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第二部:1章:お騒がせ新学期
159話:聖女争奪戦⑤
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ギウスレアは地面に倒れながら、戦う気力が失せるのを感じた。
動こうと思えば動けるし、魔力だってまだ余っている。
だが、もういいという言葉しか思いつかなかった。
どれだけ体の内側から前進の呪詛が溢れようとも、それを超えるほどの満足感が彼を支配していた。そう、彼の心は満たされていた、理由など分からない、ただ満たされていた。
「俺の負けだな、完敗だ。」
なんとか上半身だけ起こした彼に、ネルカは近づいた。
ギウスレアとは反対に、彼女はどこか申し訳なさそうにしている。
そして、黒魔法を解くと同時に、彼女はコルネルスタイルも解くのであった。見た目も雰囲気も中性的になってしまった姿に、ギウスレアはぽかんとして見上げるだけだった。
「…コルネルよ…普段は変装しておったのか…。」
「えぇ、騙して悪かったわね。」
「その声色…まさか……女だったのか!?」
「そうよ、私がネルカ・コールマン。本人なの。」
サラッと告げたネルカであったが、そのことに対してギウスレアの反応は意外と落ち着いていた。驚くと言うより『納得』、これならシュヒ―ヴルを満足させることができるという納得だ。
「ん? 待て? そうなるとおかしいことが一つあるな…。貴様は、自分で自分を賭けた大会を催したということか? だが、貴様の態度は…『絶対に誰も優勝させない』といった具合だったぞ? 訳が分からん。」
「なんで私を賭けた戦いだと思ったのよ…。」
「貴様の大事な女性を賭けた戦いではなかったのか!? 大事な女性…つまり妹であるネルカ…いや、それは嘘であったのか。ということは、優勝者の権利というのが…そもそもが…ネルカではなかったということか!」
「マリのことよ。マリアンネ、聖女ね。」
「フハッハ~! そういうことだったか! 早とちり! 失敬!」
彼は駆け付けた騎士に肩を借りながら立ち上がると、改めて正面きってネルカの顔を見た。しかし、彼の中には期待していた胸を焦がすような感情は湧き上がらず、代わりに雲の無い青空のような澄み渡った感情で支配されていた。
(やはり、この国に来てよかった。)
負けたことなど、人生何度もある。
しかし、ここまで晴れた気持ちになったことは初めてだ。
どれだけ自由奔放にしても、満たされたことなどなかったのに。
きっと今までの彼は自由などではなかったのだ。
親から縛られず、呪いから縛られず、そう生きようという意志を持つことこそ、縛られてしまっていた故なのだ。本当に自由に動いていたのであれば、縛られているかどうかなど結果論にすぎなくならないといけない。
だが、シュヒ―ヴルやネルカとの戦いはどうか。
首を絞められても、腕を折られても、戦いの意志は消えなかった。
呪いのささやきはあった、しかし、決断をしたのは彼自身だ。
――彼は縛りから解放されたのだ。
「しかし、変装を解いたのはなぜだ? コルネル含めて皆がネルカと俺を会わせようとしなかったのは理解している。ならば、このまま押し通すのが最善であろう。」
「理由なら二つあるわ。」
「ふむ。」
「一つ目はあなたと戦って…隠しておきたくないと感じたからよ。ちょっとこういうこと言うのは恥ずかしいけれど、私は、あなたのことを友として…認めたのよ。帝国に対する考えとかあったけど、やっぱりこういうのは拳を交えるのが一番ね。」
「ふむ、なるほどな。では、二つ目は?」
ギウスレアが訊ねると、ネルカは苦笑で答えた。
まるで、世話の係る家族に対する、そんな目だった。
そして、彼女はその目でギウスレアの背後を見つめていた。
「――今から来る人とは、素で向き合いたいからよ。」
ギウスレアが背後を振り返ると、入場口から一人の男が丁度現れるところだった。赤色とアホ毛が特徴の髪、タレ目ながらも眉間にシワが寄っており、高身長ゆえにどこか威圧感のある男だった。
ギウスレアには言われずとも分かった――彼女の親族であると。
ダーデキシュ・コールマンがやって来たのだった。
「なるほど、兄妹喧嘩ってやつか。」
「理解が早いと助かるわ。」
「なら、外野は出るとしよう。」
笑いながら、ギウスレアはダーデキシュの方へと歩いて行く。
そして、入れ違い様に彼が「フハッハ~! 意地を見せるのだぞ!」と助言すると、相手が誰なのか知らないダーデキシュは、眉間の皺をさらに深いものへと変えたのだった。
しかし、すぐにキッと前を向いた。
「あら、ダーデ兄さんじゃないの。何しに来たのかしら?」
「何を、だと?」
「模擬剣なんて持っちゃって、まさか私と戦うつもりじゃないでしょうね。無理よ、だって兄さんはインドア派じゃない。一丁前に背は高いけど、筋肉なんて碌についてないし…。」
ネルカの言葉は、心を折るための言葉。
マリアンネの将来の幸せの為には、まずはダーデキシュとの関係を破壊しなければならない。そうでなければ、きっと二人の気持ちはズルズルと長引いてしまうだろう。
武闘大会で誰も勝たせず、それでいて兄も打ちのめす――そうすることで皆に知らしめるのだ――『マリアンネを求めるなら、私を納得させるだけの覚悟を見せろ。例え家族でも。』と。
「ダーデ兄さん、無駄な時間よ、諦めなさい。」
彼では勝てないことなど誰でも分かること。
当然に、本人も百も承知のことだ。
