上 下
38 / 60

美食倶楽部の帝王たち コッテリとしていて濡れた熊のような香り

しおりを挟む
 朗らかな談笑の声と、軽快にして妙なる調べ、ここ満州国首都新京に、この度新築された迎賓館では贅を尽くした晩餐が行われている。 



 そう贅は尽くされている。室内を飾る調度品が全てソ連からの略奪品であり、妙なる調べを奏でるオーケストラたちがロシアを代表する嘗ての大音楽家たちの骨であったとしても贅は贅だ。



 饗されるメニューも大変に贅沢である。それは老いた熊とその側近たる狐たち、そして国を守る為に死力を尽くして戦った史実であれば戦史に名を遺したであろう将帥たちだ。



 彼らは一様に苦悶の声を上げ生を絞られ来賓者の目を楽しませている。時折強靭な意思の力で持って罵りと呪いの遠吠えを上げる生きのよさは、程よく来賓の種族特性であるサディズム的な本能と、優越感を大いに満たすスパイスでもある。



 主催も来賓も大変に豪華だ。対ソ戦の祝勝会であるこの度の宴には王侯貴族、その中でも数多の民族を従える帝王たちが集っている。違いは現役と近ごろ現役復帰した者が居る事であろうか。



 満・漢・蒙・土・そして日、帝王たちは大いに楽しみ侮蔑と嘲弄の目で己の支配に愚かにも逆らった赤い成り上がり達を見やって朗らかに笑っている。



 

 「騙された、、、一体これは何度目の詐欺だ?私はどれだけ耄碌していたんだ」



 苦痛の呻きの中、老いた熊は息も絶え絶えに呟いた。今の自分は人ではない物だ。ナチスに捕らえられた捕虜ですら此処迄の扱いはされないであろう拷問を受けている。



 「こんな事ならちょび髭に降伏した方がましだった、、、」



 そうだ。あの三流絵描きに負けを認めていたなら、でっち上げられた罪での銃殺で済んだ筈だ。今の自分は罪人ですらない。



 「クソ野郎ども!殺すなら殺せ!なんだこの扱いは!」



 痛みの中であっても怒りが湧き出し怒鳴らずにはおられない。心配されていた血圧の急上昇で死ねるならその方が良い、だがその様な幸福な最期は期待できないだろう事は分かっている。



 樽に突っ込まれた自分の体に視線をやれば幾つもの点滴が繋がっている事が見て取れる。管が繋がっている先にはあの悪魔どもご自慢の奇跡の薬がなみなみと入っているのだ。



 (私たちは死ねない!恐らく長く飼われる事になる!なんでだ!私はここまでされる事はしてない!) 



 自分の横で同じく樽に突っ込まれているモロトフの姿を見れば分かる。彼は若々しく艶々として薄かった髪まで黒黒と生えているのだ。それは自分も同じ、注ぎ込まれる悪魔の薬は自分たちをそう簡単には死なせてくれない。



 「殺せ!殺してくれ!鬼!悪魔!帝国主義者!呪われろ死人ども!」



 

 

 「元気ですなぁ元書記長、大変結構。あの調子で長生きしてくれれば。私たちも長く楽しめるというものです」



 「そうですな。ここまで美味いとは、永山君が私たちに黙っていたのも分かる。これは止められない。どうですかもう一献?」



 「頂きましょう。しかしこうなって来ると徳国への対応も変わってきますぞ。追い詰め過ぎて自殺などされては困る。貴重なビンテージですから大事にしなければ」



 「確かに。そこは永山君が戻って来てから相談しましょう。うん美味い、実に美味い。書記長でこの味です。総統も統領もそれは良い味でしょう。早く楽しみたいものだ。」



 「私は大統領と宰相閣下を楽しみたいですな。特に宰相閣下だ。英国貴族を集めて専門のワインセラーを作るのも夢があるとは思いませんか?」



 「良いご趣味です。我々のクラブに国王陛下が加わってもご満足されるに違いない」



 喚く筆髭熊を満足気に眺めながら、通訳を介して和やかな会話をする二人の人物、、、いや魔王である二人。美食を通して、これまであった色々なしこりを取り払った満州と大和の皇帝たちは思わず喉をならして笑いあった。



 永山も後で知って頭を抱える事になるのだが、邪悪なる死霊術師がモスクワから送ってきた捕虜たち。永山の目論見としては衆目の集まる所で降伏文書にサインさせる積りであった彼らは、公式には輸送中の事故で死んだ事になっていた。



 これは永山のミスだ。不死の帝王たちは味の違いが分かる存在である。その美食家たちの前に美味そうな熊を直々に監視せず送ってしまった。彼らは味見をして見ようと思えば誰に止めらる事なく勝手に出て行ける程の力と権力を持ち合わせていると言うのにだ。



 そして書記長と彼の側近たちは大変に美味であった。そうとなれば「永山君の我儘を聞いているのだから少しくらいは良いよね!」と御覧の有様になってしまった。



 更にである。



 「なんでこんなに美味い者があるのを黙ってたの?そんなに朕たち信頼ない?あ!やる気でなくなってきた!」



 と永山を脅迫し、定命の人々の思いを集める力ある者や高貴な血筋の者は不死者にとって極上の美味であると吐かせたのだ。そして彼らは大抗議にでた



 「「こんなに美味しいのを殺す?いけません!食べ物で遊ぶの駄目!没収です!これは没収!独り占めはいけない!これは皆の共有財産!」」



 その結果永山の計画は大きく変更を余儀なくされる。



 「ギロチン祭りが、、、、恐怖の支配が、、食欲に負けて消えていくぅ~」

 

 時は1942年1月中頃。ソ連は砕け散り指導者たちの降伏宣言もなく全ての人民が殺戮の嵐に晒されている時、死霊術師の胃は締め付けられていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕

naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。   この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。

処理中です...