上 下
39 / 68
第一章

岩山のハイルヴェルフェ城の恋の行方(1)

しおりを挟む
 大陸を横断する旅が進む中で、私はラファエルに熱烈に愛された。プラチナブロンドの美しいレティシアは、偶然、この旅でケネス王子に出会って恋に落ちて、彼女は今では王子にとても愛されている。

 ヴィッターガッハ伯爵家で放した陛下宛の伝書鳩に、結婚の許しを願うケネス王子の手紙を持たせていた。レティシア付きの騎士から放たれた伝書鳩にも、ジークベインリードハルトの首都に住むレティシアの両親へ手紙が託されていた。レティシアはケネス王子と結婚することになったことを両親に伝えようとしているのだ。もちろん、陛下に二人の結婚を認めてほしいとお願いするための私の手紙も伝書鳩には持たせた。

 優秀な伝書鳩のことだ。大陸を横断する旅には伝書鳩を連れて行くのは必須だった。朝早くに葡萄畑を目の前にして放した伝書鳩は、もう両家に着いただろう。目的地に急ぐ私たちの目の前に、切り立つ岩山の頂上に聳え立つ、優雅なハイルヴェルフェ城が姿を現していた。

 まもなく日が沈む。赤く染まった空を背景に、切り立つ岩山の頂上に聳え立つハイルヴェルフェ城は、信じられないほど幻想的で美しかった。

 私たちは馬の速度を最高速度まで上げた。ブロワの街で敵に待ち受けされて狙われたように、敵は川沿いの城の周りを警戒しているはずだからだ。

 ――一刻も早く城に着いた方がいいわ。

 ラファエルの後ろにまとめた長い髪が風になびく。ラファエルは時折私の方を振り返ってくれ、様子を確認してくれている。ラファエルは先陣を切って馬を走らせていた。

 案の定、途中で敵の矢が飛んできて、馬で全速力で走りながらもレティシアが剣で払って落とした。

「来たわよっ!」

 レティシアの掛け声で、私たちは馬を走らせながら前傾姿勢になりつつも剣を固く握りしめた。ラファエルも飛んできた矢を剣で叩き落とした。私のところに飛んできた矢もかわせた。

 ケネス王子の横にぴたりとついたレティシアが飛んで来る矢を次から次に払い落としていた。

「門が見えたぞ!」

 ラファエルはひと足さきに門番のところまで辿りつくと、紋章を見せた。岩山の麓にある大きな門はすぐに開いた。私たちは雪崩こむように開いた門の向こうに馬で走り込んだ。奇跡的に侍女も騎士も皆無事だった。


「なんとか逃げおおせたようだ」
「そうだな。危なかった」

 私たちはそんな会話をしながら岩山をゆっくりとのぼり始めた。川面に切り立つような崖に見える反対側と違って、こちら側は傾斜が幾分か緩やかなようだ。

「この城は鉄壁の防塞で有名なんだ」

 ケネス王子が荒く息を吐きながら、説明してくれた。国内屈指の景勝地として知られるリーデンマルク川沿いの城に中では、ハイルヴェルフェ城はこのあたりの優美な城の象徴のような城だった。私もずっと憧れを抱いていたけれども、まさかこんな形で訪れるとは思わなかった。

「我が家族にとっては、この城は夏の避暑地なんだよ。ラファエルは初めてだよね。父上はここ2年ほどはこの城を訪れてない。これほど幻想的で美しい城もないけれど、僕も十年ぶりぐらいだ。そういえば君がジークベインリードハルトからやってきてからは、一度も訪れていないね」

 ケネス王子はラファエルに説明しながら、ハッとした様子だ。

「そうか。おそらく、君を一緒に連れ歩くのが危険だと父上は考えていたのかもしれないな」

 ケネス王子はラファエルにうなずいた。

「僕が陛下に預けられたのは、僕が後継者争いに巻き込まれるのを避けるため。そして、陛下は僕を守るために家族で首都を離れるのを避けたというわけか……僕と一緒にいるとウィリアムもケネスも巻き添えにあう可能性があるしね」

 ラファエルは分かったというようにうなずいた。

「城主のゲオルグは今頃てんてこまいだろう。この城は、訪問の知らせは門番から直接伝書鳩で知らせることができるんだ。急な訪問の知らせに今は驚いているだろう。それにしてもこの城の維持はとても大変なんだ。立地があり得ないところにあるから。でも、中に入ると安全だし、眺めは最高だし、天空の城にいるみたいで居心地もいい。宮殿からハイルヴェルフェ城に戻る伝書鳩もいる。そうやって、父上は避暑の計画をここの城主とやりとりしているんだ。もしかすると、今晩にもで父上の回答がハイルヴェルフェ城まで届くかもしれないな」

