑いに見送られながら、私は戦場へ向かう兵士の気持ちで、中庭のテラスに向かった。
◻︎
「やあ、ダイアナ。…今日も綺麗だね」
テラスに着くと、ひょろりとした金髪の青年がはにかんで出迎えた。ノアだ。高身長という点ではエドと同じなのに、エドのように芯が通って見えない。力いっぱい押したら簡単に倒れてしまいそうだ。
「白々しいこと言わないで。どうして私をお茶に誘ったりするの?」
「ごめん。ふたりきりで話がしたかったんだ」
「私はノアと話すことなんてなにもないわ。破談のこと以外は」
「…とりあえず座ろうか」
促され、可愛らしい彫刻のテーブルを挟んで向かい合うように座った。紅茶や簡単なおやつはすでに準備されている。
「ダイアナが怒っているのは分かってる。でもさ、僕たち小さい頃から仲が良かったじゃないか。どうして突然、僕のことを嫌いになったの?理由を教えてくれないか」
「べつに、嫌いになんてなってないわ。でもね、許婚の話が現実味を帯びてきたとき、お互い結婚相手としては見られないからお父様にきちんと話して分かってもらおうと約束をしたはずよ。そうよね?」
「…ああ」
「それなのに、ノアはお父様に言われるがまま。私との約束をどうして守ってくれないの?このままじゃ親の思う壺よ」
「ダイアナ、ごめん。聞いて」
ノアの整った顔が、悲しげに歪む。
「僕もはじめはそのつもりだった。ダイアナとは兄妹みたいに育ったんで、お互い男女として見られないとも思った。僕なんかと結婚するより、君はもっと幸せになる道があると思っていた」
真剣に話すので、怒る気持ちも失せてきた。釣られて真剣に聞き入ってしまう。ノアの瞳は、美しく燃える青い炎のようだ。エドとは真逆の色。
「でもね。僕は君のこと、本気で好きになってしまった」
「…え?」
「きちんと気持ちを打ち明けないまま、なあなあにして結婚の話を進めようとしたこと、本当にみっともなかったと思ってる。悪かった」
「待って、ノア」
「それは僕が臆病だったからだ。約束を守らない理由を話さないことで君が怒るのももっともだ。でも」
唐突に、テーブルの上で強く手を握られる。心臓が嫌にドキドキしたが、それはエドとキスをしたときのような甘さを孕んだものではなく、戸惑いゆえのものだ。
「いまは本当に心から、ダイアナと結婚したいと思っているんだ」
ずっと黙っているのに、なぜか息もつけない。
「もう!どうして私がノアのために着替えや化粧直しをしなくてはいけないの?」
尖った声を隠そうともせず尋ねると、レオナは言いにくそうに答える。火に油を注がないよう細心の注意を払っているのだろう。
「一応、形上は許婚ですから…。ノア様はあと30分ほどで馬車でお見えになるそうですよ。テラスにお茶の準備がしてあります」
「ノアのことなんて男性として意識をしたことがないの。逆もそうだと思っていたのに…正直迷惑よ。レオナはどう思う?」
「さあ、私は…。ただ、友情が愛情に変わることも、稀ですがあるとは思います」
ひっつめ三つ編みを揺らしながら使用人は肩をすくめた。八つ当たりだという自覚があるので、その様子を見てわずかに申し訳ない気持ちになった。
「…感情的になってごめんね。早く破談にしたいのに、お父様は家にいないしノアは交流を深めようとしてくるしで、どうしてもイライラしてしまうの」
「大丈夫、レオナは分かっていますよ、ダイアナ様の気持ち…。他の人よりはね。ほんの少しくらいかもしれませんが」
「いいえ。あなたがそう言ってくれるだけで救われる思いよ」
仲直りのしるしににっこりと笑い合う。レオナが優しい手付きで腰のコルセットを締めた。
「さあ、気乗りはしないでしょうが、そろそろ行かなくては。頑張ってきてください。レオナはダイアナ様の幸せをいつも応援しています。目指す先が、破談だとしても」
「ありがとう。奮ってノアに喧嘩を売ってくるわ」
レオナの苦笑いに見送られながら、私は戦場へ向かう兵士の気持ちで、中庭のテラスに向かった。
◻︎
「やあ、ダイアナ。…今日も綺麗だね」
テラスに着くと、ひょろりとした金髪の青年がはにかんで出迎えた。ノアだ。高身長という点ではエドと同じなのに、エドのように芯が通って見えない。力いっぱい押したら簡単に倒れてしまいそうだ。
「白々しいこと言わないで。どうして私をお茶に誘ったりするの?」
「ごめん。ふたりきりで話がしたかったんだ」
「私はノアと話すことなんてなにもないわ。破談のこと以外は」
「…とりあえず座ろうか」
促され、可愛らしい彫刻のテーブルを挟んで向かい合うように座った。紅茶や簡単なおやつはすでに準備されている。
「ダイアナが怒っているのは分かってる。でもさ、僕たち小さい頃から仲が良かったじゃないか。どうして突然、僕のことを嫌いになったの?理由を教えてくれないか」
「べつに、嫌いになんてなってないわ。でもね、許婚の話が現実味を帯びてきたとき、お互い結婚相手としては見られないからお父様にきちんと話して分かってもらおうと約束をしたはずよ。そうよね?」
「…ああ」
「それなのに、ノアはお父様に言われるがまま。私との約束をどうして守ってくれないの?このままじゃ親の思う壺よ」
「ダイアナ、ごめん。聞いて」
ノアの整った顔が、悲しげに歪む。
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唐突に、テーブルの上で強く手を握られる。心臓が嫌にドキドキしたが、それはエドとキスをしたときのような甘さを孕んだものではなく、戸惑いゆえのものだ。
「いまは本当に心から、ダイアナと結婚したいと思っているんだ」
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