上 下
34 / 59
全世界の諸君に告ぐ

34_山奥の一軒家 ねことイヌの宅急便

しおりを挟む
 配給の米がつきた。

 闇市に服や貴重品を売ってきて、食べ物に変えてこなければならない。

 ガリーナは、朝早く起きて、家中の棚という棚を漁った。
 子供は小さくて、まだ一番上が十歳で、一番下がゼロ歳で五人もいた。
 飢えさせるわけにはいかない。
 
 家中からかき集めたものを麻袋にしっかりと詰める。一目で貴重なものが入っていると思われてはならない。粗末な袋がよかった。

 空襲が始まる前に山の中のこの家にやってきてから、随分経ったような気がする。 

 ガリーナは全ての準備ができると、寝ている夫をそっと起こした。
 夫はすぐに目を覚ました。
 昨晩、夫婦で話し合って、闇市に貴重品を売りに行くことを決めたのだ。

 穀物が何もない。小さな家庭菜園で作れるものも、全部食べ尽くしてしまった。
 朝、夫に小さなパンと、何も入っていないスープを出して食べてもらった。

 夫は静かに食べ終わると、麻袋を抱えて庭に出た。自転車の荷台に麻袋をくくりつけた。

 ガリーナは、麻袋とは別に、懐中電灯ひとつと、昼飯用に小さなパン二つと、水を入れた水筒が入ったショルダーバックを渡した。夫はうなずくと、肩からしっかりとショルダーバックをかけ、そのまま街に向かって自転車をよろよろと漕ぎ始めた。

 一家の命運がかかっているのだ。夫は固く唇を結び、しっかりとペダルを漕いて、山道を下って行った。

 山道にはうっそうと草が生い茂り、野の花が咲いていた。あの花を油で揚げたら美味しいのかしら・・・ふとそんなことをガリーナは思った。
 
 家の前には大きな木があり、少し行くと小さな滝があった。気持ちの良い風のふく朝方だった。
 
 大きく深呼吸して、ガリーナは夫の姿が小さくなるまで見送った。
 きっと食べ物を今晩は持ってきてくれる!
 胸の前で両手のヒラを組み合わせてガリーナはお祈りをした。
 

 その日、ガリーナは、「父さんはどこに行ったの?」と聞く子供たちに、「父さんは美味しいものをもらいに行った」と説明して、食べ物がほとんどない日中を、子供達と我慢して過ごした。

 子供たち全員が、美味しいものを持って帰ってくる父さんを首を長くして待っていた。

 しかし、待てども待てども、子供たちの父さんは戻ってこなかった。

 待ちくたびれた子供達は、ガリーナが草を素揚げしたものを食べて、玄関の外に出て外を見ては、戻ってくるという行動を日が暮れてからも何度も繰り返した。

 ゼロ歳の子供は、ガリーナから美味しいお乳が出ないのか、弱々しい声でしょっちゅう泣いていた。

 皆が心配になった頃、ようやくガリーナは夫の声をどこか遠くで聞いた気がした。

「おおい!」
 確かに夫の声だ。
 ガリーナは、針仕事をする手をとめ、はっとして外に飛び出した。

 後から子供達も我先にと玄関から外に飛び出した。

 山奥の一軒家に、ギーコギーコと古く錆びついた自転車がやってくる音がした。

 夫の自転車の音だ!

「戻ったぞ!」
 夫の声だった。

「父さん!」
「おかえりなさい!」
 子供達は大声を出して、飛びはねた。
 満面の笑みの夫が姿を現した。

「たーくさん、食べ物を持ってきたぞ!」
 夫は、大きな声でガリーナに言った。

 ガリーナは大急ぎで、夫の自転車の荷台に駆け寄った。

 麻袋があったが、ペしゃんこだった。

「あれ、父さん。ペしゃんこだけど、どこに食べ物があるの?」
 一番上の子供が聞いた。

「え?」
 夫は驚いて後ろを振り向いた。

 ガリーナが麻袋を見ると、大きな穴が空いていた。中にはジャガイモが二つだけ入っていた。

「穴が空いている!」
 ガリーナが叫んだ。

「なんだって!」
 夫は自転車を飛び降りると、麻袋の穴を見つめた。

「しまった!」

 夫はショルダーバックから懐中電灯を取り出して、地面を照らしながら、登ってきた山道を下り始めた。

 ガリーナは、玄関にかけてあった空っぽのリュックをつかみ、夫に駆け寄った。
「これに入れてきてください!」

 それから、ガリーナは十歳の長男と八歳の長女にしばらく家を見てもらうように言って、夫の後を追って山道を降り始めた。

 ガリーナと夫は、二人で泣きながら、山道に転がったかぼちゃやジャガイモを拾って歩いた。
 真っ暗な夜道で、麦粉はこぼれてしまっていたのがかろうじて見えたが、泥だらけで拾えなかった。
 山道でなんとか拾い集めたが、すでに猿や獣に食べられてしまったらしく、わずかなものしか集まらなかった。

 諦めて明日の朝また拾おうと慰めあった。
 二人で泣きながら山道を登って、子供たちの待つ一軒家まで戻った。

 子供たちの前では笑顔で、ガリーナは言った。

「さあ、父さんが持ってきてくれた食べ物で、何か食べよう!」

 子供たちは目を輝かせて、歓声を上げた。

 その夜、ガリーナはお腹いっぱいになった子供たちが寝た後、夫と一緒に泣いた。

 売れるものが何も無くなったのに、食べ物は数日分しかない。

 
 戦争は嫌いだ。
 この国から逃げたい。
 でも、逃げてどこで生きていけるのだろう。
 それに、移動するには、その間の食べ物がいる。小さな子供が五人もいる。
 
 考え込んで、そのままその夜は眠った。

 次の日の朝だ。
 ガリーナが玄関を開けて外に出ようとすると、夫が落とした食べ物が家の前に全部積んであった。

 麦粉は拾えなかったはずなので、別の新しいものを誰かが用意してくれたようだ。

 ガリーナは親切な誰かにお礼を言わなければと、家の周りを見渡した。
 大きな木が生い茂り、気持ちの良い風のふく朝だった。

 家の庭には、以前から一軒家に住み着いていた猫と犬がいるだけで、人の姿はまるで見えなかった。

「一体、誰が助けてくれたのだろう?」
 ガリーナは、込み上げてくあたたかい涙に頬を濡らし、嗚咽を抑えながら、食べ物の前にしゃがみ込んだ。嬉しかった。

 これで、しばらくゼロ歳の子供も生き延びられるだろう。
 他の子供たちも生き延びられるだろう。

 その日のお昼ご飯を食べながら、夫は、「そういえば」とガリーナに話した。昨日、闇市で、ガールズバンド“ミッチェリアル”の歌が流れていたと教えてくれた。
 
 不思議な聞いたこともない音楽で、思わず、聞き入ったそうだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...