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第一章 波乱と契約婚の花嫁生活幕開け

法廷弁護士 ダニエル・ポーの場合

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 私はダニエル・ポーだ。この時代に女性の体で生を受けたことを悔やむ。星の数ほど男が生まれるのに、あろうことか私は女で生を受けてしまった。

 女王はいるが、女性の法律家は存在しない。聖女はいるが、女性の法律家は存在しない。

 だが、見た目が男であればいいだけの世の中だ。本名はキャサリン・ポーだ。ダニエルというのは、亡くなった兄の名を語っている。裕福な商人の家に生まれたために、大学に進むことはできた。胸が膨らむのがイヤで、太らないように気をつけているが、元々痩せ体質のようで、これまでは他人に女性だと悟られたことはない。

 市街から離れたところに家を構えている。実際には、従兄弟が営む農場に住んでいる。両親以外に私がキャサリンだと知っている唯一の人間が、従兄弟だ。互いにこの秘密は墓場まで持っていく約束だ。 

 毎朝早くに馬に乗って法曹院まで出勤している。私はこの生活が気に入っている。お金にはなかなかならないかもしれない。でも、小さな案件は始終飛び込んできた。判例を探して何時間も資料室に籠る時間が大好きだ。紙の山に囲まれた職場も好きだ。

 スティーブン王子や他の貴族の子息とは大学で知り合った。彼らもまた私を男性だと思い込んでいる。スティーブン王子に憧れたのは昔のことだ。私は法律に打ち込むことで、スティーブン王子への気持ちを捩じ伏せた。

 生涯独身で生きるつもりの私は、男性の法律家として、この世の生を終えることができれば本望だ。

 今朝、農場からレンハーン法曹院に続く小道を馬に乗ってやってくる途中で、幸せそうな花嫁が馬車に乗り込むのを見た。

 黒い法服に黒い帽子を身につけている私は、家を出る時は自分の服装を見てなんとも思わなかったのに、幸せそうな花嫁を見ると少し胸がざわついた。

 腰に短剣と筆記用具を携えている私は、今花嫁が持っているようなブーケは一生手にしないだろう。



 いつものように依頼人のために紙の山と格闘して、そろそろ法廷に出るために銀髪のカツラをつけようかとしていると、思わぬ来客があった。早めに中央刑事裁判所に馬で向かおうと思っていたが、そんなものを吹き飛ばしてしまうほど懐かしい来客だった。

 頭の中にタルガースクエア方面からメリーポーリ大聖堂へ向かうミルゲート通りを思い浮かべた。混んではいないだろう。そこからさらに北に向かうベイカー通り沿いに立つ中央刑事裁判書への道を思い浮かべた。あの道も今日のこの時間ならば特段混んではいないだろう。

 ――大丈夫だ、早めに向かうことを諦めよう。

「ダニエル、久しぶりだ」
「これは王子!お久しぶりです。そちらは例のフィアンセですか?」

 私の心拍数は跳ね上がった。だが、彼は結婚を発表したはずだ。昨日、帰宅の際に新聞の最新報を小銭を払って買って知った。指がインクで汚れたが、少し涙でも滲んだ気がした。私はその新聞を筆記用具入れにくしゃくしゃにして入れたままだったのを、今朝気づいて取り出した。それが、まだ机の上に放置していた状況だった。王子に気づかれないように慌てて暖炉の方に放り投げた。



 ――そうか、今朝幸せな花嫁を見て胸がざわめいたのは、彼の結婚発表が影響していたのか。

 私はスティーブン王子の隣にいる薔薇色の頬をして、エメラルドの瞳が美しい女性に気づいた。彼女は確か第一聖女ヴィラ嬢に変わって、新しくスティーブン王子の花嫁になる第二聖女だ。

「こちらはフランソワーズ。私の最愛の人で、三ヶ月後には妻になる」

「それはそれは初めまして。このような所まで来ていただきまして、お礼申し上げます」

 私は挨拶をしながら、心臓がトクンとした。

 しかし、スティーブン王子の依頼内容を聞いて私はすっかり彼女に入れ込んでしまった。

 ――家が放火されたの?さらに媚薬を使ってスティーブン王子をたらし込んだと訴えられたの?しかも、ジットウィンド枢機卿に罠に嵌められそうだといっている?

 ジェノ侯爵家のエリーゼ令嬢に会いに行く必要がある。証言を取るために少々手荒い真似も必要かもしれないが、私は武術を嗜むので平気だ。

 ――我がスティーブン王子に薬を盛って我が物にしようとするなど、言語同断だわ!