それでも、彼はこの場に来た。
「俺と勝負しろ! ネルカ!」
彼は人生で初めて、勝負をすることになる。
動こうと思えば動けるし、魔力だってまだ余っている。
だが、もういいという言葉しか思いつかなかった。
どれだけ体の内側から前進の呪詛が溢れようとも、それを超えるほどの満足感が彼を支配していた。そう、彼の心は満たされていた、理由など分からない、ただ満たされていた。
「俺の負けだな、完敗だ。」
なんとか上半身だけ起こした彼に、ネルカは近づいた。
ギウスレアとは反対に、彼女はどこか申し訳なさそうにしている。
そして、黒魔法を解くと同時に、彼女はコルネルスタイルも解くのであった。見た目も雰囲気も中性的になってしまった姿に、ギウスレアはぽかんとして見上げるだけだった。
「…コルネルよ…普段は変装しておったのか…。」
「えぇ、騙して悪かったわね。」
「その声色…まさか……女だったのか!?」
「そうよ、私がネルカ・コールマン。本人なの。」
サラッと告げたネルカであったが、そのことに対してギウスレアの反応は意外と落ち着いていた。驚くと言うより『納得』、これならシュヒ―ヴルを満足させることができるという納得だ。
「ん? 待て? そうなるとおかしいことが一つあるな…。貴様は、自分で自分を賭けた大会を催したということか? だが、貴様の態度は…『絶対に誰も優勝させない』といった具合だったぞ? 訳が分からん。」
「なんで私を賭けた戦いだと思ったのよ…。」
「貴様の大事な女性を賭けた戦いではなかったのか!? 大事な女性…つまり妹であるネルカ…いや、それは嘘であったのか。ということは、優勝者の権利というのが…そもそもが…ネルカではなかったということか!」
「マリのことよ。マリアンネ、聖女ね。」
「フハッハ~! そういうことだったか! 早とちり! 失敬!」
彼は駆け付けた騎士に肩を借りながら立ち上がると、改めて正面きってネルカの顔を見た。しかし、彼の中には期待していた胸を焦がすような感情は湧き上がらず、代わりに雲の無い青空のような澄み渡った感情で支配されていた。
(やはり、この国に来てよかった。)
負けたことなど、人生何度もある。
しかし、ここまで晴れた気持ちになったことは初めてだ。
どれだけ自由奔放にしても、満たされたことなどなかったのに。
きっと今までの彼は自由などではなかったのだ。
親から縛られず、呪いから縛られず、そう生きようという意志を持つことこそ、縛られてしまっていた故なのだ。本当に自由に動いていたのであれば、縛られているかどうかなど結果論にすぎなくならないといけない。
だが、シュヒ―ヴルやネルカとの戦いはどうか。
首を絞められても、腕を折られても、戦いの意志は消えなかった。
呪いのささやきはあった、しかし、決断をしたのは彼自身だ。
――彼は縛りから解放されたのだ。
「しかし、変装を解いたのはなぜだ? コルネル含めて皆がネルカと俺を会わせようとしなかったのは理解している。ならば、このまま押し通すのが最善であろう。」
「理由なら二つあるわ。」
「ふむ。」
「一つ目はあなたと戦って…隠しておきたくないと感じたからよ。ちょっとこういうこと言うのは恥ずかしいけれど、私は、あなたのことを友として…認めたのよ。帝国に対する考えとかあったけど、やっぱりこういうのは拳を交えるのが一番ね。」
「ふむ、なるほどな。では、二つ目は?」
ギウスレアが訊ねると、ネルカは苦笑で答えた。
まるで、世話の係る家族に対する、そんな目だった。
そして、彼女はその目でギウスレアの背後を見つめていた。
「――今から来る人とは、素で向き合いたいからよ。」
ギウスレアが背後を振り返ると、入場口から一人の男が丁度現れるところだった。赤色とアホ毛が特徴の髪、タレ目ながらも眉間にシワが寄っており、高身長ゆえにどこか威圧感のある男だった。
ギウスレアには言われずとも分かった――彼女の親族であると。
ダーデキシュ・コールマンがやって来たのだった。
「なるほど、兄妹喧嘩ってやつか。」
「理解が早いと助かるわ。」
「なら、外野は出るとしよう。」
笑いながら、ギウスレアはダーデキシュの方へと歩いて行く。
そして、入れ違い様に彼が「フハッハ~! 意地を見せるのだぞ!」と助言すると、相手が誰なのか知らないダーデキシュは、眉間の皺をさらに深いものへと変えたのだった。
しかし、すぐにキッと前を向いた。
「あら、ダーデ兄さんじゃないの。何しに来たのかしら?」
「何を、だと?」
「模擬剣なんて持っちゃって、まさか私と戦うつもりじゃないでしょうね。無理よ、だって兄さんはインドア派じゃない。一丁前に背は高いけど、筋肉なんて碌についてないし…。」
ネルカの言葉は、心を折るための言葉。
マリアンネの将来の幸せの為には、まずはダーデキシュとの関係を破壊しなければならない。そうでなければ、きっと二人の気持ちはズルズルと長引いてしまうだろう。
武闘大会で誰も勝たせず、それでいて兄も打ちのめす――そうすることで皆に知らしめるのだ――『マリアンネを求めるなら、私を納得させるだけの覚悟を見せろ。例え家族でも。』と。
「ダーデ兄さん、無駄な時間よ、諦めなさい。」
彼では勝てないことなど誰でも分かること。
当然に、本人も百も承知のことだ。
それでも、彼はこの場に来た。
「俺と勝負しろ! ネルカ!」
彼は人生で初めて、勝負をすることになる。
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