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第二章 二度目の人生 リベンジスタート

ヴァイオレット16歳の3月に戻る

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 目を開けた。高い天井が見えた。意識が混濁する。この天井は昔よく知っていたものだ。自慢の屋敷。私の実家は貧しくて古いアパートの低い天井とは違う。

 ――あぁ、戻ってきたのか。

 私は記憶の混乱を鎮めようと、高い天井を見つめたまま静かにじっとしていた。右手の下に固い板のようなものが当たる。よく知っている感触だ。モゾモゾと動かして、それをつかんで目の前に持ってきた。

 スマホだ。

 中世の世界にスマホ。いや、違う。中世のような異世界にスマホだ。私が学んだ歴史では、聖女はジャンヌダルクぐらいしかいなかった。彼女に異質なスキルという超能力を有する痕跡は見当たらない。他の聖女と呼ばれた少女たちは早くに亡くなり、自由にスキルを発揮していたといった痕跡はない。自らの身を守るために不思議な力を発揮したという逸話が残っているぐらいだ。

 私が戻ってきた世界には聖女が存在する。その力は超能力寄りで、アメリカのドラマにあったヒーローのような力を有する存在だ。

 バリドン公爵家の領地は広大だ。葡萄畑を有し、ワイナリーを持っている。資産はそれだけではない。これから聖女の私が鉱山も発見する。

 ――いつの年齢に私は戻ってきたのだろう?

 私は起き上がって鏡を見た。若い。ここからか。となると、祖父が生きている時代に戻ってきたとなる。私が聖女であると皆に思われる前だ。

 一体誰が私を貶めたのか。誰が私を罠にはめたのか。私を死に至らせた犯人を突き止め、犯人の罠にハマらず、生き延びる。今回私が戻った理由はそれだ。それを知るにはこの時代から始めるということなのだろうか。アドレナリンが湧き出るのを感じる。ワクワクするような怖いような思いだ。敵はきっと近くにいるのだろう。

 ――16歳?15歳?

 私はカレンダーのようなものがないか探した。私が17歳なら妹のアンヌは3歳だ。アンヌの2歳の誕生日から、私の聖女としての能力にフォーカスが当たった記憶がある。

 アンヌの誕生日は3月だ。私が16歳か15歳ならば、法王が新年の1月1日を定めたのは10年前のことだ。バリドン公爵領では暦のようなものが普及はしていた。

 私はハッと思い出して壁に駆け寄った。確かここに、乳母が毎年の身長を刻んでいたはず……

「見つけた!」

 私は声に出して思わず叫んだ。壁の隅に確かにヴァイオレットの身長が刻まれた線が不規則に並んでいる。

 ――1、2、3、4……線が16本ある。今、私は16歳だわ!

 窓の外を見ると庭に青紫のユキワリソウが咲いているのが見えた。紅葉したベニバスモモのピンクの花が見える。チェリープラムだ。

 母が亡くなったのも、この花の季節だった。

 ならば、3月に間違いないだろう。アンヌの2歳の誕生日会の直前に戻ってきていて、私は今は16歳の可能性がある。

 私は日記帳を探した。まだ、日記をつけ始めていない可能性がある。私が日記をつけ始めたのは、聖女に選ばれることが濃厚になり始めてからだったから。

 いつもの棚の中に、私の日記は存在しなかった。ならば、やはり私は16歳だろう。まだ誰にも聖女としての資質を知られていない。しかし、今回処刑された時の記憶ともに、つまり訓練を受けた記憶とともに戻ってきている。

「ステータスオープン」

 私の頭上に確かにスキル一覧が出現した。

 死ぬまであと2年ある。前回身につけたスキルの知識と、鋼のようになった折れない心と、スマホを持って、私は自分が死ぬ2年前に戻ってきたのだ。

「ヴァイオレットお嬢様、お目覚めですか?」

 部屋がノックされて侍女のアデルの懐かしい声が聞こえた。

「アデル?」

 私の体から、10代の若い少女の声が出た。

「あら、お目覚めでしたね!おはようございます、お嬢様!」

 はつらつとした笑顔を浮かべてアデルが部屋に入ってきた。容疑者リスト1人目だ。


 私の心の中では、アデルは私を陥れた犯人ではないと思っている。そう信じたい。だが、事実はまだ分からないのだ。私はそっとスマホを持った左手を体の後ろに回し、笑顔を浮かべて彼女を見つめた。

「今日は、アンヌお嬢様のお誕生日です。皆さまがお祝いにいらっしゃいますわ。屋敷の者たちがバタバタしておりますので、ヴァイオレットお嬢様も朝食を食べましたら、早く支度してしまいましょうか」

 アデルはそう言って、私の衣装を選ぼうとクローゼットの方に歩いていく。歩きながら、ガラスの窓にかかったカーテンを開けて行った。私の部屋には貴重なガラスを使った窓がある。カーテンはガラス窓を飾り立てるようなものだった。朝日はふんだんに部屋に差し込み、部屋は明るい。

 
 ――今日がアンヌの2歳の誕生日なのね?となると、これから、今日初めて私は聖女の力を皆に示すことになるわ。

「アンヌは2歳よね。赤ちゃんの頃に比べれば大きくなったわ」

 私はアデルに年齢を確かめようと、アンヌの年齢を言ってみた。

「そうでございますね!早いものですわ。今日のお誕生日会には次の聖女候補と噂されているカトリーヌ様もお呼びしているそうですわよ。お会いするのが楽しみですわ」

 私の体は衝撃で固まった。

 ――そうだ!すっかり忘れていたけれど、私が聖女に決まる前、聖女候補は他に2人いたわ。

 となると、カトリーヌも容疑者の1人だ。私がいなければ、彼女が聖女に選ばれた可能性は残る。カトリーヌの気持ちを考えると、私はいない方が良い存在だったのではないか。

 私はドキリとした心を隠すために、長い髪の毛に自分で櫛を入れて溶かし始めた。私の赤みがかかった髪の毛は、光の加減で金髪にも赤毛にもブルネットにも見える。

「朝ごはんの支度は整っておりますので、お嬢様はこちらに着替えて食堂に参りましょう」

 アデルが出したドレスを私は見つめた。

 そうだ。このドレスが事件を起こすのだった。淡いエメラルドのドレスがきっかけになる。

 今日は、私が聖女としての力を初めて皆に示す日だ。マルグリッドもやってくるはずだ。ヒューの言っていた全員が集合する日だ。

 私は16歳の3月に戻ったのだ。


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