上 下
11 / 68
第一章

挙式

しおりを挟む
 黄色いアネモネ咲きのマーガレットが風に揺れている。アネモネ咲きのマーガレットソレミオだ。ピンクと白や赤の混ざったマーガレットストロベリーホイップの花びらも風に揺れている。赤いマーガレットの花言葉は「真実の愛」だ。真紅のマーガレットマルスレッドの花束が、今朝ラファエルから渡された。夫となる人からの初めての贈り物だ。

 私は宮殿を馬車で出て、結婚式が行われる大聖堂に向かっていた。


 晴れ渡る空に一陣の風が吹き込んだように高らかに鐘の音が鳴り響く。ラファエルと私の結婚を祝福する鐘だ。私は宮殿から乗ってきた馬車から降りた。美しく長いトレーンを姉のマリアンヌと侍女が馬車からおろしてくれる。

 今日のマリアンヌは一段と綺麗だった。私たちは目を見合わせてうなずいた。

 ――行くわよっ……死を回避したら、辺境伯との結婚が決まったのよ。この結婚は正しい選択のはずだわ。

 私はすっと背筋を伸ばして静々と階段を登り始めた。母が私の隣を一緒に歩き、私を見守ってくれている。その役目は途中で陛下に託された。

 ――陛下の結婚戦略に従って私は結婚するのだけれど、まさか陛下が私と一緒に歩いてくれるなんて思いもしなかったわ……

 私はあまりのはからいに、涙が出そうになった。陛下は私を慈愛に満ちた眼差しで見つめて、励ますようにうなずいてくれた。

 大聖堂の中にはごく数人の人しかいない。第一王子ウィリアムと第二王子ケネス、姉のマリアンヌ、母、陛下、花婿のラファエル、花嫁の私、騎士団から4名、神父だ。

 それでも温かな気持ちになれる挙式だった。私の花嫁衣装は素晴らしくて自分でも息を呑むほど美しかった。

 ラファエルと神父が待つ場所まで、陛下に付き添われて私が歩いて進む間、ラファエルはきらきらと目を輝かせて私を見つめていた。

 式の間、ラファエルと私はしっかりと見つめ合い、愛を誓ってキスをした。

 それは忘れられない時間になった。胸のときめきはかつてないほど高まり、私の夫になった人は逞しくも凛々しい顔を綻ばせて私を優しく見つめてくれた。

 馬車で宮殿に戻ると、宮殿中の人々が私たちを出迎えてくれて大歓声を上げて祝福してくれた。私はラファエルにしっかりと手を取られ、美しい花が大量に飾られた祝いの席に連れて行かれた。そこで祝いの食事と美味しいお酒で皆に祝ってもらったのだ。

「マリアンヌ、久しぶりだね」
「ええ、殿下。お久しぶりでございますわね」

 意外だったのは、第一王子ウィリアムが姉のマリアンヌを見て頬を赤らめて、恥ずかしがりながらも熱心に姉と話をしようとしていたことだった。

 陛下をチラッと見ると、私に向かって陛下がウィンクをしたので、私は第一王子ウィリアムと姉のマリアンヌの様子を二度見してしまった。

 ――えぇっそういうこと!?

 第二王子のケネスもにやっとしながら、第一王子ウィリアムがらしくもなく、しどろもどろになりながらも、姉のマリアンヌと話そうと頑張っている様子を黙って見守っている。

 ――ウィリアムの想い人はお姉様のことなのね。まあ!本気なのね。

 私はようやく状況を理解した。彼自身が昨日私に姉に惹かれたと言っていたではないか。あれは本気なのだ。私は陛下が認めてくれている様子から、これは姉と第一王子日ウィリアムとの婚約は近いと悟った。

 ――お姉様はまんざらでもなさそうだわ。ならばっ!私がいなくなった後も、実家は安泰かもしれないわ。第一王子に嫁ぐお姉様ならば、お母様の様子を時々見ることはできるはずよ。私がコンラート地方のようなすぐに帰ってこれないような辺境の地に嫁いでも、これなら大丈夫だわ。

