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3. 伯爵とガストロノムスバックストッカー家の秘密

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 小さな穴をくぐり抜けると、そこは、月明かりの中でひんやりとした地面が広がっているのが見える、広大な庭だった。

 目をこらして辺りを見渡すピーターの目に、レオの小さな人影が前方を走っていくのが見えた。そのあとを、三つ編みのおさげをぴょんぴょん揺らしながら、懸命にジョージアが追って走っていくのが見えた。

 ピーターもとっさに起き上がり、必死で二人の後を追いかけ始めた。月が雲に隠れる前に、二人を見失わないようにしなければならない。

 三人とも無言だ。大きな声を出すと、伯爵に見つかってしまう危険があるからだ。

 年老いた伯爵の敷地には、やはり年老いた犬一匹しか今はいないはずだ。年老いた犬は、ヨレヨレと追って来るかもしれないが、三人ともその老犬なら怖くはなかった。

 確か、伯爵はそもそも動物を飼うのが嫌いだと父さんが言っているのを聞いたことがあった。ということは、伯爵にさえ見つからなければ、うまく忍び込んだ今、この敷地を自由に移動できるはずだ。

 必死にレオを追い変えているジョージアは、薄暗い敷地の途中で、地面から張り出した木の根っこに足をとられて転んでしまった。ジョージアの服は大きく避けてしまった。

 しかし、ジョージアは声も出さずに立ち上がり、またレオを追いかけてひた向きに走り始めた。小さな弟の方が自分より心配だ。

 ピーターは、レオがどこに向かっているのか分かっていた。多分、伯爵の広大な家の中心にある台所だ。父さんの話では、じいちゃんは、二十一本目の木の根本の穴から伯爵の敷地に潜り込み、まずは台所で食べ物を食べたと言っていた。そのあと、じいちゃんの冒険が始まったと父さんは話した。

 つまり、同じように行動しなければじいちゃんのように沢山の食べ物を手に入れることはできないはずだ。父さんの話に従うならば、キッチンか、その近くで、冒険が始まるはずなのだ。

 何日もわずかなパンと水しか食べていないのに、ピーターにもジョージアにも身体中からアドレナリンが湧き上がり、ひたすらレオの姿を追って走った。

 弟のレオのことが気が狂うほどに心配なのと、父さんが話してくれたじいちゃんの冒険の話が本当なのかもしれないという期待で、胸が高まり、空腹を忘れた。

 ジョージアとピーターがようやくレオに追いついたのは、レオが建物の影から中に忍びこもうとしたまさにその瞬間だった。

 レオを追って、いつの間にか、ジョージアとピーターは広大な敷地の中庭に入り込んでいた。中庭は荒れ果てていて、唯一、井戸の周りだけがみずみずしい野菜や草花が広がっていた。

「ここだよ。ここの扉が、いつも空いているんだ。」
 レオはそう言って追いついたジョージアとピーターに指差して、古びた壁の扉を教えた。

「伯爵家のキッチンのこの扉はいつも開いている。二十一本目の木の下にある穴のことは、じいちゃんと父さんだけの秘密だったんだよ。他は誰も知らなかったんだって父さんが言っていた。」
 レオは続けてささやいた。

「分かった。我がガストロノムスバックストッカー家だけの秘密だね。中に入ろう。」
 ピーターは覚悟を決めて、扉を押した。
 
 扉はゆっくりと開き、ピーター、ジョージア、レオの順番で暗くて大きな台所の中に忍び込んだ。

 キッチンの天井の高い位置に大きな天窓があり、月明かりでぼんやりと周囲が浮き上がって見えた。中はガランとして大きなテーブルが中央にあり、周りには大きいかまどがいくつもあり、鍋がいくつも壁にかかっているのが見えた。テーブルの中央に、丸い大きな蓋がかぶせて置いてあった。

 ピーターの髪が月明かりに照らされて、伯爵家のキッチンで燃えるような赤い色に輝き、怪しい雰囲気を十分に強調していた。

「じいちゃんの話の時と一緒だわ。じいちゃんは、これを食べたのよね。」

 ジョージアが、丸い大きな蓋を取ってみて、中に置いてある、パンと鶏肉のソテーを見て言った。
「そうだね。」ピーターはそう言って、鶏肉を一口ゆっくり食べた。

「うん、大丈夫だ。レオ、ジョージア、伯爵には申し訳ないけど、じいちゃんと同じように僕らも食べよう。お腹が空き過ぎているから。」
 ピーターは、ジョージアとレオに食べるように促した。

 何日も続いた空腹の日々の後だったので、三人でむさぼるようにパンと鶏肉を平げてしまった。その瞬間、大きな怒鳴り声が辺りに響き渡った。

「何をしとる!お前らは誰じゃー!」キッチンの入り口に大きな剣を構えたヨレヨレの老人が仁王立ちしていた。

 バスローブのようなものを羽織った老人は、一瞬で伯爵だと三人には分かった。伯爵は、次の瞬間、三人の子供たちに突進してきて、剣を大きく振りかざした。

 大変だわ!見つかってしまった!

「逃げろ!」ピーターが叫び、ジョージアとレオも剣を間一髪でかわした。

「左の廊下だ!」ピーターがそう言い、三人の子供たちは台所のもう一つの出口から、左の廊下に向かって走り始めた。

「三つ目の扉よ!」ジョージアが叫んだ。
 父さんの話では、じいちゃんは台所を飛び出し、左の廊下に進み、三つ目の扉で中に入ったと子供たちは聞いていた。

 入る扉は間違えちゃいけないのよ!

「これが一つ目の扉!」レオが走りながら途中で叫んだ。
「これが二つ目の扉!」ピーターが息を切らして言い、子供たちは二つ目の扉を確認して通り過ぎた。

 伯爵は、子供たちの後ろで狂ったように剣を振り回し、周囲のものを派手に壊しながら迫ってきていた。伯爵は歳を取り過ぎていて、三人の子供たちには簡単には追いつかないようだが、剣を振り回す力だけは残っているようだった。

「これが三つ目の扉よ!」ジョージアが叫び、その扉を押した。そしてその中に三人とも飛び込んだ。

 きゃああ!!

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