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第二章 恋

デジャブ リサSide

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 デジャブだ。

 昨晩もミカエルに愛されて私は幸せいっぱいだった。ベッドの中で外はとっくに明るくなってきてもうお昼だと思った。それなのに、目を開けると、また朝の早い時間の日差しが、カーテン越しに花瓶にいけられた薔薇の花に当たっている。

 さっきまでお昼だと思ったのに、また朝に戻ったように感じる。

 私はガバっと起きた。

 ――時間が戻っている?

 私は戻していない。誰かが戻したのだ。私が感じるということは私に近い人がやったのだろう。私と血のつながりのある者はフランとフランの二人の弟だ。

 フランにも時間操作術の力があったのか?

 そういえば、さっき誰かの悲鳴を庭の方で聞いたと思ったら朝に戻ったように思う。

 私は起き上がった。素早く身支度を整える。私はさっきもここでベッドに寝ていた。フランが戻したのであれば、フランがロベールベルク公爵邸にやってきたということだ。つまり、私が襲われるはずだったのに、フランが襲われたということにならないだろうか。

 命を失う直前にその力を発揮した?

 フランがもし襲われたのであれば、敵に気づかれたのではないか。ミカエルと私が愛し合っていることを敵が気づいた可能性がある。

 身支度を整えてすっと廊下の気配を探った。誰もいなそうだ。

 私はベッドに戻り、あたかも私が寝ているかのように布団の中にクッションを丸めて入れ込み、人が寝ているかのように細工した。

 まず、先に土地より人命だ。
 
 もう一度廊下を伺い、そのままそっと階下に降りた。最初にロベールベルク公爵夫人が無事であることを確認して、弟2人が無事であることを確認しよう。

 ロベールベルク公爵夫人には命の危険が迫っていることを教えるのだ。誰かが襲われて時間を戻した。戻したことに私が勘づいたということはフランが襲われてフランが戻した可能性がある。

 敵に私とミカエルの愛がバレた可能性が高い。強硬手段に出る可能性がある。

 私はロベールベルク公爵夫人の寝室に忍び込んだ。

「お母様」
 
 私はそっと夫人に声をかけた。何度声をかけても返事がない。ロベールベルク公爵夫人はぐったりとしていた。

「お母様」

 私は必死で声をかけた。

「フラン、薬を調合してくれるかしら?」

 目を開けたロベールベルク公爵夫人は私を見つめてささやいた。乾いた唇だ。私は水差しから水をコップに入れて、公爵夫人に飲ませた。

「私が?」

 私は目を見開いた。

 ーーフランにはやはり力があるの?

「ええ。あなたは気づいていないけれども、とてつもない力があるわ。ロベールベルクの力は時として巨大なものとして現れるの。あなたの力を伏せるためにお父様は赤い鷲に連れて行かれたの。いよいよ、あなたが力を発揮できる準備が整ったように思うわ」

 私はロベールベルク公爵夫人を見つめ返した。

「あら、あなたは夫のもう1人子供のリサかしら?」

 夫人はハッと目を見開いて私を見つめた。

「ご存知でしたか。あなたが赤い鷲に狙われて、森も土地も婚約者のミカエルに取られてしまったので、私は力を使って時間を二週間前に戻したのです。フランと私は入れ替わったのですわ」

 私は正直に伝えた。

「私には薬を調合する力はありません。でも、さっきまた時間が誰かによって数時間だけ戻ったようなのです。やはり、フランには力があるのですね?私はフランが戻したと思いました。私に時間が操作された記憶があるならば、姉妹のフランがやったのだと」

 私は夫人に必死の思いで伝えた。

「あなたをずっと探したのよ。苦労させたわね。夫がすごい力がある子が生まれたかもしれないと打ち明けてくれたの。でも、夫はフランを庇って赤い鷲に連れていかれたわ」

 夫人はそっと目をつぶった。

「リサ、あなたは私のために時間を戻したのね?大変だったでしょう?ありがとう。そしてミカエルが赤い鷲の手先ね。わかったわ」

 夫人は目をつぶったまま、私に感謝の言葉を告げて涙を見せた。夫人はそっと手を上げて、私の顔を両手で優しく包んだ。

「苦労かけて申し訳ないわ。お母様は亡くなったの?」
「ええ、母は亡くなりました」

 私は震える声で告げた。

「そう。本当に苦労したわね。ごめんなさい。でもフランなら、あの子なら最後は赤い鷲に勝てるかもしれません」

 夫人はそう言って私を安心させるように微笑んだ。ただ、私は気になっていることがあった。

 「気のせいなのか分からないのですが、前より夫人の体力が失われているかもしれません。私が二週間戻したことで、事態は悪化していないでしょうか……」

 私は恐怖を感じて言った。夫人は本当に疲れて見える。

「ええ、夫から聞いたことがあるわ。時間操作術は長く戻して大きく変えてはならないと。本来、過去は変えてはならないんですって」

「ご……ごめんなさいっ!」

「あなたが謝ることはないわ。あなたは私たちを救おうとしてやってくれたのだから。でも、おかげでフランの力がきっと覚醒したわ。そうなったらあなたのおかげよ」
 
 夫人はそっと眠ってしまった。疲れたようだ。

 私はフランはきっとロベールベルク公爵邸に来ると予感した。もう一度彼女はやってくるに違いない。なぜなら、きっと彼女は私の身に危険が及んでいると悟ったからだ。それを知らせにやってくるだろう。

 私は髪の毛をまとめた。そっと夫人の寝室から出て、ロベールベルク公爵の使われていない衣装室の方に行った。初日にさりげなく弟ルドルフに聞いたのだ。彼は12歳だったから、父親である公爵の記憶があった。

 私はそっとロベールベルク公爵の衣装室に忍び込み、カツラを見つけた。父のカツラだ。宮廷に行く時に貴族がつけるものだ。

 私はそれを被った。私のブロンドよりは色が明るい。ブラチナブロンドのカツラだ。それをつけて髪を束ねて父親の服を着た。男装だ。

 とにかくこのロベールベルク公爵邸に潜んでいるであろう、敵から身を守るのだ。外に逃げ出してフランがやってくるのを待つのだ。

 ミカエルが昨晩バルコニーから潜んできた時に、門を通らずに入る方法があると笑って言っていた。そこから外に出よう。

 私は男装したままそっと廊下を通った。弟二人の寝室をそっと開けて、二人がすやすやと寝ていることを確認した。

 ――よし、屋敷から抜け出よう。


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