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第二章 恋(もうあなたに騙されません)

スパイ 王妃Side(2)

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 私はルイ皇太子と腕を組まんばかりに仲良く博物館内を歩いた。彼は一度来たことがあるらしく(それはそうだ。盗みに入ったのだから)、私をスムーズに案内してくれた。

「ほら、あそこに見張り番が立っていますよね?」

 ルイがこそこそ声で、ほぼ無人になった博物館内で示したところには、確かに見張り番が厳しい顔で立っている。

「あぁ、私の出番ね。王妃の職権濫用を今からいたします」

 私は無我夢中だった。なんだか分からないがスパイのようではないか。胸がワクワクする。スリル満点だ。息子二人がゴビンタン砂漠の家に閉じ込められているのも元々は私のせいだ。軍が向かってしまった以上、博物館の元の場所に禁書が戻っておいた方が、息子たちは安全だ。

 闇の禁書と息子たちが結びつくようなことがあってはならないのだから。

 私は意を決して、最大限の王妃威厳を醸し出して静かに禁書室の見張り番の前にたった。

「お……お……王妃様!」

 見張り番はサッと敬礼した。

「あなたもザックリードハルトの魔法の長椅子とやらを楽しんできてらっしゃい。素晴らしく格好いいわ。8代ぶりに現れた『ブルクトゥアタ』が50周年記念祝賀会に来てくれているのよ。数百年ぶりに現れた魔法の長椅子の乗り手よ。生涯二度と見れないぐらいだわ」

 私が王妃の威厳を和らげて優しく言うと、見張り番は動揺した表情になったが、なおも優しく外の方に首を傾けてちゃめっけたっぷりに合図をすると、もう一度私に敬礼をした見張り番は急足で博物館の入り口に向かった。

 私の心臓の高鳴りは最高潮に達した。ルイ皇太子がサッと私のそばにきた。

 ここまできたら、この輝くように金髪碧眼の若者は私の運命共同体だ。

 私はブレンジャー子爵から取り上げた鍵束のうち、一つだけ違う鍵を探し出して差し込んだ。ルイ王太子がぴたりと私の後ろに立ち、私が何をしようとしているかを背後から見えないようにしてくれた。

 カチッと音がして鍵が回り、私たちは互いの顔を見つめ合い、うなずいた。左右後ろに目を配ってそっと扉の中に体を滑り込ませた。
 
 ずらりと並ぶ禁書の棚の中で、ルイ王太子が迷いなく一箇所に向かって歩き、素早く本を戻した。そのまま私たちは静かに部屋を出た。私は息をしていなかったかもしれない!

 耳の奥がジンジンと鳴るような緊張感に包まれて、そっと禁書の部屋に鍵をかけた。そして、私たちは素知らぬ顔をしてその場を離れた。

 ルイ王太子と私は自然に腕を組んで歩いた。

「王妃さま。我々はスパイになれますね」
「そうね。楽しかったわ」

 私がウキウキとルイ皇太子と歩いて戻っていくと、急ぎ足で見張り番が戻ってきた。

「見ました?」
「見ました!王妃様!最高の気分になれました!ありがとうございます!」

 私はにっこりと見張り番に微笑むと、彼は優秀だとブレンジャー子爵に伝えておこうと心に決めた。

「エミリー!?」

 私は突然私の目の前に姿を現したブレンジャー子爵のエミリーに、驚いて声を上げた。

「王妃様。そちらの方はどちらでしょうか?」
 
 エミリーの瞳は怪しく光っていて、私の隣にいる輝くような美貌のルイ王太子を見つめている。

 ――グレンジャー子爵令嬢は節操がないわ。あの怪しく光る目。絶対にルイ皇太子を狙っているわね。

 ――ブラスバンドに心を打ち込んでいるワーキングガールのテスの方がよっぽど見上げた根性を持っているわ。あの子はまだアルベルトを引きずっているのに、真面目に働いて、他に打ち込むものを探してアルベルトを忘れようと健気に努力しているじゃない。