 ブルク家の治安判事は私の大っ嫌いな輩だ。あの太った男を思い浮かべて私は身震いした。それに、ジットウィンド枢機卿だ。彼に睨まれたら、立身出世はまず無理だ。しかし、これは千載一遇のチャンスとも言えるのではないだろうか。枢機卿のやり方には、法律家界隈では眉を顰める者も多い。だが、権力者に気に入られ、自分の敵と思われる者を悉く法律的に処分を正当化していく手腕に恐れをなす者も同じぐらい多い。

 力無く微笑むフランソワーズ嬢を幽閉するか処刑台に送るためなら、ジットウィンド枢機卿はなんでもやるだろう。それは確信できた。

 彼の狙いは自分の手駒か自分の得となる娘を次の国王のそばに置くことだから。聖女は邪魔だ。スティーブン王子が次の国王であることは誰の目にも明らかなのだから。

 この手でジットウィンド枢機卿をギャフンと言わせることができたらと思うと腕がなる。判例を調べあげよう。

 ――勝ってやる!

 ロバート・クリフト卿とテリー・ウィルソン卿もやってきた。ひたすら懐かしかった。かつて彼らと私は大学で青春を過ごして、法律に打ち込んだ。

 その時だ。フランソワーズ嬢が叫んだ。

「あぁっ、ゾフィー令嬢がこの近くにいます」

 そして文字通り、火縄銃の弾丸のような速さで飛び出して行った。我々はあまりのスピードに固まったほどだ。彼女はスキルを使っているのだろう。とんでもないスピードで部屋を飛び出して行ったので、そのままの勢いでレンハーン法曹院も飛び出して行ったと思われた。


 スティーブン王子がすぐに追いかけて行った。ロバートとテリーもだ。私はあっけに取られたが、中央刑事裁判所に行かなければならないことを思い出して、急いで判例を書き込んだ紙の束をまとめて馬に乗ろうとレンハーン法曹院内を走った。

 愛馬に乗り、通りを中央刑事裁判所に急いで進めようとした。しかし、事件があったのだとすぐに気づいた。短剣を突き立てられたフランソワーズ嬢が崩れるように揺らぎ、その背中に長弓の矢が刺さるのを見た。悲鳴が起きて群衆が揺れるように逃げようとした。

 スティーブン王子が「愛している!」と叫んで、血だらけで泣き叫んでいる姿を見た。私はそのまま、逃げ惑う群衆に驚いた馬がいななき、前足をあげて私を振り落としたのに気づいた。だが、頭を地面で強打して吐きそうな強烈な痛みを感じた次の瞬間に誰かに踏まれて真っ暗な闇に堕ちた。

 私は法曹家になりたかった。いや、なったのだ。でも……。
 


◆◆◆
 目を開けたら、法曹院にいた。

「王がまた離婚したいとおっしゃっている。しかし、君は王妃を亡き者にできる方法があると言う」

「えぇ、姦通罪で」

 私の口からとんでもない言葉が出た。

「しかし……」

 躊躇う目の前の男を私はじっと見つめた。

「実際なんてどうにでもなるんですよ。要は証拠を揃えればいい。証拠は作れる」

 私は自分の乾いた若い声を信じられない思いで聞いた。黒い法服のポケットから私は手紙を取り出した。それを広げてみせた。

 処刑された王妃の浮気相手とされた男の印章が押された白紙の紙だ。そこにスラスラと私は体の関係をはっきりと匂わせる文面を書き連ねた。
 
 はっきりと王妃の名前を書いた。私の手が信じられない勢いで動くのを見た。

 私の目の前の男がワナワナと相手が震えるのを見た。

「あんたっ!それは……」

「姦通罪は処刑だな」

 私の口からはっきりと乾いた声が言うの聞いた。目の前の男が震えて後退り、逃げるように出て行った。

「誰かに言ったところでお前の命はないぞ」

 私はその姿を追いかけるように言葉を投げつけた。

 私はしばらく放心していた。

 
 間違いない。私は確信した。私は若かりし頃のジットウィンド卿にのりうつったということか!?

 さっき私は死んだと思う。そしたら王妃を虚偽の手紙で姦通罪にしたというウワサの現場に遭遇した。今、私が乗り移っているのは、どう考えでも若かりし頃のジットウィンドだ。


 私は渾身の力を振り絞って、自分が乗り移った男の体をコントロールしようとした。

「な……なんだ!」


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