18 / 37
第一章 波乱と契約婚の花嫁生活幕開け
王子の魅力
しおりを挟む
それは豪華な食事をいただいた後のこと。
私はスティーブン王子にニーズベリー宮殿の広大な庭の散策に誘われた。侍女も従者も遠く離れていて、私たちの会話は聞こえないところまで下がらせていた。
昨今の流行を反映して、円錐や球体の模様や幾何学的な形に樹木を刈り込んだトピアリーがあちこちにあった。ニーズベリー宮殿には腕の良い庭師が揃っているようだ。
緑と白に塗られた柵で囲まれた花壇もある。最近の流行りだ。
私はニーズベリー城の庭に足を踏み入れたことが初めてだったので、いろとりどりの薔薇や夏の花々が咲き誇る美しい庭園にうっとりとしていた。
「君のパンなんだけど」
スティーブン王子は私の手を離そうとせず、話し始めた。
「はい。うちにいらした時に残っていた一つを差し上げました。あの時はあんなものしかなくて本当に申し訳ありませんでした」
私は恐縮した。王子の容態に慌てていたので自分や焼いたパンを王子に食べさせた。そんなことをしたなんて、自分でも驚きだ。
「あのパンをまた食べたいと思っているんだ。作ってくれないか」
「本当ですか?」
「あぁ、とても美味しかった。ああいうものは今まで一度も食べたことがなかった」
スティーブン王子が食べたことがないのは材料が理由だろう。庶民は小麦の白パンを食べられないのだから。
「わかりました」
「君には才能があると思う。聖女の才能があるのはもちろんだが、君がずば抜けている才能があるとすれば、それはあのパンである気がする。もう一度確かめたい。人を幸せな心地にする力のあるパンを君は作れそうだから」
私はスティーブン王子の言葉に驚愕して、思わず立ち止まった。私は何もかも、第一聖女であったヴィラに劣っていると思っていた。
――あのパンが?
――あのパンが私の才能?
「あともう一つ言いたいのは……すごい才能がなくても、人を幸せにできるということだ。僕が気になっていたことが一つあって、いいかな?」
「はい」
「確かに、聖女としてヴィラは優れている。スキルのレベルは、この時代に生きる者の中でみても、彼女は非常に卓越したスキルを持っている。それは間違いない。でも、君の勇気はヴィラにも決して劣らないものだし、人への推察力はヴィラより鋭いと思う」
スティーブン王子は失恋に苦しまれているだけでなく、冷静に周りを客観視していられたようだ。
私は絶句した。
――王子は私の劣等感に気づいていたの?
「もし、悩んでいたのならば、僕が言うことにも耳を傾けて欲しい。それは気にすることではない。最近ずっと他のことに気を取られて僕自身がもがくような毎日だったから、早くアドバイスできたら良かったのだけれど。今、君にこうして向き合っているから、正直に僕が感じていたことを話すとすれば。君は決してヴィラに対して劣等感を持つ必要はない」
王子の言葉は私の心の核心をついた。
王子はこのもがき苦しんでいる数ヶ月の間に、何を悟ったのだろう。声を殺して嗚咽を漏らさないようにと必死で泣き声を堪えていらした姿を思い出した。あれほど苦しまれている間、私のことに気づいて見てくださっていたのだろうか。
私がスティーブン王子に恋をしたのは、彼の本質的な部分にだ。彼はただただ信じ難いほど美しいだけの王子ではない。
目の前に蜂が飛んできて、赤い花に止まった。ハイビスカスだろうか。美しい花で薬草でもある。私がハイビスカスの花をぼんやりと見つめていると、スチーブン王子は私の手をしっかりと握って私の目をのぞき込んだ。
「君のお父様は、法廷弁護士だったね?」
スティーブン王子の次の言葉は、私を真っ青にさせた。父のことは秘密だ。父はとある貴族に罠に嵌められて、弁護士の仕事を最も簡単に失った。私が聖女になる頃には、父は過去の仕事を秘密にして畑を耕し、雨の日になると子供達に文字を教えてひっそりと暮らしていた。
父を嵌めた貴族は今でも巨大な力を持つ一族の人だった。だから、私は父の過去を秘密にしなければならない。
「もしかして……契約婚の妨げになりますか?」
私はスティーブン王子の瞳をじっと見つめた。私たちは既に結婚を発表した後だ。だが、今なら取り消すこともできよう。
「妨げにはならないと思う。そもそも、僕は何があってもこの契約婚を取り消すつもりはない」
私はほっとしている自分に気づいた。私はお慕い申し上げていたスティーブン王子の妻になることを喜んでいるのだろうか。これほど身分不相応の話なのに、もう結婚までしたいと望んでいるということだろうか。
「いつも一緒にいる人のことは、調べるんだ。その人がどういう人かを一応知っておくんだ。これは僕がこの国の世継ぎだからしていることであって、契約婚をするからと言う理由で調べたものではないよ。前から君のお父様のことは知っていた」
スティーブン王子は申し訳なさそうに言った。
「わかりました」
「そして、フェリックス・ブルックのことだ」
私はもっとも知られたくなかった人の名前を王子に告げられた。
「彼の前職は治安書記だ。君のお父様と同じ時期に職を失った」
「えっ!?」
私は高利貸しだと思っていたフェリックス・ブルックの意外な真実に驚いて声を上げた。
「彼は君から巻き上げたお金で君の名義で土地を購入した」
「え?」
私は絶句した。
――ブルックはなぜそんなことを?
