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第一章

ジークベインリードハルトのロレード家

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 ジークベインリードハルトで最も勢いがある金融業者はロレード家だ。ゲオルグ・シェーンボルンの妻であるエレオノーラの実家は、とてつもない富裕層だった。彼女は、ジークベインリードハルトの大都市ロウブルクで最大の力を持つロレード家の長女だという。

 今宵集まったメンバーの中で、やはり没落令嬢だった私だけが貧乏にあえいで育ったわけだが、私には母も姉も執事のピーターもついていてくれていた。私は彼女の話を無邪気に楽しく聞けることに感謝した。

 ロウブルクを本拠地として活躍するジークベインリードハルト最大の商人の娘であるエレオノーラは、豊かで艶のある赤茶色の髪を綺麗に結い上げ、にこやかに銀と銅の鉱山にまつわる家族の逸話をおもしろおかしく話して場を盛り上げてくれていた。

 ケネス王子がハイルヴェルフェ城にこなくなった間にゲオルグはエレオノーラと結婚したらしい。夏の避暑地だったハイルヴェルフェ城に陛下が訪れたのは、ゲオルグとエレオノーラの結婚式の時だったと判明した。ラファエルもハイルヴェルフェ城に来たのが初めてで、ゲオルグともエレオノーラとも初対面だった。

「この岩山にそび立つ優美な城から下界を眺める景色に、すぐに夢中になったわ。どんな天気の日も最高なのよ。朝も昼も夜もここは素敵なの」
 
 エレオノーラはゲオルグの手を握り、うっとりとした表情で語ってくれた。それには全員が同意した。私を含めて、この城には皆が夢中になってしまう魅力がある。

 ――ケネス王子が維持費が大変とチラッとおっしゃっていたけれど、ロレード家から資金援助されているのね。

 私はゲオルグとエレオノーラの結婚に納得した。ただ、結婚後に二人は互いに恋に落ちたようだ。

 エレオノーラの先祖は農民から這い上がり、一代でロウブルク最大の商人となった。そのため、家族から教わる教育内容の一つに農業があったと言う。実際に葡萄畑や小麦畑で子供の頃は働くこともあったと言うのながら、驚きだ。

 ――私とあまり変わらないのでは?

 私は思わず美味しい白ワインをいただきながら、微笑んでしまった。
 エレオノーラは、皇帝、つまりラファエルの祖父と何度も会ったことがあるだけでなく、ケイン王子の父上である陛下にも会ったことがあると彼女は話してくれた。彼女の父親が国際金融業者だからだと言う。彼女の父親は貨幣・信用取引を皇帝や貴族と行って富を築いているらしい。

「ラファエルのお父上とは学校が一緒だったことがありますのよ。学年はラファエルのお父上の方が上ですけれども。学生時代にお会いした限りですと、とても静かで思慮深い方という印象でしたわ」

「そうなんですね。確かに父は控えめな性格で、私も静かな印象を持っています。でも父ははしゃぐ時はものすごくはしゃぐんですよ。父と母と一緒に家の中にいるときは、時々そういう父を見たことがありますよ」

「まあ、レティシア嬢もラファエルのお父上をご存知なのですよね?」
「ええ、どちらかというと、私の印象は、はしゃがれている方の印象しかありませんわ」
「まあっ!」
「そうかもしれない。彼女は幼馴染で家族同然に育ったのです」

 会話は弾み、私も小麦の栽培などで息のあった会話ができた。春蒔きと冬蒔きの経験談で笑い話ができる大金持ちの娘として育った方に初めて会った。夫人の話には新鮮な驚きがあった。

「全部事業が失敗しても、農業さえ続けていれば生き延びられるという家訓なのよ。商人なのに根っこは農夫なの」

 私も鉱山と農業の話にすぐに夢中になった。コンラート地方には鉱山があったと思う。川を使った交易、宝石商、農業意外にも鉱山という可能性に私は大いにときめいていた。ケネス王子も鉱山の話に身を乗り出して聞き入り、ロレード家の鉱山に招待してもらう話まで取りつけて、ご機嫌のご様子だった。

 レティシアはジークベインリードハルトでもたいそう美しいと評判の令嬢らしい。エレオノーラはレティシアに初めて会ったらしく、レティシアの美貌を褒め称えていた。

「お噂は本当ですわ。絵画のように美しい令嬢と私も常々耳にしておりましたわ。ケネス王子はなんとラッキーなお方なの」
「料理学校であなたのお噂を私も耳にしましたわ」
「え?あなたはあそこの学校に行かれたのかしら?」

「父と母に言われて、無理やりですが少しの間は行きました。あの学校を飛び出したあなたの最短在籍期間を私が破ったのですわよ」
「まあ!私たち気が合いますわね」


 どうやら料理を学ぶというのは、エレオノーラもレティシアも嫌いということで意気投合したらしい。ゲオルグもケネス王子も二人の会話を微笑んで見守っていた。

 エレオノーラは知識も豊富で城内には非常に珍しいものがところどころに置かれてあった。庭のあちこちに置かれている日時計は、彼女が嫁入りをしてから、置かれたものらしい。

