いつかまた、バス停で。

おぷてぃ

文字の大きさ
上 下
43 / 56

第15話「いってきます」③

しおりを挟む
    バスの停留所が見えてきた。今日は自分が出かけていくためではなく、大切な人の、勇気を出して踏み出す一歩を見届けるためにやってきた。
    いつもの場所に自転車を停め、何となく停留所の中を見る。ひと月ほどの間に、この場所に対する思い入れは、随分と違うものになっていた。診療所に着くと、もうみんな揃っていて、荷物の準備もあらかた済んでいた。千鶴さんが俺を見つけ、声をかけた。

「あら、樹君。おはよう」いつもの優しい笑顔。
「おはようございます」

    病室に入ると、千鶴さんともう一人、志保の母親もそこにいた。
「おはようございます。えと...お母さん」そう言って軽く会釈をすると、優しく笑って返事を返してくれた。
「こそばゆいわね。名前で呼ぶといいわ」
    心なしか、以前に会ったときより印象が柔らかくなっているように思えた。

    千鶴さんが言った。
「志保なら今、うちの人と一緒にいるわ。大事な話があるって言って。もう少し待っててくれない?」
「はい」

    そうして、しばらく三人であれこれ話をしていると、志保を連れておじいさんが部屋にやってきた。志保はなんと、化粧をしている。俺を見つけると、「やっほ」と小さく手を振って笑う。恥ずかしさはあったが、手を上げて返事をした。
    傍らの千鶴さんを見ると愉快そうにくすくす笑っている。

「んんっ!」
    志保のおじいさんが咳払いをする。千鶴さんは俺に目配せをして、やれやれと肩をすくめた。

「全員そろったみたいだな。じゃあ、行くとしようか」

    おじいさんは、何事もなかったかのようにみんなへ背中を向けると、一人先にスタスタと歩いていく。千鶴さんがその背中に向かって『あかんべえ』をするのを、俺は見逃さなかった。

    停留所までの道のりを、志保と話しながら歩いた。なるべく他愛もないことを話すようにしていた。学校の話、勉強の話。志保は笑いながらそれを聞いていて、時折、非常に的確なアドバイスをくれた。身長は中学生でも、俺より年齢は二つ上で、悔しいことに、俺より断然頭がよかった。
    病気の為に休学はしているが、某国立大学の法学部に通っているらしい。これまで小馬鹿にしていただけに謎の敗北感にみまわれたが、今は気にしないことにした。後でじっくり反省しよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...