「それはブルック自身に今度聞いてみたら良いと思う。君のお父様はジットウィンド枢機卿に仕えていた。現職の大法官も兼任している、ジットウィンドが枢機卿になる前のことだ。ブルックは当時はブルク家の当主ジャイルズ・ブルクがまだ当主になる前に、治安判事をしていた頃の治安書記だった。二人とも奇妙な偶然で、同じ時期に当時の仕事を辞めた。謎だと思わない?」
スティーブン王子は私に言った。
そう言われてみれば、確かに妙な気がする。
――ブルックと父さんは知り合いだった?
私の頭の中で、知らない話がぐるぐると回り始めた。父が亡くなった時、とてもお金に困ったことがあった。あれは住んでいる家について言いがかりをつけられた時だ。その時お金を貸してくれたのがブルックだった。
ジャイルズ・ブルクは、私の家に媚薬が欲しいと押しかけてきたゾフィー・ファナ・ブルク辺境伯令嬢の父だ。
私はスティーブン王子にニーズベリー宮殿の広大な庭の散策に誘われた。侍女も従者も遠く離れていて、私たちの会話は聞こえないところまで下がらせていた。
昨今の流行を反映して、円錐や球体の模様や幾何学的な形に樹木を刈り込んだトピアリーがあちこちにあった。ニーズベリー宮殿には腕の良い庭師が揃っているようだ。
緑と白に塗られた柵で囲まれた花壇もある。最近の流行りだ。
私はニーズベリー城の庭に足を踏み入れたことが初めてだったので、いろとりどりの薔薇や夏の花々が咲き誇る美しい庭園にうっとりとしていた。
「君のパンなんだけど」
スティーブン王子は私の手を離そうとせず、話し始めた。
「はい。うちにいらした時に残っていた一つを差し上げました。あの時はあんなものしかなくて本当に申し訳ありませんでした」
私は恐縮した。王子の容態に慌てていたので自分や焼いたパンを王子に食べさせた。そんなことをしたなんて、自分でも驚きだ。
「あのパンをまた食べたいと思っているんだ。作ってくれないか」
「本当ですか?」
「あぁ、とても美味しかった。ああいうものは今まで一度も食べたことがなかった」
スティーブン王子が食べたことがないのは材料が理由だろう。庶民は小麦の白パンを食べられないのだから。
「わかりました」
「君には才能があると思う。聖女の才能があるのはもちろんだが、君がずば抜けている才能があるとすれば、それはあのパンである気がする。もう一度確かめたい。人を幸せな心地にする力のあるパンを君は作れそうだから」
私はスティーブン王子の言葉に驚愕して、思わず立ち止まった。私は何もかも、第一聖女であったヴィラに劣っていると思っていた。
――あのパンが?
――あのパンが私の才能?