 ケネス王子はふふっと笑った。そして真面目な表情になってレティシアを見つめてささやいた。

「レティシア、君を僕の花嫁として皆に紹介するよ」

 レティシアは頬を真っ赤に初めて、首筋まで真っ赤になり、はにかんだ表情を浮かべた。

「今晩はこの城に泊めてもらうしかない。城主に頼もう。ただ、おばあ様からの手紙は本当にここにあるのだろうか」
 
 そう言いながら、ラファエルは一瞬不安げな表情になった。

 その時、転がるように崖道を走ってくる人影が見えた。

「ほらきた!城主のゲオルグだ。夫人のエレオノーラは元気だろうか」
 
 ケネス王子は真っ赤な顔をして、息せき切って従者と共に崖道を走ってくる人影を認めて私たちにささやいた。

「この城はボンネからは約12,500エル弱。陛下のいる宮殿からも約12,500エル強だ。朝同時に放した伝書鳩は昼頃にはもうそれぞれの場所まで着いただろう。レティシアの実家の公爵家からここまでは、そもそも伝書鳩を飛ばせることはできない。でも、父上からは避暑地への連絡用の伝書鳩を使って、もしかしたら回答が来ているかもしれない」

 ケネス王子のキラキラとした緑色の瞳は希望に輝き、豊かな褐色の髪の毛をかきあげて、彼は天を仰いだ。
 
「父上から良い返事が届いていますように……」

 シェーンボルン家の家長はまだ若そうだ。緩やかだとはいえ、傾斜は強い。馬で全速力で降りることができるような道ではなかった。だから城主は走ってきたのであろう。私たちは馬をゆっくりと進めた。

「ケネス王子!お久しぶりです!実に十年ぶりでしょうか。本当に突然の訪問ですね。つい先ほど陛下からケネス王子宛の手紙を伝書鳩が届けてきたのです。どういうことだろうと思案していたところ、辺境伯のリシェール伯爵さまがいらっしゃったと先ほど門番からの知らせの鳩が届きまして」

 やはり、切り立つ岩山のてっぺんまで速やかに知らせるには、ここでも伝書鳩が使われているようだ。それにしても陛下からの返事は早かった。私はそのことに安堵した。

 ――陛下はきっと許してくださるに違いないわ。

 私はレティシアのために良い知らせであることを祈った。

「そして、リシェール伯爵さま。少し昔のことになりますが、おばあ様の皇后様からのお手紙を預かっております」

 ゲオルグ・シェーンボルンの言葉は、私たち一同を励ますものだった。

「ありがとう。今晩は泊めていただきたいのですが、お願いできますでしょうか」

 ラファエルは遠慮がちに城主に伝えた。

「もちろんですよ!まもなく日が暮れます。城までもう少しあります。急ぎましょう」

 私たちは岩山のてっぺんまで急いだ。日が暮れて真っ暗になった崖道を登るのは正気の沙汰ではないのだから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座
恋愛
完璧な騎士、ニコラ・モーウェルは「姫」という存在にただならぬ感情を抱く変態だ。 姫に仕えることを夢見ていたというのに、ニコラは勘違いで娼婦を年季ごと買い取る事になってしまった。娼婦ミアは金額に見合う仕事をしようとするが、ニコラは頑なにそれを拒む。 ミアはなんとかして今夜もニコラの寝台にもぐり込む。 代わりとしてニコラがミアに与える仕事は、どれも何かがおかしい……。 仕事がしたい娼婦と、姫に仕えたい変態とのドタバタラブコメディ。 ムーンライトノベルズにも投稿しております。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

運命のαを揶揄う人妻Ωをわからせセックスで種付け♡

山海 光
BL
※オメガバース 【独身α×βの夫を持つ人妻Ω】 βの夫を持つ人妻の亮(りょう)は生粋のΩ。フェロモン制御剤で本能を押えつけ、平凡なβの男と結婚した。 幸せな結婚生活の中、同じマンションに住むαの彰(しょう)を運命の番と知らずからかっていると、彰は我慢の限界に達してしまう。 ※前戯なし無理やり性行為からの快楽堕ち ※最初受けが助けてって喘ぐので無理やり表現が苦手な方はオススメしない

転生先はヒーローにヤリ捨てられる……はずだった没落モブ令嬢でした。

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
伯爵令嬢ソランジュは身分の低い愛人の娘だったために使用人扱い。更に正妻と異母姉には虐待を、異母兄にはセクハラを受けていた。 プライドの高い名ばかりの家族たちは没落していることを認めず、先祖代々の資産を切り売りし、派手に散財するばかり。 そんな中伯爵家に正体不明の黒衣の男がやって来て、一夜の宿と食事、更に女を求める。金はいくらでもやるからと。 積み上げられた金貨に目が眩んだ伯爵は嬉々としてソランジュを男に差し出した。 この屋敷に若い娘はソランジュと異母姉しかいない。しかし、異母姉はいずれ嫁ぐ身なので、娼婦の真似事はさせられない。今まで卑しい生まれにもかかわらず、お前の面倒を見てやった恩返しをしろと。 こうして一夜の慰み者となったソランジュ。絶望的な心境だったが、寝室で男の顔を見た途端思い出した。 「こ、この人って前世で大好きだったシリアスなハイファンタジー小説、"黒狼戦記"の主人公にしてダークヒーロー、アルフレッド王じゃ……!?」 ソランジュは第一章の冒頭付近で一行だけ登場し、金で買われてヤリ捨てられる名もなきモブ女だったのだ。 ※R18シーンのページには☆マークをつけてあります。エロ多め注意

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

処理中です...