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第一章 波乱と契約婚の花嫁生活幕開け

パンと聖女の手当

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 私はスキルを使って畑に水を撒いている。薬草の様子を自分で確認して回った。

 朝の新鮮な風に何もかもが気持ちよさそうにそよぐ。土と水の匂いが心地良い。

 私はこの仕事がとても好きだ。隣の畑の大麦とカラス麦、じゃがいもや豆類の様子も確認して回った。

 畑の一画にはクローバーや根菜類を植えている。休閑地の扱いだが、牛を放牧するのではなく、クローバーや根菜類を植える方法を第一聖女に教えてもらったので、その通りに試しているのだ。

 井戸は私のスキルで掘った。

 太陽が昇り始めた今の時間は、何もかもが新鮮で洗われたように光って見える。

 私は22歳で冴えない地味な平民の聖女だ。第1聖女だったヴィラは公爵令嬢で大金持ちで、麗しいことこの上ない素敵な美貌の持ち主だった。性格も素晴らしく女神のような女性だ。私より4歳も年下なのに、遥かに私より秀でていた。

 今日は国からもらった手当を取り立てられる日だ。虚しい気持ちにはならない。薬草や作物が育っている様を見ると気持ちがぐっと落ち着くからだ。

 朝食は大麦粥にしよう。後で豆と少々の小麦を混ぜたカラス麦でパンを焼くつもりだ。

 その前にフェリックス・ブルックの取り立てをしのぐ必要がある。ブルックは今月も容赦ないだろう。

 私はブルックの冷たい凍てつくような視線を思い出して身震いした。彼が来る日は畑でうかうかしてはいられない。

 私のことを貧乏人だとか、可愛くないという人は大勢いるだろう。貴族からすれば馬鹿にされても当然なのかもしれないが、私は認めない。地味で冴えない私でも、薬草や麦や根菜は作れる。何より、私をバカにする貴族令嬢より、王子を守れる自信がある。

 私に自信がまるでないのは、年下の18歳のヴィラと、22歳の2番手聖女である自分を比較し始めて、優劣の度合いを考え始めた時だ。彼女は隣国の妃になったというのに、スティーブン王子の心を捉えて離さない。私の心も彼女との比較を勝手に始めて、勝手に劣等感を感じてしまう。そんなことがしょっちゅうだ。


 ただ、畑を朝早くからやっていると、不思議と気持ちが上向き、劣等感や秘密の恋で痛める私の心は少しずつ癒されるようだ。

 ブルックのことを思い出して、私は慌てて家に戻るために鍬や鋤をまとめ始めた。

 少し荒い息になって慌てて家に駆け込んだ私は地味で冴えない聖女だが、聖女として国から認めてもらって、国から手当をしっかりともらっている。

 私は働き者で通っていて、悩み事を解決してあげた貴族からの報酬として、細々とだが臨時収入もあった。

「母さん、すぐにご飯にするわね」

 私は手を洗うと大麦粥を素早く作った。火を起こすのもスキルを使った。薪が勿体無いし、私は王立修道院の中に併設された聖女養成所で特訓して身につけたスキルを日常生活で存分に使っている。一種の節約法だ。

 かまどから煙が出て、鍋の中の大麦粥が美味しそうに出来上がったとき、小さな家の扉が叩かれた。

 ドンドン!ドンドン!