「以前に皇帝と皇后様にお会いしたことがあるご縁で、8年前に皇后様がこの城を訪ねてらしたのですよ」
「私はたまたまその時、家族とこの城を訪問しておりまして、皇后様と偶然一緒に過ごしたのです。私がまだ結婚前のことですわ」

 エレオノーラとゲオルグは話しながらも微笑みあっていて、二人がとても愛し合っているのがよく伝わってきた。エレオノーラはどうやら8年前にラファエルの祖母が訪ねてきた時、偶然、家族でハイルヴェルフェ城を訪ねてきてその場に居合わせたらしい。


 美味しい食事で私たちはすっかり満ち足りた気持ちになり、盛り上がって話し込んでいた。銀や銅の鉱山の話はとても興味深く、ラファエルもケネス王子も身を乗り出して聞き入っていた。ロレード家は50隻以上の商船で銀や銅を運び、我が国の陛下とも取引があると言う。

「そういえば、皇后様といえば……この城には珍しい書籍があるのよ。是非見てくださる?」
「ええ」
「俗語で書かれた物語よ。女性が書いたのよ。ちょっと待っていてくださるかしら?」

 エレオノーラはすぐに書庫に行くために席を外して、まもなく1冊の書籍を手に戻ってきた。その書籍を私とレティシアに見せてくれた。

「この書籍ですわ」
「まあ、手書きね。書写してくれた人がいるのね」
「まあ、これだと活版印刷には回せないかもしれないわ」

 エレオノーラは声をひそめて、くすくす笑いながら私とレティシアに言った。

「皇后様も大変お気に入りだったのよ。私は8年前この書籍を入手して、この国への旅の道中で読んでいたの。それをハイルヴェルフェ城を訪れた皇后様に見せたのよ。今考えるとよく皇后様がお許しになってくださったと思うわ」
「まあ」
「すごいわ」

 私とレティシアは顔を見合わせた。いわゆる禁書だ。大金持ちで生まれると、感覚が狂うのだろうか。私は怖すぎて手元に置いておくと枕を高くして眠れないだろう。

 ただ、興味はとてもあった。ありのままが書かれているのだろう。面白いに違いない。


「皇后様はあまりに気に入ったものだから、私は差し上げたのよ。私はもう読んでしまっていたから。花嫁になってこの城を再び訪れたら、皇后様はこの城の書庫に置いて行かれていたのよ。こうして、再び私の手元にこの書籍が戻ってきたのよ」

 私とレティシアはエレオノーラから、その珍しい書籍を受け取った。手にとってめくっていると、夕食の会はお開きになった。私たちは美味しい食事の礼を告げると、寝室に引き上げた。

 私とレティシアは連れ立って城の階段を上がり、私とラファエルの寝室に入った。すぐにラファエルとケネス王子もやってきた。

 ベアトリスはとジュリアが先に洗濯をすませてくれたようだ。キビキビと動くジュリアがまだ残って支度を整えてくれていた。私たちが戻ると、ジュリアは栗色の髪のほつれを素早くなおして、おやすみの挨拶をして部屋から下がった。

 ベアトリスとジュリアにも、騎士たちにも部屋と浴室が用意されているのだ。至れり尽せりだった。ハイルヴェルフェ城は陛下の夏の避暑地だったということで、大勢の騎士や侍女たちが寝泊まりする準備は完璧に準備が整っていた。

「さあ、おばあ様からの手紙を確認しよう」

 ラファエルはそういうと、封筒を再び開けて、真っ白の手紙をもう一度広げて見せてくれた。

「火を使ってみましょうか」

 レティシアが提案して、ラファエルはすぐに暖炉の薪の上に離して置いて
確認した。

 古代語の数字の羅列が浮かび上がった。

「今度は簡単かもしれないぞ。皇后様が気に入ったというこの書籍と組み合わせて謎を解くのかもしれない。試しにやってみよう」

 ケネス王子は俗語で書かれた物語の書籍を手に取り、レティシアが読み上げて翻訳した数字に従ってページをめくり、行を数え、該当行の文字を数え始めた。

「最初の文字は” T ”だ。ラファエル、書き留めてくれるか」

 ラファエルが紙とペンを取り出して書き留め始めた。古代語で書かれた数字の羅列は、書物のページ数、行数、文字位置を示しているのかもしれない。そして、その書物は皇后がたいそう気に入ったという禁書なのかもしれない。
 
 暖炉の薪がはぜる音だけが寝室に響き、時折ケネス王子が書物を素早く捲る音と、文字を告げる声だけが響いた。私たちは息を潜めてどんな言葉が浮かび上がるのかを見守っていた。

 優美なハイルヴェルフェ城の窓からは、夜空に燦然と輝く冬のオリオン座のベテルギウス、ベラトリクス、リゲルが、はるか遠くから今宵も地上に光を届けてくれているのが見えていた。

 ――死神さま。ハイルヴェルフェ城でいよいよ第6の宝石を手に入れられるかもしれません。もう少し見守りください!



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