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第二章 恋

女王陛下のご決断 フランSide

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   赤い鷲の銀輸送ルートは昨日習ったばかりだ。彼らの海路はしっかりと頭に残っている。私を殺したのは赤い鷲の一味だ。つまりスルエラだ。

 死んで二度目のやり直しが開始される直前、私は夢を見ていた。もしかすると、あれは夢ではないかもしれない。私の祖父のフォード・ロベールベルクは先読み能力に秀でた海賊だった。

 あの場には時間操作術ができる者はいなかった。ジョージ王子は一度も成功していないと言った。私はヘンリードの初日で薬草学でとてつもない薬を作った。ならばだ。四代前の先祖が使えた時間操作術の力が私に少し芽生えたと仮定したらどうだろう。

 そうすると、死んでから時間が戻る直前に見ていたあの夢は、現実の可能性がある。祖父の先読み能力の一片が私に眠っていたとしたら……あの夢はこれから起こる現実だ。

 ――私はどこの凍てつく雪山を歩いていたのだろう?
 
 あの雪山は我が国の山ではない。我が国の北部にはもう一人の女王が治める国がある。あそこの山だろうか?いや違う気がする。

 馬車の中で私は首を振った。

 ――景色をもう一度……思い出そう。

 私は深呼吸して、目覚める直前に感じていたことに集中した。空気の匂い……。

 ――乾いた大地を登ってきたら、下る時には雪山だった?

 ――スルエラにそんな雪山がある!

 私は父が歴史だけでなく地理も家庭教師をつけてしっかり学ばせてくれたことに感謝した。父が言ったのだ。祖父は海賊だったと。世界に目を向ける海賊だったことがきっかけで、ロベールベルク家は爵位を叙したのだと。

 ――となると、あれが先読み力からきた予知だとすると私はこれからスルエラに行くとなるわ。

 私の真向かいに座った濡れがらすのように漆黒の衣装を着たウォルター・ローダン卿は、私の目を真っ直ぐに見つめている。彼はもう一度同じ質問を繰り返した。

「あなたを襲ったのは誰でしたか?」

「赤い鷲の一味がロベールベルク公爵邸にいたのだと思うけれど、誰が私を襲ったのかまでは見えなかったのです」

 私の答えに明らかにウォルター・ローダン卿は落胆した。

「でも順番はこうよ。私がミカエルに抱きついて、ジョージの悲鳴が聞こえて、横からルイが飛びかかってきたのが見えた。そしてすぐに焼かれたような痛みを体に感じたの。私はうずくまった。ミカエルが叫んで彼の服にも赤い血がついていたわ。私は『誰の血?』と思った。そして目の前が真っ暗になった」

 記憶を辿った。

「時系列の流れでいくとこうなるわ。消去法で、ミカエルではない。ルイでもないわ。ジョージの悲鳴が一番先だった。ジョージ、あなたは一体何を見て叫んだの?悲鳴からするとルイが私に飛びつく前に私は襲われていたことになる」

 私は隣にいるジョージ王子に聞いた。
 
「フランがミカエルに抱きついた時、後ろから何者かがフランに突進したのが見えた。馬車の位置からはそれが誰だか見えなかったんだ。犯人を見たとしたら、ルイとミカエルだ」

 私たちは黙った。馬車が走る馬の蹄と車輪の音だけが私たちの馬車の中に響いていた。

「ミカエルとルイに時間がまき戻る前の記憶があるとは限らないわ」

 私はつぶやいた。

「そうです。私にも記憶はありませんから」

 ウォルター・ローダン卿はうなずいた。

「敵は公爵邸の中で待ち伏せしていた。私をリサと間違えていたことになるわ。最初の時間軸では私はターゲットではなかったけれど、リサとミカエルが通じたことが敵にバレたから、リサを私だと思い込んでいる敵は私をターゲットにしたのね。敵から見ても、リサとミカエルが本気で愛し合っていると思ったということにならないかしら?」

