上 下
39 / 60

ハロウィーンの記者会見、雪女大いに語る

しおりを挟む
 1942年2月。ソヴィエト連邦の崩壊と消滅は世界の誰の目にも明らかとなった。当初は大日本熊狩り帝国に捕らえられ、生存しているとされた筆髭初めソ連上層部が、明らかに暗殺としか思えない事故で行方不明となった為、その最後は目も当てられない程の混乱の中であったされる。



 具体的には徹底抗戦か降伏かの選択であり。降伏するにしても、東西から攻め来るのは何方も魔王軍であるので、どちらかマシかで残された人民は、ともすれば互いに銃を向けた。



 この混乱が収まったのは、東からやってきた魔王連合がモスクワを中心として「モスクワ大公国」の樹立を一方的に宣言した事によってである。



 首班は処刑された筈のアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァを名乗る女性ある。この発表は帝都東京で行われ、世界の報道陣が集まる中で行われた。



 元より生存説はあったが、そんな物は眉唾物のゴシップであった筈。よもや当人がれっきとした国家の後押しで「本人です」と名乗り出るとは誰も予想だにしていなかった事態だ。



 しかもである。ピチピチなのだ当人が。処刑から脱出していたとしても、1901年生れのはずの彼女は、残された写真と待ったく同じ姿で世界の前に現れた(髪も肌も雪のように白くて冷気を放っている以外は)



 冬場だと言うのにクーラーをガンガンに効かせ外より寒い会見場、その場に集まった厚着の記者団に彼女は答える。

 

 Q「なんで今まで隠れてたの?なんで今頃になって出て来たの?」

 

 A「私は日本帝国に亡命した白軍貴族の中に交じり今まで生活しておりましたが、この度、ロシアの国難に際して、日本帝国の要請に応え公国の代表として立つ事を了承致しました。全ては社会主義者の悪政により苦しんできた臣民を救う為です」



 Q「なんでそんなに若いの?あんた三十路超えたオバサンでしょ?マジで本人?整形じゃないの?」



 A「間違いなく本人です。若いのは持病の治療の為、帝国製の薬を服用した為です。今の質問した方、後で個人インタビューに応えますので御一人で御出で下さい(ここで室内の気温がマイナスになる)



 Q「他の皇族の方々はいないの?あなた一人だけ?」



 A「残念ながら(姉さん達も弟も父上も黄泉がえったとたんに私に押し付けたんだよ!)



 Q「今回の一方的な日独による侵略戦争に思う事は?(侵略者の後押しで返り咲く事に恥とか無いの?領土削られるんだよ?)」



 A「ドイツには領土の返還を求めますが、日本帝国に関しては今までの保護の恩がございます。そして寸土であったとしてもロシア人の国家樹立を認められるとあれば否はありません。全ては赤が悪いんです赤が」



 Q「それはドイツに対して戦争を継続すると言う事ですか?日本帝国と同盟を?」



 A「現状、それはありえません。正直に申しまして口惜しくはありますが、ドイツには交渉をもって臣民、領土の返還を求めるだけです。まずは赤により荒廃した国土の復興が第一と考えております。同盟に関してはその通りです。日露は今後友好的な関係を維持したいと考えております」



 Q「今も抵抗している赤軍に付いてどう対処するかお答えください」



 A「武器を置き日本側への投降を求めます。彼らもまたスターリン以下社会主義の被害者ですので、今までの事は忘れてロシアの復興に尽力して頂ければと考えております(許す訳ないでしょ!全部家畜じゃ!生きて良いのは農奴だけよ!思い知らせたる赤いダニども!)



 

 皇女の内心はどうあれ、世界にこの会見は報道され、混乱の渦中にある赤軍残党と人民は雪崩を打って日本側勢力域に逃げ込む事になる。



 そこで待つのが、曲がりなりにもソ連が邁進してきた近代化の努力を無にする、前近代的な農奴社会への回帰だとしても彼らに選択肢はなかったのだ。少なくとも「殺してから奴隷にする」を公然と実行するドイツよりはましである。



 悪名高き「別動隊」は史実の五倍に規模を拡大しており、安価で安全な死体を先兵として使う事に躊躇を覚えなくなった国防軍がそこに加わっているのだ。



 村を焼き、街を略奪し、先に処刑した者を起き上がらせ、次ぎの者を処刑させる倍々ゲーム式処理方法を発案して実行する悪魔よりは、無抵抗であれば最低限食うには困らない農奴生活の方が良い。



 



 こうして色々と混乱はあったがソ連は崩壊した。大日本帝国と不愉快な仲間たちは熊を切り刻み往時の帝国領土を復興させると言う目的を達成したのだ。



 世界に見せつけると言う形で。



 アナスタシア皇女の会見と時を同じくして、煌びやかな衣装を身に纏う乾ききった木乃伊と古びた骨の代表団は報道陣の前で。今一慣れない記者会見を行っているのだ。



 両者に認識のギャップがあるのが問題だった。方や古の王侯とその延臣、方や売り上げ至上主義の売文屋である。司会兼進行役である日本出身の不死者(皇族)が居なければ首がダース単位で飛んでいたであろうし、後日行方が分からなくなった者もいた。



 ともあれ世界はこれで知った。彼らは目を逸らし続けてきた真実からもう逃げられない。死者が国を作り、死んだ者が当の昔に不渡りになった筈の証文を持って借金の催促に来る可能性だ。



 しかも凄い勢いで追い込みをかけて来る。現に居留守を使った熊が、肉切り包丁を振りかざして襲って来たシャイロックの群れに、体重の半分以上の肉を抉り取られて鍋の中で煮えている。



 「「もしかして死霊術って危険な技術?」」



 何を今更の感があるが、ムクムクとそんな疑念が沸き上がってくるのは当然であろう。だが止められない止まらないのだ。



 今何をしている?と聞かれれば戦争中だ。世界を巻き込み全ての墓を掘り起こしての総力戦である。ここで止めたら止めた者が相手の永遠の奴隷として利用される。現にドイツが獲得した東方生存圏からは、続々と腐った死体の列が西へ西へと歩いているのが確認された。



  敵も味方も止められない。分かっているけど止められない



 





 「例の計画の予算だが了承された。我々には切り札が必要なのだ。何時までも化け物共に好き放題にされる訳にはいかない。少なくとも話し合いの席に曳きづってこれ無くてはいけないのだ。頼むぞ」



 「わかっております大統領閣下」



 ただ一国を除いて。
しおりを挟む

処理中です...