 この怪しく光る目を一瞬で叩き潰す言葉を私は選んだ。

「ディアーナと結婚することになったザックリードハルトの皇太子よ」

 ――エミリーったら、顔が一瞬で能面になったじゃない。そうそう。この人も、人の物なの。この人もね。あなたが裏切ってバケモノ呼ばわりした親友のディアーナのね。

「あなた、勘違いしないでね。アルベルトはまだディアーナ一筋よ。あなたにチャンスがあるなんてことは金輪際ありませんから。では、急ぎますので」

 ここで私は驚いた。ルイ皇太子がエミリーに声をかけたのだ。

「あなたが私の妻を裏切って親友のフリをしていた方ですね。あなたが何をしているかを妻にはっきり教えたのは僕です」

 エミリーは泡を吹いて倒れるかと思った。ショックのあまりに床にヘナヘナとヘタリこんだのだ。

 ――えぇ!?ルイ皇太子がディアーナに教えたの?

 床にへたり込んだエミリーは放っておかれた。ルイ皇太子は私に嬉しそうにそっとささやいた。

「結婚式にご招待しますよ。王妃さま」
「本当に?」

 私は素晴らしいことになる予感に震えた。

 ルイ皇太子にリードされて博物館を出て、入り口に大人しくいたブレンジャー子爵に鍵を返した。

「あの禁書室の見張り番は実に真面目で優秀よ。それから、あなた、娘を中に入れたわね?あなたと言う人はどこまで……」
「さあ、王妃様、行きましょう。日が暮れる前に帰らねば」

 私はルイ王太子に遮られて、導かれた。お付きの者たちが真っ青な顔で駆け寄ってきた。

「王妃様、祝辞を言って頂く時間でございます」

 私はここまでやってきた目的を思い出した。丁度、祝辞の時間になったようだ。

 私が用意してきた祝辞を述べると人々から歓声が上がり、ブラスバンドが演奏を始めた。

 私の目に、ルイ皇太子がサッと手をあげてもう一台の長椅子が現れたのを見た。彼は大歓声を浴びて私の目の前にやってきて、ささやいた。

「手伝ってくれたお礼に、長椅子に載せましょう」

 私はワクワクしたスパイ気分が再来して、嬉しくなった。後ろから慌てて走ってきたお付きの者に「ザックリードハルトに行くから心配無用よ」と告げて、長椅子に跨った。ドレスを膝でしっかり押さえ込んだ。

「いいわ!」
「さあ、行きますよ!」

 広場を旋回して、歓声を浴びてブラスバンドの中にいるテスを見つけて微笑んだ。

 広場を飛び出して、長椅子は最高速度で飛んだ。

 私はディアーナがルイ皇太子に惚れるのは時間の問題だと悟った。いや、もう惚れてしまっただろう。アルベルトは自業自得だ。クズな振る舞いをしたことは取り消しが効かない。

 いつの間にか、横に少女と少年の乗った長椅子もやってきて並走し始めた。それぞれ名前をロミィとアダムと名乗った。

「こちらはアルベルトの母上だ」

 ロミィとアダムと名乗った二人の子供たちは、私を目を丸くして見つめた。

 魔法の長椅子はあっという間にゴビンタン砂漠についた。ゴビンタン砂漠から軍が諦めて帰宅につくのを尻目に、颯爽と砂漠の上空を飛んだ長椅子は、ある位置に来て止まった。

 私の目の前に懐かしい息子たちが飛び出してきた。

「母上!」
「王妃様っ!」

 気を失うほど驚いたブランドン公爵家の執事は、真っ青な顔になり、ジャックに支えてもらわないと立っていられないほどの衝撃を受けていた。

「長椅子で飛んできたわ。楽しかったわ」

 こうして、私は自分が追放命令を出したディアーナのアリス・スペンサー邸宅で一晩過ごすことになった。

 アルベルトは今日もディアーナにフラれたらしい。顔を見れば分かった。


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