 私の意見に皆が押し黙った。

「いずれにしても、お母様とリサを連れ出す必要があるわ。ロベールベルク公爵邸は危ないわ。二人の弟も連れ出したいわ」
「もちろんだ。君の家族は俺の家族も同然だ」

「ジョージ、言いにくいのだけれど、あなたはこの件に深入りすべきではないわ。私が襲われたけれど、あなたも巻き込まれる可能性があったのよ」

 私は馬番ジョージが我が国の女王陛下の後継者であると分かった。今は彼を連れてきてしまったことに強く後悔していた。

「ダメだよ、フラン。時間を戻せたのは、俺と君の力の2人の力かもしれないだろう?君一人で行くのは絶対にダメだ」

 ジョージ王子は煌めく瞳で私を見つめて拒否した。

「君と一緒に行く」


 彼は私の手をぎゅっと握って真っ直ぐに私を見つめた。

「盛り上がっているところ失礼致します。わたくしからご提案があります」

 ウォルター・ローダン卿は咳払いして口を挟んできた。

「なんだ?」
 
 ジョージ王子は反対されると思ったのか、少々眉をひそめてウォルター・ローダン卿を見つめた。

「今回は、ローベールベルク公爵邸にはお二人は近づかないようにしましょう。敵はフラン様を狙っています。私が代わりに行きます。ルイと一緒に夫人とリサさんを連れ出します」

 私たちは黙った。

「ウォルター一人にできるか?」

 ジョージ王子がポツンと言った。

「一人ではございません。ほら、後ろを見てください」

 私たちは御者の窓から後ろを見た。

 ――女王陛下の騎士たちがついてきている!

「私はお二人をお守りする役目があるのです。ジョージ王子を守るお役目でしたが、未来のお妃も守る役目も新たにできました。先ほどうまやで、女王陛下への伝令を出しておいたのです」

 私とジョージ王子はポカンとウォルター・ローダン卿を見つめた。彼は寝癖だらけの頭をついさっきまでしていたことなど微塵も感じさせない綺麗になでつけたダークブロンドの髪をさらになでつけ、少々気取った様子で断言した。

「女王陛下のご決断です。フラン様、あなた様が指につけてらっしゃる大きなダイヤの意味がお分かりでしょうか?あなたは一国の未来の王となる方を産むお方です。無闇にその大切なお体を危険に晒すわけには行きません。もはや、スルエラに全面的に敵対する姿勢を打ち出すご決断を女王陛下はなされたのです」

 私は自分の指に光っている大層大きなダイヤを見つめた。これは身分不相応な輝きではないだろうか。

 ――でも、私が馬番ジョージを愛してしまったことは事実なわけで、結局馬番ではなかったけれど、彼と一緒に人生を歩きたい……。

 私は覚悟を決めた。

「わかりました。陛下のご決断ありがたく思います。ウォルター・ローダン卿、あなたに任せますわ」

 私は厳かに言った。

「はい。できれば私の身に何かあった場合は、もう一度頑張って時間を戻してくださればと思います」

 ウォルター・ローダン卿は緊張した面持ちながらも、ちゃめっ気が混ざる表情で私に言った。口元は笑っているが、目は真剣だ。

「必死に頑張るわ」

 私は請け負った。私とウォルター・ローダン卿のやりとりを見ていたジョージ王子は念押しした。

「特殊能力は解禁していいんだな?女王陛下はそのためにヘンリード校を作ったのだから」

 ウォルター・ローダン卿はうなずいた。

「ええ、”悪意を抱くものに災いあれ”です。離れた場所から、わたくしを含めて、騎士団を守るために是非ジョージ王子のお力を発揮くださいませ!」

 さあ、二度目のやり直しが始まった。この時間軸は三回目になる。

 私は一度目の時間軸で得した人物を密かに特定できたと思う。


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