その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第二部:1章:お騒がせ新学期

142話:早々だけど相当に騒々しい新学期

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アルマ学園の入学式の日。

ネルカはぼんやりとした気持ちで窓の外を眺めていた。
そこを歩く人たちは、見慣れた顔もあれば、初めて見る顔だってある。一年前の彼女は人に酔ってしまったことを思い出して、懐かしさからふと頬が緩むのだった。

「新入生…少ないですね。エレナちゃんも商売の手伝い優先で、ローラ様は家の方針でしばらく休学……ちょっと寂しいです。」

そんな彼女の近くにマリアンネが立つ。
二年生に進級するにあたって、彼女は第一教室に入ることが出来たのだ――ということに間違いはないが、裏で『聖女の傍には死神を置くべきだ…まぁ、学力は…ギリギリ…第一に入れてもいいか?』という話があったことは知らない。

「あんなことあったもの。当然よ。」

王都の復興は確かに順調に進んでいる。
それでも、王都にはいられないと判断した家庭が続出。
普通科は半分まで減ったのではと噂されるほどだった。

しかし、逆に人数が増える科も存在していた。

――騎士科だ。

多くの騎士が殉職してしまったがゆえに、王宮騎士団は現在募集をかけている。それに乗っかるなら自然、王都の学園に行かせるという発想に至るわけだ。だが、騎士科が増えた理由と言うのもそれだけではなく――

「「「「死神様! どうかお手合わせを!」」」」

――英雄が在籍している。

ということで、教室の入り口には騎士科の服を着た暑苦しい集団。
さすがに一年生はいないが、途中編入した者も混じっていた。
彼らは皆がネルカを求めてやって来た者たちだ。

ちなみに、彼女は(強制的に)普通科をいつでも卒業可能という状態にさせられ、(これもまた強制的に)週一で騎士科の臨時講師にさせられてしまっている。なので、わざわざ休み時間に突撃などせずともいいのだが、どうやら彼らは割当て時間を増やしてほしいようだった。

「えぇっと…さすがに連日は疲れるわ…。」

「「「「そこをなんとか!」」」」

英雄から教わる――という魅力は確かにある。
だがそれ以上に、ネルカだからこその理由があるのだ。

それは、身体強化のための魔力の話。

分かりやすくするため、身体強化に使用する魔力量を数値化しよう。

仮に、王宮騎士団で最も多い年代――30代の平均を100とする。
ベテランの老兵と呼べるような存在なら150ほどだろう。
すると、若者が使用する魔力量は60ほどだろうか。

これを全身である五体に行きわたらせるとすると、『ベテラン20 : 老兵30 : 若者12』という分配具合になる。実践では、短期決戦を考えて身体強化に使う量を多くしたり、一撃の為に瞬間的に上げたりといったこともあるので、この差はさらに広がっていく。

これこそが年老いた方が強いと言われる理由である。
歴戦のネルカですら、直面してしまう差なのだ。

「死神様の魔力配分を参考にしたいのです!」

そう、ネルカは――魔力を等分にしない。

彼女は自身の動きに合わせて、魔力の配分を変えているのだ。
体を動かすということにおいて、全身をフルパワーにする必要はない。
部分的なら魔力量を30、いや、それを越えることも可能になる。

これこそが、ネルカの高速戦闘のカラクリである。

しかも、ONかOFFかで変えているわけではなく、流れ移すようにして魔力を動かしているため無駄が少ない。さらに、5分割などではない、10やそこらでもない――三桁に及ぶ分割を以てして実行しているのだ。

魔力量の少ない若者は、喉から手が出るほど欲しい技術だ。

「死神様の魔力効率は、教本に載せるべきレベルのことです!」
「見て覚えるので! 教えいただけなくとも構いません!」
「そうです! 戦ってくれればいいだけだから!」
「若者には必修にすべきことですって!」

さてどうしようか。
ネルカとしては了承したい気持ちが大きい。
だけど、彼女だって疲れることはある。
今は、マリアンネでいっぱい癒されたい。

そんな時だった――

「入口に集まらないでください。」

彼らの後ろから男の声がした。
ギョッとした一同が振り返ると、そこには予想通りエルスターが仏頂面で立っている。その近くにはデインとトムスも立っており、彼らは慌ててその場を空けるのだった。

「おや、ネルカじゃないですか。どうしましたか?」

騎士科の生徒たちは光明を得たかのようだった。
例え相手がエルスターだとしても縋ることに決めた。

「お願いしますエルスター殿! なんでもするから!」
「婚約者に指南の説得をしてください!」
「ぜひ! 我々に指導を! 打ち合いだけでいいので!」
「将来、デイン殿下に仕えるためなんです!」

「打ち合い指南? 説得……指導? それに、殿下のため…。」

エルスターからしてみれば寝耳の水のことだろう。
しかし、さすがは王子側近と言うべきか、すぐに状況を理解したのだった。そして、しばらく思案すると、良いことを思いついたのかニッコリと笑うのだった。

「いいですねぇ。私も参加したいぐらいです。」

「ど、どうしてエルまで!?」

「おかしいですか?」

「だって、私とするのってただの打ち合――」

「少しでも早く、ネルカの隣で戦えるほど強くなりたいのですよ。」

その言葉を聞いたネルカはピシリと動きが止まった。
ほんのり頬を赤くして、思考の中で何かを天秤に掛けている。

エルスターは「なによりも、強い騎士が増えれば殿下のためになりますし。」ともボヤいているが、ネルカの耳には届いてなどいなかった。彼女はしばらく嬉しそうな表情で口元をムズムズさせると、ズビシッとエルスターを指差して大声を上げた。

「しょうがないわねぇ! エル以外も着いて来なさい!」

「「「「おぉ! さすが婚約者!」」」」

その瞬間、多くの者が悟ったのだった。


ネルカを動かしたいときは、エルスターを動かせばいい。
エルスターを動かしたいときは、デイン殿下の話をすればいい。

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