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第5話「黄昏時」③
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右腕に抵抗が生じる。見れば彼の手が、私の手を掴んでいた。思わずそれを振りほどく。
「ごめん。ちょっとふざけ過ぎたな」申し訳なさそうに彼は言った。
「ちょっと、うまくいってなくてさ」今度は彼が俯く番だった。
「勉強?」そう聞くと、彼は小さく頷いた。
「ま、こんなことお前に言ったって、仕方ないんだろうけどな」そう言うと、自嘲気味に笑った。
いろいろ大変なようだ。今また頭を撫でたら、やっぱり怒られるだろうか。試してみたい気持ちはあったが、避けられるリスクは避ける主義だ。なので、やめておくことにした。
「そういえば、千鶴って遠野さんとこの子なんだよな?もしかして、志保、帰って来てる?」
突然の彼の口から出た名前に、戸惑いを隠せない。
「な、なんでそんなこと聞くのよ」
「え?あぁ、いや、少し気になって。この前、志保の声が聞こえた気がして…。あと、猫の話でさ」
なるほど。そういうことか。
「帰って来てるね」
「そうか。どこか悪いのか?」
こればっかりは、教えるわけにはいかない。
「別に、そんなことは無いけど」
「そうか…ならいいんだ。そっか…」
彼は一人で何かに納得した様子だった。私は話題を変えることにした。
「勉強ねー。ふーん…なるほど。ねえねえ、それじゃあ、私が勉強教えてあげよっか?」
胸を張ってそう言った。彼が私の顔をまじまじと見る。鳩がマメ鉄砲を食らうというやつだ。そしてまた、さっきのように笑ってくれた。
「遠慮しとくよ。けど、ありがとうな」
立ち上がった彼に、今度はこちらの頭を撫でられた。帽子が前にずり落ちて、つばで目の前が真っ暗になる。これはこれで、好都合だと思った。今の表情を見られずにすむ。帽子越しに感じる彼の手は見た目以上に大きく感じて、幼い頃、父親に頭を撫でられたときのことを思い出した。
たまらず逃げ出す。このまま走りさろうかとも思ったが、それでは彼に誤解されかねない。数歩目で足を止めて、後ろを振り返る。
「勉強とかさ。いろいろ大変だろうけど、嫌々やって辛くなるくらいなら、やめちゃってもいいんじゃない?」
「パーーーっと遊んじゃえばいいんだよ」
ぱーっと手を広げそう言った私に、彼は柔らかく微笑んだ。
「そうかもな。ありがとう」
私はそうだそうだとばかりに頷いて、今度こそ帰ることにした。そして彼に背中を向け、肩越しにこう言ってやった。
「ジジによろしくな!」
あばよとばかりに立ち去る私を、彼はどんな気持ちで見ていたのだろう。
「あぁ。またな、千鶴」彼のその言葉は、さっきまでより弾んで聞こえた。
『またな』
私はなんだか嬉しくなって、その日の帰り道は足取りが軽かった。
「ごめん。ちょっとふざけ過ぎたな」申し訳なさそうに彼は言った。
「ちょっと、うまくいってなくてさ」今度は彼が俯く番だった。
「勉強?」そう聞くと、彼は小さく頷いた。
「ま、こんなことお前に言ったって、仕方ないんだろうけどな」そう言うと、自嘲気味に笑った。
いろいろ大変なようだ。今また頭を撫でたら、やっぱり怒られるだろうか。試してみたい気持ちはあったが、避けられるリスクは避ける主義だ。なので、やめておくことにした。
「そういえば、千鶴って遠野さんとこの子なんだよな?もしかして、志保、帰って来てる?」
突然の彼の口から出た名前に、戸惑いを隠せない。
「な、なんでそんなこと聞くのよ」
「え?あぁ、いや、少し気になって。この前、志保の声が聞こえた気がして…。あと、猫の話でさ」
なるほど。そういうことか。
「帰って来てるね」
「そうか。どこか悪いのか?」
こればっかりは、教えるわけにはいかない。
「別に、そんなことは無いけど」
「そうか…ならいいんだ。そっか…」
彼は一人で何かに納得した様子だった。私は話題を変えることにした。
「勉強ねー。ふーん…なるほど。ねえねえ、それじゃあ、私が勉強教えてあげよっか?」
胸を張ってそう言った。彼が私の顔をまじまじと見る。鳩がマメ鉄砲を食らうというやつだ。そしてまた、さっきのように笑ってくれた。
「遠慮しとくよ。けど、ありがとうな」
立ち上がった彼に、今度はこちらの頭を撫でられた。帽子が前にずり落ちて、つばで目の前が真っ暗になる。これはこれで、好都合だと思った。今の表情を見られずにすむ。帽子越しに感じる彼の手は見た目以上に大きく感じて、幼い頃、父親に頭を撫でられたときのことを思い出した。
たまらず逃げ出す。このまま走りさろうかとも思ったが、それでは彼に誤解されかねない。数歩目で足を止めて、後ろを振り返る。
「勉強とかさ。いろいろ大変だろうけど、嫌々やって辛くなるくらいなら、やめちゃってもいいんじゃない?」
「パーーーっと遊んじゃえばいいんだよ」
ぱーっと手を広げそう言った私に、彼は柔らかく微笑んだ。
「そうかもな。ありがとう」
私はそうだそうだとばかりに頷いて、今度こそ帰ることにした。そして彼に背中を向け、肩越しにこう言ってやった。
「ジジによろしくな!」
あばよとばかりに立ち去る私を、彼はどんな気持ちで見ていたのだろう。
「あぁ。またな、千鶴」彼のその言葉は、さっきまでより弾んで聞こえた。
『またな』
私はなんだか嬉しくなって、その日の帰り道は足取りが軽かった。
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