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第11話「祭りの夜」③
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「千鶴!」
首の下に手を回し、すくい上げるようにして抱き寄せる。千鶴はまだ苦しそうにしながらも、薄く目を開けてこちらに向けた。そんな…じゃあやっぱり…。
「ごめ……樹……」無理に笑おうとする千鶴。どうする…携帯電話なんて持っていない。
この神社に公衆電話が無いことは知っていた。誰かに頼んで救急車を呼ぶか…いや、そんなことをしている余裕はなさそうだった。千鶴の顔と石段を見比べる。
「待ってろ!」意を決して千鶴を背負った。麓へ下りれば、遠野診療所がある。あそこなら、どうにかできるかもしれない。
見た目以上に軽いその体を背負ったまま、石段を慎重に下る。片足ずつ下りたので、かなり時間を使ってしまった。千鶴の呼吸は一向に落ち着く様子はない。
そこからは、急な坂道がしばらく続いた。転んでしまわないように、一歩一歩に全神経を集中する。急な坂は終わり、緩やかな場所へ差し掛かった。もう、診療所の看板も見えていた。思わず駆け出す。
「もうちょっと、もうちょっとで着くからな!」背中の千鶴を励ますように、声を掛け続けた。
そしてようやく診療所の前に着いた。生垣から中へ入り、玄関へと進む。そこには志保のおじいさんともう一人、年配の女性が立っていた。停留所横にある、駄菓子屋のおばあさんだった。直前まで何かを話していたようだったが、こちらに気付いて俺の背負った千鶴を見るや否や、血相を変えて駆けて寄って来た。そして、おじいさんが俺から千鶴を半ば奪い取るようにして抱きかかえると、大声でその名前を呼んだ。
「志保!志保っ!」
その声を聞きつけて診療所から看護師が飛び出してきた。一度こちらを見やって状況を確認すると、今度は担架を引いて戻ってきた。
「先生!こちらへ!」担架へ乗せられた千鶴……志保は、看護師と共に診療所の中へ消えていった。
「あ、あの…。遠野さん…!」どうしていいかわからず、志保のおじいさんへ駆け寄る。
おじいさんが振り向くと同時に、左頬に衝撃が走り、右肩から地面に倒れこんだ。
俺も小さな頃には何度かお世話になったこともあり、気さくで明るいその人となりをある程度知っていたが、仁王のような顔で俺を睨み付けるその人は、とても同じ人物とは思えなかった。
「あなた!」
その様子を見ていた駄菓子屋のおばあさんが、俺に覆いかぶさるようにして間に入った。志保のおじいさんはその表情を変えることのないまま、おばあさんへと視線を移す。最後に俺を一瞥すると足早に診療所の中へ入っていった。志保と呼ばれた少女と左頬の痛み。
『やっぱり』
『なぜ』
頭の中を二つの言葉が駆け巡る。そんな俺に、おばあさんが話しかけてくれた。
「樹くん…よね?志保ちゃんから話は聞いてるわ」優しいその語り口調に、少しずつ落ち着きを取り戻す。俺は力なく頷いた。
「少し話せるかしら。志保ちゃんはうちの旦那に任せるとして、一旦、お暇しましょう?」
内心、心配でたまらないはずの志保のおばあさんは、俺の手を取り立ち上がるのを手伝ったあと、ついて来なさいと坂を下り始めた。俺は診療所を振り返って見た。中で何かしらの処置が続いているのだろう。まだどの病室にも明かりはない。
俺は志保が気がかりでならなかったが、ひとまずおばあさんに従うことにして、あとからとぼとぼと坂を下りて行った。
首の下に手を回し、すくい上げるようにして抱き寄せる。千鶴はまだ苦しそうにしながらも、薄く目を開けてこちらに向けた。そんな…じゃあやっぱり…。
「ごめ……樹……」無理に笑おうとする千鶴。どうする…携帯電話なんて持っていない。
この神社に公衆電話が無いことは知っていた。誰かに頼んで救急車を呼ぶか…いや、そんなことをしている余裕はなさそうだった。千鶴の顔と石段を見比べる。
「待ってろ!」意を決して千鶴を背負った。麓へ下りれば、遠野診療所がある。あそこなら、どうにかできるかもしれない。
見た目以上に軽いその体を背負ったまま、石段を慎重に下る。片足ずつ下りたので、かなり時間を使ってしまった。千鶴の呼吸は一向に落ち着く様子はない。
そこからは、急な坂道がしばらく続いた。転んでしまわないように、一歩一歩に全神経を集中する。急な坂は終わり、緩やかな場所へ差し掛かった。もう、診療所の看板も見えていた。思わず駆け出す。
「もうちょっと、もうちょっとで着くからな!」背中の千鶴を励ますように、声を掛け続けた。
そしてようやく診療所の前に着いた。生垣から中へ入り、玄関へと進む。そこには志保のおじいさんともう一人、年配の女性が立っていた。停留所横にある、駄菓子屋のおばあさんだった。直前まで何かを話していたようだったが、こちらに気付いて俺の背負った千鶴を見るや否や、血相を変えて駆けて寄って来た。そして、おじいさんが俺から千鶴を半ば奪い取るようにして抱きかかえると、大声でその名前を呼んだ。
「志保!志保っ!」
その声を聞きつけて診療所から看護師が飛び出してきた。一度こちらを見やって状況を確認すると、今度は担架を引いて戻ってきた。
「先生!こちらへ!」担架へ乗せられた千鶴……志保は、看護師と共に診療所の中へ消えていった。
「あ、あの…。遠野さん…!」どうしていいかわからず、志保のおじいさんへ駆け寄る。
おじいさんが振り向くと同時に、左頬に衝撃が走り、右肩から地面に倒れこんだ。
俺も小さな頃には何度かお世話になったこともあり、気さくで明るいその人となりをある程度知っていたが、仁王のような顔で俺を睨み付けるその人は、とても同じ人物とは思えなかった。
「あなた!」
その様子を見ていた駄菓子屋のおばあさんが、俺に覆いかぶさるようにして間に入った。志保のおじいさんはその表情を変えることのないまま、おばあさんへと視線を移す。最後に俺を一瞥すると足早に診療所の中へ入っていった。志保と呼ばれた少女と左頬の痛み。
『やっぱり』
『なぜ』
頭の中を二つの言葉が駆け巡る。そんな俺に、おばあさんが話しかけてくれた。
「樹くん…よね?志保ちゃんから話は聞いてるわ」優しいその語り口調に、少しずつ落ち着きを取り戻す。俺は力なく頷いた。
「少し話せるかしら。志保ちゃんはうちの旦那に任せるとして、一旦、お暇しましょう?」
内心、心配でたまらないはずの志保のおばあさんは、俺の手を取り立ち上がるのを手伝ったあと、ついて来なさいと坂を下り始めた。俺は診療所を振り返って見た。中で何かしらの処置が続いているのだろう。まだどの病室にも明かりはない。
俺は志保が気がかりでならなかったが、ひとまずおばあさんに従うことにして、あとからとぼとぼと坂を下りて行った。
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