別れた初恋の人が君主になったので、公爵家の悪女と囁かれながらも嫁ぐことになりました

プロポーズを受ける前に（１）

　思う壺だ。
　これではリリアの思う壺だ。

　リジーフォード宮殿の長い廊下で、私は焦る気持ちを落ち着かせようとしていた。リリア・マクエナローズ・バリイエルは、私に恥をかかせようとわざと私の前夫であった皇太子から聞いた話を集まっているバリイエルの一門にしているようだ。

　幸い、以前からいる従者も侍女の誰も彼女の話を鵜呑みにしない。

　真実はノア皇太子が生きていた頃からリジーフォード宮殿の中で生きてきて、その場で実際に見聞きした者たちの方がよく知っているのだ。宮殿の中は多くの秘密を共有する。外に決して漏れてはならない秘密。従者も侍女も料理人に至るまで秘密を共有しているが、外には漏らさない暗黙の秘密がある。

「だからね、彼が言っていたのはね……妻は……匂うというの」

　私は明日のワールドツアー初日を控えながらも、王妃の務めを果たすために急いで城で仕事をしていた。先ほど必要な謁見を急いで済ませて廊下を歩いているところで、広間からリリアの大きな声が耳に届いたのだ。

　リリアはなぜ自分が殺してしまった人にまつわる話ができるのか、私には理解できない。私を侮辱しようとすると力が湧いてきて、彼女にとっても辛かったであろうことを忘れられるのだろうか。きっとそうに違いないと、私は勝手に決めつけて無視を決め込んだ。

　――相手にしないようにしなければ。そもそもノア皇太子は私に興味を持たず、私とノア皇太子の間には初めての夜というものすら存在しなかったぐらいだ。ノア皇太子が私の何を知っていたというのだ。匂いが分かるほど接近したこともほぼなかったぐらいの夫だ。リリアが負け惜しみで言うことなど、気にしないことだわ。

「戴冠式の後に結婚式をして一気に国民にお披露目しなければ、リリア令嬢のようにグレース様を侮辱される方は他にも出てくると思います」

　私の後ろについて歩いていたエロイーズは怒りを含んだ表情で、低い声で私に告げた。

「ええ。そうかもしれないわね」

　元々今日は謁見は控え目にしてあった。食事も中華料理というものをアイラが用意してくれて、メンバー全員で楽しく食べてきたところであった。今日はひたすら書類関連に目を通すことに集中した後に、両親に会う時間を作るつもりだった。リリアなぞに構っている暇はない。もしまた飛びかかってきても、多少の魔力が使えると私は理解していた。死んでしまったら金塊の契約が果たせないから。

　王妃がやらねばならないことは多い。王妃の仕事は慰問や表彰、慈善事業の確認と続く。

　国の財政の報告も受ける。チュゴアート時代の側妃には十分な手当をあげて、それぞれ国元に帰した。チュゴアート王朝ではノア皇太子の女性関連支出が多かったけれども、それを一気に削減できる見込みだ。全体的に皇太子妃の時代に３年も取り組んできた国務の上位版と考えれば、それほど仕事は難しくはなかった。

　戴冠式のスケジュールに目を通り、費用に目を通し、招待客リストに目を通し、私は王妃としても承認済みとした。既に国王のジョシュアも確認済だった。バリイエル王朝にとっては戴冠式にはお金をかけなければならないが、結婚式は簡素に行うことでジョシュアと合意できていた。

　結婚式は前回の結婚式の七分の一以下の規模まで削減し、国民への花嫁花婿姿のお披露目に集中させることにした。飲み物があれば食事も特段いらない。ドレスと神父さえいれば、今すぐにでもできる。ただ、国民の感情を逆撫でにしたくないので式は半年後にした。

　私が両方の王朝の花嫁のため、どうしても亡くなった前国王と前皇太子の影を感じる人が多い。そのため、すぐには式をあげないとしたのだ。

　最後に父と母に事情を説明しなければならない仕事が残っていた。元々今日は父と母が城まで訪ねてきてくれることになっていて、二人は私の他の仕事が片付くのを待っていてくれていた。

「お父様、お母様！」
「無事でよかったわ。本当にあなたにまで何かあったらと本当に気がきではなかったのよ。でも、一体これはどういうことなの？」
「きちんと説明させてください」

　父と母の顔には疲労が色濃く出ていた。心労がひどいのだろう。私の心は締め付けられるように痛んだ。