 私は姉の様子をじっくりと見つめて、心の荷が一つ降りたように思った。姉は第一王子に本気で好かれているようだ。姉も嫌がってはいない。

 私はラファエルにこのことを言いたくて、隣のラファエルの方を向いた。

 けれども、私がラファエルに視線を向ける前からラファエルは私の方をまっすぐにずっと見つめていて、私はそれに気づいて真っ赤になって恥ずかしくなった。ラファエルと目が合うたびに、どうしたら良いのかわからないような気分になってしまう。彼はもう私の夫だ。怖いようなわくわくするような、なんと表現したら良いのかわからない複雑な気持ちになった。

 姉と母とはしばらく今日でお別れだ。祝いの席が終わった後に、自室に戻った私は陛下に呼ばれて陛下の所まで出向いた。

 そこには姉も母もいた。

「ロザーラ。結婚おめでとう。もう一つおめでたいことがあるんだ。つい先ほど我が息子が君の姉上のマリアンヌ嬢に婚約を申し出た。ただ、姉上が迷っているというのだ」

 私は陛下の言葉に喜びを露わにした。

「お姉様、おめでとうございますっ!迷うことなどありませんわ。ウィリアム殿下のお姉様への気持ちは本物ですわ」

 私は女好きという噂が根強いウィリアムの言葉を姉が信じられぬ気持ちでいることを推測った。

「ロザーラ、あなたは祝福してくれるの?」

 姉のマリアンヌは驚いた様子で私を見つめた。


「もちろんでございますわ、お姉様。コンラート地方に旅立つ前にお姉様が幸せになる婚約の話が聞けて、私は嬉しゅうございます」
「マリアンヌ、あなたの気持ちはどうなの?私のことなら気にしないで答えてちょうだい」

 私と母の言葉を聞いて、姉は両手を握りしめてそっと目をつぶった。しばらくじっと考え込んでいるようだった姉は、瞳を開けて小さな声で囁いた。

「お母様もロザーラも陛下もこの結婚に賛成だとおっしゃるのであれば、私は受けようと思いますわ」

「お姉様ったら、もっと大きな声で自信を持って言ってくださいな」
「マリアンヌ、遠慮は要らぬ」
「そうよ、私の娘はもっと自信を持って自分で決断できるはずよ」

 陛下も私も母も、姉のマリアンヌを励ました。

「ならば。私は第一王子ウィリアム殿下からの婚約の申し出を受けようと思いますわ。結婚しようと思います」

 姉は震える声ながらも、しっかりとした声で宣言した。

「よしっ!」
「お姉様、おめでとうございます!」
「マリアンヌ、おめでとう」

「誰かっ!ウィリアムを呼んできなさいっ!」

 陛下が呼び鈴を鳴らして従者を呼び、すぐに第一王子を呼びに行かせた。

 その後、廊下を走ってくる音がして「失礼しますっ!」と声がしたかと思うと、第一王子ウィリアムが部屋に入ってきて、私たちが泣き笑いをしながら抱き合っている様子を見つめて戸惑いの表情を見せた。

「ウィリアム殿下、お受けしますわ」

 姉のマリアンヌが恥ずかしそうに第一王子に告げると、真っ赤になった彼は天を仰ぎ、くしゃっとした顔になった。涙を堪えた顔で唇の端を喜びに歪めながら震える唇で「ほんとに!?」と聞き返した。
 
「ええ、殿下。あなた様と結婚致しますわ」

 姉は第一王子ウィリアムの反応にもらい泣きをしながら、うなずいた。

「マリアンヌっありがとうっ!」

 第一王子ウィリアムは姉のマリアンヌを抱きしめて、肩に顔を押し当てて泣き崩れた。

 私まで泣いた。陛下も涙を堪えて泣き笑いのような様子を見せている。母まで目頭を押さえていた。

 こうして、私の結婚式の日、私がその前にしでかした一世一代の婚約破棄騒動について、落ち着くところに落ち着いたのであった。

「姉妹で手を取り合って我が国を支えてくれるとは、なんと嬉しいことだ」

 陛下は喜びの言葉を告げ、私たちは恐れ入って陛下の言葉に感謝した。

「挙式は初夏にしようか」
「わかりましたっ!」

 陛下と第一王子も固く抱き合って、喜びを露わにしている。

 その後、私は姉と母に宮殿で別れを告げた。次はいつ会えるかわからない。姉の挙式に戻って来れるか分からない。

「明日の昼前の出発の時には、私たちも見送りに来ます。声はかけられないけれど、私たちが見送っていることを忘れないでね」
「あなたは私の娘よ。あなたがどこにいようとも、あなたに愛を捧げていることを忘れないでね」