「いるんだろ?俺だ。集金だ」

 フェリックス・ブルックはアッシュブロンドの髪を後ろに一つにまとめて縛っていて、常に不機嫌そうな印象を与える青い目をした借金取立屋だ。

 聖女になる前、母が困った時に彼がお金を貸してくれた。彼しかお金を貸してくれなかったのは事実だ。しかし、圧倒的に法外な利子をブルックは要求している。

「はい!」

 私は彼の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。慌てて小さな玄関の扉を開けた。

「おはようございます。今月の分です」

 私は皮袋から銀貨3枚を取り出してブルックに渡した。

「お前は利子が払えていない」

 ブルックにいきなりドンと突き飛ばされかけた。油断していた私はスキルを発動する間もなくよろめいた。

 ――痛っ!
 ――母さんに聞かれてはならないわ。

 私に父はいない。聖女になれた時大喜びしてくれた父は、私が聖女になって国から手当をもらえるようになると、自分の役目は終えたとばかりに呆気なくこの世を去った。

「利子はおいくらでしょう」

 私は小さな声でブルックに聞いた。

「今月から銀貨1枚追加だ」

 私は目を見張った。
 ブルックを追い払うためにスキルを発動してもいいが、ブルックがこうなった時は機嫌を逆撫でしない方がいい。母に逆恨みをぶつけられてしまうからだ。

「なんだ、その目は。聖女さんは国から手当をもらっているんだろ?スキルを使ってでも払え」

 私はそんな脅しに屈しないと言いたいところだ。しかし、母に何かされでもしたら困る。この脅迫を母に聞かれるのも避けたい。

「お前さあ、スキルがあるんだから、もっと色気のある格好とか胸を自分で大きくするとかしないと良いところに嫁に行けな……「お支払いします!」」

 私はブルックに最後まで言わせなかった。彼の手にもう1枚の銀貨を握らせた。

 ――お願いだから、母さんに聞かれる前にもう帰って!

 私は必死だった。

「最初から出せ」

 私は唇を噛み締めて耐えた。

 ブルックは母と私にとっては恩人だ。本当に困った時にお金を貸してくれた。しかし、借りてしまったら地獄を見る相手だった。

「ご……ごめんなさい」
「ったく、事前に利子が値上がることを察しろ。それからお前のパンだな……」

「え?」
「お前のパンはいい。後でもらいにくる。いいな?」
「あ……はい」

「店を出せ。聖女のパンと銘打ってパンの店を出して、他の人にも食わせてやれ」

 私が黙っていると、ねめつけるようなブルックの視線が私の体を這った。私はゾッとした。

「お前みたいな地味で冴えない女なんか相手にしないから安心しろ。ただし、パン屋を開くことは検討しろよ。いいな?」

 彼は詰まらなそうに私を見て、ぼそっと暴言を吐くと帰って行った。パン屋を開いて、さらに私の収入を増やして利子と称してお金を巻き上げる計画なのだろうか。

 ――ただ、今月もなんとか払えたわ。

 私はほっとした。

 ブルックは私に固執している。私をとことんいじめ抜いて私からお金を巻き上げ続けるつもりだ。


 私はブルックが帰ったので、玄関の扉をしっかり閉めて鍵をかけた。これで生活できるためのお金は全部消えた。

「パンを焼くわ」
 
 私は気持ちを奮い立たせるために、声に出して言った。スキルを使うから、普通の人より楽な工程だ。

 カラス麦を粉にしたものと、すりつぶした豆を混ぜて私はパン粉にし始めた。自給自足をすれば、乗り越えられないものはない。

 私はそう自分に言い聞かせた。

 スキルを使って細かい粉にした甲斐があって、いつもより美味しくパンができるかもしれないと、少しワクワクし始めた。


 私は自分を卑下し過ぎだ。多分。
 第1聖女は素晴らしかった。でも、私は彼女と自分を必要以上に比べ過ぎている。他人と自分を比較し過ぎて良いことは一つもない。

 畑仕事やパン作りは私を卑屈の沼から救ってくれる。しかし、それ以外の時間は、王子が恋してやまない第1聖女と自分を比べて自分の不甲斐なさを常に感じて、毎日がもがくようだった。

 そんな比較は要らないし、惨めになるだけな比較は不健康だ。潔く違いを認めて、大したことではないと笑い飛ばせるような自分になりたいのに、うまくいかない。

 ブルックが言った「パン屋を開け」という言葉は、私の劣等感を少し緩和した。私の頭の中に自分が焼いたパンが早朝から並ぶお店のイメージが広がった。

 今の私にとっては幸せのイメージかもしれない。


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