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第二章 恋

先読み能力と婚約式 フランSide

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 長い旅路だった。今日1日だけで二回も命を失った。初めての経験だ。

 私をあれほど貶めようとしていたのが従姉妹のアネシュカだったことにも落ち込んだ。私は一体彼女の何を見ていたのだろう?

 しかし、母は連れて来れたし、私の目の前の馬車の席に座っている。今は女王陛下の騎士に守られている。弟二人も大丈夫だ。森の権利書は私がフォーチェスター城に隠し持っている。最愛のジョージは私の隣に座ってくれている。

 私は心底ほっとしていた。ジョージ王子は私の手をずっと握ってくれていた。

「君の誕生日は明日じゃないか?リサの誕生日も明日だ。君は16歳でリサは18歳になる。姉妹で祝うのは初めてだろう。君は明日の誕生日に何をしたい?」


 私は馬車に揺られながらジョージ王子をぼーっと見つめた。

 ――リサは18歳になるのね。私より2歳上だったのね。

 ――リサには公爵邸の4分の1をあげよう。

「誕生日はあなたと一緒に過ごせるなら何もいらない気分よ。私の馬番ジョージは、いてくれるだけで最高の気分にしてくれるから」

 私はジョージにささやいた。

「コホンっ」

 ダークブロンドの髪を撫で付けながら、ウォルター・ローダン卿が軽く咳払いをした。

「なんだ、ウォルター。言いたいことがあるならはっきりと……「婚約式です!」」

 ウォルター・ローダン卿はジョージ王子の不満げな声にかぶせるように言った。


「フラン様のお誕生日ならば、婚約式を行う絶好の機会です。ロベールベルク公爵夫人も弟君二人も一緒にフォーチェスター城に今晩は泊まるのです。指輪は女王陛下が下さったその大きな煌めくダイヤの指輪で良いでしょう、ドレスはすぐに調達します。何より、今日命を失って分かったことがありますよね、王子?」

 濡れがらすのような流行りの漆黒の衣装を着たウォルター・ローダン卿の言葉に、ジョージ王子は一瞬言葉に詰まった。

「あぁ、命があるのは奇跡だ。命がある限り、時間を無駄にせず最愛の人と人生を共にする覚悟と幸せを享受しよう。フラン。聞いて欲しい。命ある限り、君と一緒にいたいと言う思いを公表したい。前に進もう」

 私は明日婚約式を行う話に驚きのあまりに言葉が出なかった。
 
「素晴らしい心がけです、王子さま」

 目をつぶっていたはずのロベールベルク公爵夫人である母が目を開けた。母は感動したように瞳に涙を溜めてジョージ王子に言った。


「私も明日、娘の記念すべき16歳の誕生日に婚約式を行っていただけると大変嬉しく思います。私の兄のしでかしたことも公表し、それによってフランとミカエルの婚約破棄も致し方なしと思ってくださるよう、世間に公表してくださいますでしょうか。最愛の人が生きている限り、そばにいる限り、前に進み、愛を確かなものにすることには私も賛成でございます」

「お母様……」

「フラン、明日婚約を発表しましょう。こんな良い縁談は他にはございません。幸せはちゃんとつかまえておかないと、いつまでも自分の手の内にあると慢心してはダメなのですよ」

 私は母の言葉にうなずいた。父のことを母は考えているのだ。いつの間にかいなくなった父。私は目の奥に父の姿が思い浮かんで、鼻の奥がツンとした。


「お父様がここにいらしてくれたらと思うけれど、お母様だけでも無事にそばにいてくれて、私たちは本当に幸せです」

 私は心からの言葉を母に告げた。

「では、フォーチェスター城に帰ったら女王陛下に報告しよう。赤い鷲の手下を捕らえたことと、無事に夫人を保護できたことと、早速明日婚約式を行うことを報告しよう」

 ジョージ王子のくしゃくしゃの前髪の隙間からのぞく煌めく瞳は私を見つめて嬉しそうだった。ジョージ王子に愛おしいものを見つめるような優しい瞳で見つめられ、そっとおでこにキスをされた。

 ライラックの花咲く道を馬車は進み、城の門番が最敬礼で私たちを迎えるのを私は微笑んで見た。


 朝早くにフォーチェスター城を出たが、すでに日差しはお昼を過ぎていることを示していた。私たちはシェフが持たせてくれた食事のカゴが空っぽになっていることに気づくほど、お腹が空いていた。

 城には今日もピンクや赤の薔薇が咲いていた。黄色や白の水仙が木の根本の間を縫うように咲き誇り、頭を上げるとりんごの木の白い可憐な花とライラックの淡い藤色の花がこんもりと盛り上がる木立を作っていて、私は相変わらずの美しい景色に思わずため息をついた。

 今はこの美しい景色がしっかりと目に入る。心が浮き立つ。将来、私がこの城の女主人になるなんて今は想像もできない。

 母は馬車の窓から見えるフォーチェスター城の春満開の景色に感嘆の声をあげた。

「薬が効いてきたわ、フラン。あなたの薬は本当によく効くのね。思った通りだわ。誇りに思います。それにしてもフォーチェスター城はとても美しい城なのですね。この景色を見れただけでも私は幸せです」

 母はうっとりとした視線で晴れやかな笑みを浮かべて、馬車の窓を見つめていた。


 城へ続く一本道の先に、私は予知していたことが待ち構えているのを知った。

 私の薬が母に効いたのであれば、きっとあれは祖父フォード・ロベールベルクにあった先読み能力の一端だろう。

 あの夢が先読みならば、私は何らかの理由でこれから赤い鷲を牛耳るスルエラに行く。それは、女王陛下の悲願である海上の覇権を握る件とも絡んでいる可能性がある。


 その先読み能力が正しければ、私とジョージ王子は結婚式を迎えることができる。

 スルエラで何かをすれば、きっとその先に私とジョージ王子が正式に結ばれて幸せに浸るウェディングドレス姿の私が待っているはずだ。

 私は覚悟と期待に胸を膨らませて、フォーチェスター城のライラックの花とりんごの花が彩るロングウォークを、女王陛下の馬車に乗って進んだ。

 今は前に進もう。



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