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第一章 波乱と契約婚の花嫁生活幕開け

大法官 ロバート・クリフトンSide

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 ニーズベリー城が近づくと、切羽詰まった危機にそぐわない美しい光景が広がっていた。お堀に近づく道なりには薔薇が咲き、お堀の向こうには城と広大な庭園が夕暮れに赤く染まった空の下で優美な姿を見せていた。
 
 ニーズベリー城にはある秘密がある。女王や王に所有された過去から、庭園に秘密通路が隠されていた。秘密裏に城から外に抜け出せる通路を隠しているのは上がり下りしながらつらなぬ美しい展望回廊だ。緑溢れる広大な果樹園が広がる直前に薔薇が咲く東屋があり、そこに秘密通路が隠されているのだ。

 ――もしもだ。
 ――もしもフランソワーズ嬢が囚われて投獄されるような法的根拠を大法官が作り出したならば……。

 
 大法官であるジットウィンド枢機卿には、常に疑念がつきまとう。

 それは私たち学友3人の間ではもはや暗黙の了解だった。彼は先の王の世継ぎ問題で、王妃を冤罪で処刑した手腕を認められて引き立てられた経緯がある。王族を嘘の偽証によって法によって裁くことを始めたのは、法律家であるジットウィンド枢機卿が最初だ。先の王の時代には、彼以外のまともな法律家はこぞって処刑台に送られた。

 増収裁判所で取り壊した修道院の土地を国王のものとし、貴族や民間に売却や払い下げる法を作り出したのも、彼だ。腐敗と管理しきれないほどの修道院取り壊し跡を作り出したやり方は、今は完全に廃止されて、増収裁判所も財務局に吸収された。

 しかし、ブルク家の治安判事はフランソワーズ嬢を幽閉するか処刑台に送るためなら、ジットウィンド枢機卿の越権行為を増長させようとするだろう。

 ――だめだ。
 ――反論してダメなら、フランソワーズ嬢に追っ手が来る前に逃そう。

 昨晩の放火は、ブルク家とは別の者の仕業だろう。朝早くにブルク家でゾフィー嬢の失踪が発覚したならば、私たちより早くにニーズベリー城に治安判事と大法官が出向いていてもおかしくない。

 クリフトン伯爵邸の自分のベッドで、ぐっすり眠ってしまったのが悔やまれる。

 優秀な弁護人が必要な事態だ。誰が適任だろう。

 大法官が冤罪で法的根拠を考え出す前、もしくは大法官がニーズベリーに到着する時間にまだ間に合っていたら、フランソワーズ嬢を秘密通路から外に逃そう。

 私は夕暮れの美しい空を眺める余裕もなく、私とテリーはニーズベリー城の門を叩いた。門番はすぐに中に入れてくれた。そのままクリフトン家で私の一番のお気に入りの馬である、黒い毛並みが力強く美しい牝馬のメリーランで、城まで続く橋を一気に駆け抜けた。

 テリーもウィルソン子爵家で彼の一番のお気に入りである白馬に乗っていた。
 
 馬番に馬を預けて、すぐに城内に駆け込むと、スティーブン王子とフランソワーズ嬢は取り込み中ということで、侍女に待たされた。

 私はイライラとして客間で待っていたが、我慢できずに侍女の静止を振り切ってフランソワーズ嬢にあてがわれた部屋に急いだ。

 胸騒ぎがする。この後に及んでとは思うものの、二人の中は進展しているのか?という疑念に囚われて焦った。私のフランソワーズ嬢への恋心は秘密だ。

 私がドアの外に立っている警護担当の武装兵を一瞥して、無視をしてドアを叩こうとした瞬間に、扉を開けて静かにスティーブン王子が部屋から出てきた。

「王子!緊急事態です」

 私は切羽詰まって王子とフランソワーズ嬢に報告せねばと、扉を開けて中に入っても良いか?と仕草で聞いた。

「ダメだ。フランソワーズは寝ている。何があった?」

 スティーブン王子は私の顔を鋭く見た。

「今朝方、ハンルソン・コート宮殿のブルク家で騒ぎがありました。ゾフィー令嬢が置き手紙を残して失踪されたようです。治安判事が既に呼ばれました。置き手紙には、王子を手にいれるために第二聖女が媚薬を王子に盛って、不正に我が国王子を我がにしようとする悪女フランソワーズの横暴と言ったことが書いてあった。それを暴いてくれと、死を持って告発すると」

「なんだと!?」

 スティーブン王子は目を見張って、小さく叫んだ。

「私に媚薬を盛ったのは、ジェノ侯爵家のエリーゼ令嬢だ。フランソワーズは解毒してくれた」
「しかし、媚薬が残って症状を発している状態でフランソワーズ嬢にお会いになったことは間違いありません。媚薬が効いて、フランソワーズ嬢に恋をされたと勘違いされたとことはないですか?」

 テリーは思い切ってスティーブン王子に疑念を指摘した。スティーブン王子は即座に否定した。

「それはない。媚薬の段階では、エリーゼ令嬢に惚れても仕方がない状態だったが、そうはならず、解毒のために訪れたフランソワーズの家でも、私は特段恋をしたような症状は発していなかった。体が熱くてゾワゾワして、その男の機能を存分に発揮したいという衝動は抱えたが、それを特定の人に抱いていることはなかった」

 私はスティーブン王子の答えについて考えた。

「私はどうしてフランソワーズ嬢の存在が特別なものだと気づいた理由を知っている」

 スティーブン王子の答えに私はハッとした。

「それはなんですか?」

 その時、従者の一人が血相を変えて走ってやってきた。

「失礼いたします!大法官であらせられるジットウィンド枢機卿とブルク家出身の治安判事とブルク家当主ジャイルズの3人が王子に話したいことがあるとやってきています!いかがいたしますか?」

 私たち学友3人は目配せをした。

「分かった。半時稼いでくれるか」

 スティーブン王子は従者に告げた。従者が急いで姿を消すと、私たち3人は「展望回廊だな?」と口々に合言葉のように口にした。私たち3人は同じ思いのようだ。

 王妃ですら冤罪で幽閉して処刑台に送り込んだ輩だ。油断はできまい。フランソワーズはここにはいないとした方が、事を運びやすいだろう。

 部屋にそっと引っ込んだスティーブン王子は、すぐにフランソワーズ嬢を連れて部屋の外に出てきた。

「昨日からここにはフランソワーズはいない。いいな?」

 アガサという名の侍女と武装した護衛兵にスティーブン王子は告げた。

「かしこまりました」
「かしこまりました」

 侍女と護衛兵はしっかりとした面持ちでうなずいた。指示はすぐに周囲に共有されるであろう。

「では、逃げよう」
 
 王子はそう言ってフランソワーズ嬢の手を握った。

「レンハーン法曹院で会おう。一人、腕の良い法廷弁護士を知っている」
「分かった」
「気をつけて」

 私たちは短い会話を交わして、私とテリーは大法官を初めてとする歓迎されざる訪問客に備えるために素早く踵を返して、客間に戻った。

 王子はフランソワーズ嬢の手を引いて走り始めた。窓の外に一気に飛び出したのが見えた。二人は今までも協力して、聖女と王子として様々な困り事に対処するためにアクションを繰り返している。

 なんとかうまく展望回廊まで辿りつけるだろう。

 私は王子は寝ているとして、ジットウィンド枢機卿である大法官やブルク家出身の年老いた治安判事や、ブルク家当主ジャイルズを遠ざけなければならない。

 嫌味と権力を常にちらつかせる大法官が私は苦手だ。


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