「あともう一つ言いたいのは……すごい才能がなくても、人を幸せにできるということだ。僕が気になっていたことが一つあって、いいかな?」
「はい」
「確かに、聖女としてヴィラは優れている。スキルのレベルは、この時代に生きる者の中でみても、彼女は非常に卓越したスキルを持っている。それは間違いない。でも、君の勇気はヴィラにも決して劣らないものだし、人への推察力はヴィラより鋭いと思う」
スティーブン王子は失恋に苦しまれているだけでなく、冷静に周りを客観視していられたようだ。
私は絶句した。
――王子は私の劣等感に気づいていたの?
「もし、悩んでいたのならば、僕が言うことにも耳を傾けて欲しい。それは気にすることではない。最近ずっと他のことに気を取られて僕自身がもがくような毎日だったから、早くアドバイスできたら良かったのだけれど。今、君にこうして向き合っているから、正直に僕が感じていたことを話すとすれば。君は決してヴィラに対して劣等感を持つ必要はない」
王子の言葉は私の心の核心をついた。
王子はこのもがき苦しんでいる数ヶ月の間に、何を悟ったのだろう。声を殺して嗚咽を漏らさないようにと必死で泣き声を堪えていらした姿を思い出した。あれほど苦しまれている間、私のことに気づいて見てくださっていたのだろうか。
私がスティーブン王子に恋をしたのは、彼の本質的な部分にだ。彼はただただ信じ難いほど美しいだけの王子ではない。
目の前に蜂が飛んできて、赤い花に止まった。ハイビスカスだろうか。美しい花で薬草でもある。私がハイビスカスの花をぼんやりと見つめていると、スチーブン王子は私の手をしっかりと握って私の目をのぞき込んだ。
「君のお父様は、法廷弁護士だったね?」
スティーブン王子の次の言葉は、私を真っ青にさせた。父のことは秘密だ。父はとある貴族に罠に嵌められて、弁護士の仕事を最も簡単に失った。私が聖女になる頃には、父は過去の仕事を秘密にして畑を耕し、雨の日になると子供達に文字を教えてひっそりと暮らしていた。
父を嵌めた貴族は今でも巨大な力を持つ一族の人だった。だから、私は父の過去を秘密にしなければならない。
「もしかして……契約婚の妨げになりますか?」
私はスティーブン王子の瞳をじっと見つめた。私たちは既に結婚を発表した後だ。だが、今なら取り消すこともできよう。
「妨げにはならないと思う。そもそも、僕は何があってもこの契約婚を取り消すつもりはない」
私はほっとしている自分に気づいた。私はお慕い申し上げていたスティーブン王子の妻になることを喜んでいるのだろうか。これほど身分不相応の話なのに、もう結婚までしたいと望んでいるということだろうか。
「いつも一緒にいる人のことは、調べるんだ。その人がどういう人かを一応知っておくんだ。これは僕がこの国の世継ぎだからしていることであって、契約婚をするからと言う理由で調べたものではないよ。前から君のお父様のことは知っていた」
スティーブン王子は申し訳なさそうに言った。
「わかりました」
「そして、フェリックス・ブルックのことだ」
私はもっとも知られたくなかった人の名前を王子に告げられた。
「彼の前職は治安書記だ。君のお父様と同じ時期に職を失った」
「えっ!?」
私は高利貸しだと思っていたフェリックス・ブルックの意外な真実に驚いて声を上げた。
「彼は君から巻き上げたお金で君の名義で土地を購入した」
「え?」
私は絶句した。
――ブルックはなぜそんなことを?
「それはブルック自身に今度聞いてみたら良いと思う。君のお父様はジットウィンド枢機卿に仕えていた。現職の大法官も兼任している、ジットウィンドが枢機卿になる前のことだ。ブルックは当時はブルク家の当主ジャイルズ・ブルクがまだ当主になる前に、治安判事をしていた頃の治安書記だった。二人とも奇妙な偶然で、同じ時期に当時の仕事を辞めた。謎だと思わない?」
スティーブン王子は私に言った。
そう言われてみれば、確かに妙な気がする。
――ブルックと父さんは知り合いだった?
私の頭の中で、知らない話がぐるぐると回り始めた。父が亡くなった時、とてもお金に困ったことがあった。あれは住んでいる家について言いがかりをつけられた時だ。その時お金を貸してくれたのがブルックだった。
ジャイルズ・ブルクは、私の家に媚薬が欲しいと押しかけてきたゾフィー・ファナ・ブルク辺境伯令嬢の父だ。
64
お気に入りに追加
447
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる