上 下
21 / 60

狼さん、、、ちょっとお話が、、、

しおりを挟む
 ここまで、極東アジアにおいての頓智気騒乱の顛末を語って来た訳であるが。忘れてこまるのは、1939年は第二次大戦の勃発間際と言う事だ。



 史実において、大日本帝国はこの頃、際限のない泥沼に腰の辺りまで沈み込み、二進も三進もも行かなくなっていた。だがこの世界では、暗黒神の加護の元、中華の地を霧の魔境に変えているので、色々と世界情勢に、ちょっかいを掛けたり掛けられたりしている。



 折も折である。大日本ダークロウ帝国が、ドシドシ輸出する奇跡の薬は、前述したように各国が先を争って買い求める魅惑の新商品だ。



 軍用は元より、民生用としても大人気のこの商品は、枢軸、連合、中立国の別なく、全ての国が我も我もと買いに走っている。



 コテンパンにされた上、領土を奪われたソ連すら、金を握った手から、悔しさの余りに血を流しながらも、お買い上げになっている。



 突然にして、トンデモナイ戦略物資の独占販売国となった帝国に、両陣営は外交攻勢を仕掛け始めた。怪しげなピンク色に発光するこの薬にはそれ程の価値がある。



 一般流通する廉価版でも、腹を撃たれた重症者が一週間でベットからオサラバ。マラリア、デング熱、赤痢、チフス、コレラ、天然痘、水虫まで確かな効果を発揮する。



 15万円と言う、馬鹿見たいな高値で販売される限定品の効果はもっとすごい。若さを取り戻し、失った手足は生え、身体麻痺患者は立ち上がって踊り出し、癌もハンセン病もその場で快癒、皮膚も臓器も元通り、前より健康になる程だ。



 日本を除く各国の医者たちは「ふざけんな!現代医学を舐めとんのか!万能薬なんてあってたまるか!」と叫ぶだろうが、これは各国ともに喉から手が出る程に欲しい。



 特に、世紀の大博打を打ちまくる、稀代の博徒にして、大詐欺師に率いられている国家にとっては、、、





 

 



 「日本との交渉は上手く行っていなのか?」



 大ドイツの総統は、嘆息する様に側近たる外務大臣に質問した。



 「残念ながら、、日本は、ファルケンハウゼンの件を未だ問題視しております。余程の譲歩がないことには、何某かの協定を結ぶ事は難しいかと、、、」



 1939年10月。正に、電撃と言う他はない速さで、ポーランドの大地を蹂躙した第三帝国。このドイツ盗賊騎士団と、大日本異教帝国は、史実の様に「共産主義殺そう協定」は結んでいない。



 総統率いるナチスが、何とかドイツ政治を掌握した頃には、中華はとっくに滅ぼされ、国防軍主導のドイツ顧問団も呼び戻す前に、国民党の軍事顧問だったアレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン諸共に、骨の津波に飲み込まれてしまった。



 そのファルケンハウゼンが問題を起こす。日本軍に捕らえられた彼は、任務失敗の追求を恐れた物か、日本帝国へ亡命してしまったのだ。



 その上、馬鹿正直に日本のメディアで中独合作の詳細を語ってしまう。今では日本帝国の対独顧問として、同じく捉えられた他の顧問団員と働いているのだから、裏切り者も甚だしい。



 これでは、防共協定締結と、例の医薬品の安定供給を狙った交渉が上手く行くはずもない。日本側は、国民党の対日積極策はドイツの暗躍による物だと態度を強硬にしてさえいる。



 「あの裏切り者ども、、、ある事ない事日本に吹き込みおってからに、、、それで、あの薬の購入交渉の方はどうなった?」



 取返しはできそうにない。だが国防軍の方は随分と大人しくなっている。身内から裏切者を出しては言い訳のしようもないのだ。お陰で党による軍の統帥もスムーズだ。



 であるならば、せめて、戦略物資の確保ぐらいは行いたい。あれが有るのと無いのでは、これから行う戦争の帰趨にさえ影響がでかねない。



 「それに付きましては、金さえ払えば幾らでも売るとの事です。ですが、それは一般流通品の話でして、、、例の高級品に関しては、減額も大量購入も応じないとのことです。卑しい連中ですよ全く。英国にもソ連にすら高値で売りつけておるのですから」



 「金の亡者どもめ、、、死体から絞るだけでは満足せんのか、、、まぁ、手に入らんよりはましだな」



 「これだから劣等人種は」と小さく零した総統であったが、一応は安心し、ついと、自分の手の甲を見た。50代になった男の手とは思えない程の瑞々しい手だ。



 そして近くにあった鏡を見る。そこに居たのは、疲れた風の若い男、自分と同じように椅子に座って、こっちを見ている。



 それが自分であるとは、今でも信じられない。あのウィーンの襤褸下宿で、燻っていた時の若造の顔なのだから、、、いや、塹壕を走り回っていた頃か?



 (一遍に三本も飲んだのはまずかったな、、、これでは、国民の前に化粧無しには出られん。はぁ、、、ボルマン、ゲーリング、ヒムラー、ゲッベルスやヘスさえ、早く自分の分を寄越せと五月蠅い、、党の古参共もだ。後エーファ、、、凄い勢いだった。まだ若いのだから良いだろうに、、ご婦人の若さへの執念は怖い、、)



 「閣下?どうされました?」

 

 思わずボウっとした自分を呼ぶ、リッベンドロップもその一味だ。どいつもこいつも若さの虜。あれが大量に手に入らん事には、党の権力基盤でさえ怪しくなる。その為には、、、



 「いや何でもない。なにか、日本の我が国への政策を、改善できる手はない物かと考えてな、、」



 「実は、日本側から、一応我が国への要求といいますか、、、提案を受けております。ご報告が遅れましたのは、その、、どうにも妙な提案でして、、、」



 「なんだあるのか?何でもよい言って見たまえ。妙だろうが何だろうが、あの薬を、イギリスより多く買い付けられるなら、それで構わん」



 (また、あの勢いでエーファに突撃されるのは、勘弁してほしいからな)



 総統は偽らざる本音を心中で思い、外相の言う、妙な提案と言う物を聞く事にした。1939年も残す所は僅か、世界は燃え上がろうとしている。
しおりを挟む

処理中です...