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襲撃(始まる前に、襲われた)

12_脅迫状(トオル)

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「きゅうり!見てな!」
「は、はい。」
「返事が小さいっ!」
「はい!」 

ミケは離れたところで、メロン相手に格闘技かくとうぎのキメ技を実演じつえんして見せていた。

 自分がいかに敏捷びんしょうに動けるかを見せている。
 さっきのことを根に持っているのだろう。

 確かに、好きな子の前で、自分の気持ちを勝手にずうずうしく暴露ばくろされたら頭にくるのは間違いない。ミケの気持ちもわからなくもない。

 さと子さんの豪邸のリビングの天井はとても高かった。
 今をときめくガールズバンドのメンバーは、豪邸の真っ白い家具ばかりのリビングで重い思いにくつろいでいた。

 真っ白いソファがこれでもかとずらりと並んでいる。生活感のないL字型のソファに、ブー子がお姉さんずわりをして座っていた。

 メロンが来てからというもの、ブー子は完璧なアイドル像をくずすまいと、たたずまいからして徹底してアイドルに化けていた。

 今もカチューシャをしていて、服装も淡いブルーのワンピースを着ている。アイドルらしい全体的にふわっとした軽やかな印象を醸し出していた。

 トオルは「あんなのを普段着で着て、サマになる人を見たことがない」とブー子を眺めながらため息をついた。

「ミカナ、どこか気になる大学のキャンパスをめぐってみるか?」
「いえ、今回はまだいいです。」

 ミカナとしし丸は、ツアー日程を見ながら、アメリカ国土の地図を広げて眺めていた。

 しし丸はどこかで動物園に行きたいらしく、熱心に動物園のクチコミを調べては、地図上で各コンサート会場との距離を確認している。盛んにメモを取り「ここに行くか、あそこに行くか」と楽しそうにしていた。


 トオルは、白いソファの端っこでぼんやりと大学の夏休み明けの試験のことを考えていた。なんとなく憂鬱ゆううつだ。勉強は好きではない。

 教授に会わなければならない学科がある。

 そうだ、同じゼミのヤカンにLINEで試験範囲について連絡してみよう。

 トオルはそう思いついて、スマホを取り出した。ヤカンは大学で唯一トオルのLINE IDを知っている男性の友達である。いつも博多弁で話しかけてくれる気さくなやつだ。

 あれ、誰か知らない人からSMSでメッセージがきているな。

 トオルはスマホ画面に表示された通知をいぶかしげに眺めた。
 メッセージを開けてみた。

「お前らの正体を知っている。バラされたくなかったら、三週間以内に一万円用意しな。」
 誰か知らない人からそう書かれたメッセージが届いていた。

 脅迫状きょうはくじょうだ!
 いや、待てよ。一万円か?

 その瞬間、すぐにピロンと鳴って次のメッセージが届いた。
 トオルは開封してみた。

「間違えた。お前らの正体を知っている。バラされたくなかったら、三週間以内に一億円用意しな。」

 今度はそう書いてあった。
 やはり脅迫状きょうはくじょうだ。

 今度は一億円か。最初の一万円は打ち間違えたのか。なんてそそっかしい犯人なんだろう。

 しかし、犯人の言う「秘密」とは、動物がメンバーのことか、自分が男であることなのか、それともはたまた両方なのか。トオルは心拍数が跳ね上がり、変な汗が吹き出てくるのを感じた。

 トオルはそっとメロンを見た。

 メロンは両手を素手で構え、ミケの真似をして宙に向かって足を振り上げてキックしているところだった。

 そもそもメロンはスマホを持っていない。こちらで取り上げた。しかも、ミケにさっきからずっとつかまっていて、脅迫状を送れる状況下にはない。

 トオルはため息をついて天井を仰いだ。一億円なんて、まだまだ自分にはとても用意できない。

 そこに、サングラスをかけて迫力が増した様相のさと子さんが、ミケと一緒にいるメロンに近づいたのが目に入った。

「これ、きゅうり。あんた、うちらをパパラッチから守ってくれるんやろ?わしらと同じファーストクラス乗せちゃるから、パスポート見せんかい。」
 
 さと子さんはメロンのパスポートを見て、マフィアのネットワークで身元を調べ上げるつもりだろう。

 昨日の朝、メロンは山の屋敷に現れた時には背中に刀を持っていた。その刀はミケが猫パンチをして取り上げた。

 それから、身ぐるみがしそうな勢いで、ブー子とミケがメロンの持ち物を取り上げた。財布やスマホだった。

 メロンのスマホは連絡先の登録が1件もなく、さらに通信履歴つうしんりれきも全部消えていた。

 さと子さんにパスポートを見せろと言われたメロンは、どこか嬉しそうな表情を浮かべ(ファーストクラスのチケットの箇所で喜びの笑みがこぼれた)、黒いシャツをたくし上げて、腹マキのようなものを見せた。

 そこからパスポートが出てきた。昨日、ミケとブー子は見逃したらしい。まあ、初対面の女性の体をそんなにめちゃくちゃには触って確かめないだろう。

「うん?なまあたたかいな。」
 秀吉ひでよしから草履ぞうりを受け取った信長のテンションで、さと子さんが言った。

 さとこさんはメロンのパスポートを開けて見た。
 
「マジか。」
 さと子さんは、ぽつんとそれだけ言った。

「何、何?どうしたの?」
 レコード会社営業のカマジリがすかさず、さと子さんに駆け寄ってパスポートをのぞいた。

伊賀いが、ウオーターメロン(watermelon)」
 
「伊賀、スイカさん?」

 カマジリは、ウオーターメロンを完璧な発音で言った。

「スイカでおうとるやんけ!」
 さと子さんはボソッとつぶやいた。

 トオルは、ちょっと平和ボケしたそのやりとりを眺めながら、脅迫状きょうはくじょうのことは今は言えないと思った。

「ウオーターメロンから、メロンをとったんか。あながち偽名ぎめいでもないな。」
 おそらく全員が思ったであろうことを、さと子さんがつぶやいた。
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