上 下
27 / 71
第二章 恋

謀略の背景 王子Side

しおりを挟む
 気づけば母は幸運な人だった。俺は部屋に戻ってから湯につかってさっぱりして、窓から月を眺めていた。月は真新しくぴかぴかに光って見える月だった。

 女王となった母は国が宗教で分裂するのを避けるために、ローマとは別に我が国だけの宗教議会を確立しようとした。神帝国の大帝は母にはいたく寛容だった。大帝も不思議な縁で戴冠した経緯があり、抗えぬ運命を持つ点では母と一致していたからだろうか。神帝国の大帝と母はなぜか非常に気が合った。

 母が戴冠してからは宗教に関する争いは沈静化した。おかげで母は自国の経済に集中できるようになった。

「戦争は真っ平だわ」

 これが昔から母の口癖だった。母は不思議で皮肉な巡り合わせで女王となってからは、それを体現しようとしていた。

 ロベールベルク公爵の父親であるフォード・ロベールベルクは我が国最大の商人といわれた人物だ。元々が特殊な能力を有する家系だったものの、フォード自身は一介の貿易を営む商人に過ぎなかった。
 
 結果的に、フォード・ロベールベルクの生涯は一介の貿易商では終わらなかった。大国ジークベインリードハルトの皇太子とその妃が新婚の船旅をしていた際、我が国の沿岸で難破した。救助された彼らの面倒を見たのが、既に豊かな財力を成していた貿易商のフォード・ロベールベルクだったのだ。

 大国ジークベインリードハルトには世界最大の商家と言われるロレード家がある。ロレード家はどちらかと言うと金融業者として台頭してきていた。銅山、銀山、金山を中心に材を成しつつある彼らは世界中の貿易に幅を利かせていた。我が国のフォード・ロベールベルクはそんなロレード家と繋がりがあった。

 フォード・ロベールベルクはジークベインリードハルトのロレード家と一緒に交易をする関係上、ジークベインリードハルトの言葉に通じており、巧みに言葉を操った。また彼ら富裕層の好みを熟知していた。

 難波した皇太子と妃を助けたことで、ジークベインリードハルトの皇帝から感謝された我が王朝は、フォード・ロベールベルクを宮廷官に取りたてた。さらにフォードは戦争にも積極的に参加し、ナイトの称号を授けられ、いつの間にか枢密顧問官まで上り詰めた。

 やがて男爵に叙され、俺の母が戴冠する前に盛んだった国内の宗教戦争の余波を受けて放出された領地を次から次に奪って自分の領地にした。さらに伯爵に叙され、気づけばあれよあれよという間に公爵に叙されていた。

 元々豊かだったロベールベルク家だったが、このフォードの立身出世によって激変した。土地も森も元々持っていたが、著しくも華々しい領地の拡大を実現したのだ。

 フォードの息子であるクリス・ロン・ロベールベルクは、父親ほどの才覚を持ち合わせていなかったものの、温厚な人物として知られ、領地でも慕われる人物だった。彼はうまくやっていた。彼に敵がいるとは思えなかったというのが母の見解だった。だが、女王である私の母に対する彼の提案には、誰かを怒らせるものがあったようだ。



 母が戴冠して間もなくのこと。彼が失踪したのだ。ある春の夜を堺に、フランの父親であるクリス・ロン・ロベールベルクは失踪したのだ。

 フォード・ロベールベルクの才覚は先読み能力に基づいていたと言われており、強烈な予知能力を有していたという。息子であるクリスの魔力はそれとは少し違っていたらしい。俺の母もどういったものかはよくら知らないらしい。

 我が国としては魔力のある者を擁護すると母が決めてから、クリスの行方は長年、多くの人手を費やして国が探していたところだった。

 そんな中、次のターゲットは、おそらくロベールベルク侯爵夫人ではないかという囁を母は聞きつけた。クリス・ロン・ロベールベルクの娘であるリサの存在はクリスの行方を追う中で偶然発見されたものだった。リサには確かに大きな魔力があった。

 ロベールベルク公爵家は、フォードが強烈な立身出世を成し遂げる段階で買った恨みと、我が女王陛下の失墜を狙った他国の野望が密接に絡んだ陰謀によって、失墜間際にあった。

 フランの婚約者であるミカエルの本名は、ミカエル・チェニール・コンフォーだ。

 彼は自分の身分を偽ってフランに接近していた。彼はスルエラの者だ。ミカエルはロベールベルク公爵家の森と公爵夫人の魔力を狙っていた。

 月明かりに輝くフランは美しかった。俺は一緒に星を見ている時も、本当のことは話せなかった。

 知ってしまえば、きっとフランの命も脅かされるだろうから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた

せいめ
恋愛
 伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。  大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。  三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?  深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。  ご都合主義です。  誤字脱字、申し訳ありません。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...