その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)

123話:≪覚悟≫

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ネルカが貫かれたことに関し、最も驚いたのは――魔王だった。

確かに高速移動の弱点を突いた形ではあった。

だが、ネルカなら避けれたし、防げれた。
そうして、時間が稼ぎ、戦況はリセットできる。
魔王はそう信じて疑っていなかった。

彼らの狙いは時間稼ぎ。
計画の最終段階まで、ただ時間を稼げばいい。

それを察しているからこそ、ネルカは敢えて貫かれたのだ。

(覚悟を決めなさい、ネルカ・コールマン。ここが辛抱よ!)

防ぐから減速する。
避けるから減速する。

だが、もう一度、説明しよう。

――防ぐから減速する。
――避けるから減速する。

だからこそ、防がないし避けない、ならば減速などしない。
なんなら、彼女はあえて黒衣と魔力膜を解除さえもしていた。

「ガアァァァッ!」

ネルカは痛みを堪えるために吠えた。
そして、貫かれながら――前へと進んでいく。

「なにっ!?」

ここに来て初めて、いや、生まれて初めてハスディは≪恐怖≫という感情を抱いた。辛いことも、苦しいことも、痛いことも、死にかけることも――様々な経験をしてきた彼だが、明確に恐怖と言えるような感情だけは存在しなかった。

だが、ネルカの覚悟、狂気、殺意に――彼は恐れた。

(なんだ…彼女は…どうして。ハッ!)

しかし、ハスディは彼女の背後に見える人影に気付く。
ネルカの肩越し――強い意志を宿したマリアンネと目が合った。

彼女は聖女の力をネルカの腹部に込めており、ダスラや坊主頭の騎士の傷を治すことはできていない。額には脂汗が浮かんでおり、その目は必死になってネルカを生かすことだけを見ていた。

(なんと!? 聖女の力はこれほどに!?)

――と、同時にハスディの心から恐怖が消え去った。

ネルカは貫かれながら、死にかけながら――生かされてるだけ。
それが分ってしまえば怖くはない。むしろ、共感できる。

(なんだ…私と同じだったんですね。信じてるから、怖くない。)

彼女が聖女の力を見たのは、覚醒したときの一気解放のときと、ダスラの傷を治した二回だけであり、聖女の力がどこまで及ぶのかは知らないことのはずだ。もしかしたら、腹に空いた穴をどうにかできる力はないかもしれなく、貫かれ損になるかもしれない。

それでも彼女はマリアンネを信じたのだ。
それは魔物や神を信じるのと同じこと。

同じ信者がいる――ならばハスディは頑張れる。
魔物がいる――ならばハスディは頑張れる。
神がいる――ならばハスディは頑張れる。

未来に幸せがある――ならばハスディは頑張れる。

いっしょのことだ。

「ハッ!」

すでにネルカの鎌の攻撃範囲。

瞬時に振るわれた鎌に対し、どの結果に至れどと思い直したハスディは、自身は関与しないと両手を広げて待ち構える。しかし、寸でというところで、魔王が鎌の柄を絡め取り、引き離そうとする。
魔王はマリアンネに近づくことは出来ない。ネルカの腹を貫いているものは動けない状態なので仕方がないが、それ以外に関して言えばこのように鎌を防ぐだけで精一杯である。

ネルカは本当なら首を狙っていたが、魔王の阻止により右肩へと刃が逸れる。数センチだけ斬り入るが、ハスディは少しだけ痛みに対して表情を変えただけで、受け入れる姿勢を崩すことはしなかった。

首でなくとも、斬れば人は死ぬ。
だからこそネルカは力をさらに込めた。

「ぐぅぬぬぬ!」

「おぉ! おぉ! これが魔王様の力を模倣した…黒魔法…私の体に入って来る感覚! あぁ、模倣ものだと侮っていましたが、私は今、幸せだ! これは魔王様に限りなく近いのですね!」

しかし、ネルカよりも魔王の方が力が強いのか、次第に刃は抜く方へと移動していってしまっている。彼女は聖女の力を受けているとは言え、腹は貫かれている状態――力を込めれば込めるほど、出血の量が増していく。


(でも、ここで諦めるわけには――)


ガシッ!


ネルカの背後から手が伸び、鎌を掴んで押し込む。
それの手の主は――ダスラと坊主頭の騎士だった。

「お嬢! 手伝いますぜ!」
「うおぉ! 騎士の底力っス!」

二人の力も借りたことで、再びに鎌の刃はハスディの中へと食い込んでいく。魔王もさらに引っ張る本数を増やしていくが、それでも三人がかりの方が強いのか、それでも止まらず進んでいく。



「「「いけぇぇぇぇ!」」」



そして――



「え?」



ネルカが貫かれながらの姿勢で、前に倒れた。

黒魔法だけは意地で消えないようにしているが、急に全身の力がフッと抜けてしまったのだ。腹の出血は勢いを増し、彼女の体感はどんどん冷えていく。

それはまるで、聖女の力が失ったかのようだった。



「師匠ッ!」



マリアンネの叫びの正体を知っているのは、彼女を背負っていた坊主頭の騎士だけ――背にかかっていた圧力がなくなったのだ。そして、彼女が魔王によって右足を掴まれ、逆さ宙づりになっていることなど、一同には見えようもないことだった。

より離れるように、マリアンネの体は上昇していく。

「どうしてッ!? だって魔王はッ! アタシの力を――」

魔王は聖女の力に恐怖を抱いているはずなのに。
そう、本来なら触れることなどできない。

しかし――

天敵に近づく恐怖と、ハスディが襲われる恐怖。
魔王は二つの恐怖を天秤にかけ、その結果――

――ハスディを守ることを優先させた。

彼が身に宿す力には、かつての愛しき者の面影がある。
だからこそ魔物は、魔王は、彼の命令に従うのだ。
千単位の年月の果て、久しく会えた心地良き者なのだ。

人間には、人間の情がある。
同時に、魔物にも魔物の情がある。
これは魔王の≪覚悟≫なのだ。

「く、くそ…。ここまで…来て……。」

ネルカの視界がぼやけていく。

「マ………リ……。」

その瞳から、光が失われて――




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