 母と姉は名残惜しそうに私を抱きしめて、宮殿を後にした。姉と母が宮殿を去ると、私は侍女に手伝われて湯に浸かった。

 今夜の初めての夜に向けて、足がふわふわと宙に浮いたような心落ち着かない気持ちだったけれども、時間は飛ぶように過ぎて夜になった。

 夫となったラファエルが待つ部屋に私は連れて行かれた。今晩はこの部屋で二人きりで過ごすのだ。

 背の高いラファエルは私の手をとり、すっと手に口付けをしてくれた。そして、かがみ込んで私の唇にキスをした。3回目のキスだ。

「君がまだ怖いなら、今日はやめようか」

 ラファエルは私を抱きしめてそっとささやいてくれた。彼の温かく分厚い胸板を感じながら、私は心の中で死にかけた時のことを思い出していた。

 ――やめる?

 私はラファエルのまっすぐな瞳を見上げた。

 ――明日から大陸を横断する旅に出れば、新たに命を失う可能性があるわ。それにこの結婚は私があの時の死を回避するための選択によってもたらされたもの。ならば、私は次の死の危険の前に夫を知らずに死ぬのは嫌。

「あなたを知りたいのです」

 私は顔を真っ赤にして思い切ってラファエルにささやいた。

 ラファエルは私の言葉に驚いた様子になったけれども、サッと頬を赤らめて私を横抱きに抱き抱えて、ベッドにそっと運んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座
恋愛
完璧な騎士、ニコラ・モーウェルは「姫」という存在にただならぬ感情を抱く変態だ。 姫に仕えることを夢見ていたというのに、ニコラは勘違いで娼婦を年季ごと買い取る事になってしまった。娼婦ミアは金額に見合う仕事をしようとするが、ニコラは頑なにそれを拒む。 ミアはなんとかして今夜もニコラの寝台にもぐり込む。 代わりとしてニコラがミアに与える仕事は、どれも何かがおかしい……。 仕事がしたい娼婦と、姫に仕えたい変態とのドタバタラブコメディ。 ムーンライトノベルズにも投稿しております。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

運命のαを揶揄う人妻Ωをわからせセックスで種付け♡

山海 光
BL
※オメガバース 【独身α×βの夫を持つ人妻Ω】 βの夫を持つ人妻の亮(りょう)は生粋のΩ。フェロモン制御剤で本能を押えつけ、平凡なβの男と結婚した。 幸せな結婚生活の中、同じマンションに住むαの彰(しょう)を運命の番と知らずからかっていると、彰は我慢の限界に達してしまう。 ※前戯なし無理やり性行為からの快楽堕ち ※最初受けが助けてって喘ぐので無理やり表現が苦手な方はオススメしない

転生先はヒーローにヤリ捨てられる……はずだった没落モブ令嬢でした。

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
伯爵令嬢ソランジュは身分の低い愛人の娘だったために使用人扱い。更に正妻と異母姉には虐待を、異母兄にはセクハラを受けていた。 プライドの高い名ばかりの家族たちは没落していることを認めず、先祖代々の資産を切り売りし、派手に散財するばかり。 そんな中伯爵家に正体不明の黒衣の男がやって来て、一夜の宿と食事、更に女を求める。金はいくらでもやるからと。 積み上げられた金貨に目が眩んだ伯爵は嬉々としてソランジュを男に差し出した。 この屋敷に若い娘はソランジュと異母姉しかいない。しかし、異母姉はいずれ嫁ぐ身なので、娼婦の真似事はさせられない。今まで卑しい生まれにもかかわらず、お前の面倒を見てやった恩返しをしろと。 こうして一夜の慰み者となったソランジュ。絶望的な心境だったが、寝室で男の顔を見た途端思い出した。 「こ、この人って前世で大好きだったシリアスなハイファンタジー小説、"黒狼戦記"の主人公にしてダークヒーロー、アルフレッド王じゃ……!?」 ソランジュは第一章の冒頭付近で一行だけ登場し、金で買われてヤリ捨てられる名もなきモブ女だったのだ。 ※R18シーンのページには☆マークをつけてあります。エロ多め注意

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

処理中です...