その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)

117話:王子の守護者(後編)

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(トムス・ダッカール! 返す借りは、今ですよ!)

今、無謀と言えるような戦いに身をやつすのは、誰かの為ではない正真正銘エルスター自身のためだ。向こう側がどう思っているかはエルスターですら分からないが、避暑地で不意に漏らした相談以降は、『ただの同僚』で終わらない存在として彼は認識している。

それは復讐だ。
素直になれない性格ゆえに、借りを返すなどとは言うが。

エルスターは魔法を発動させた。

「『セェリン・バラ―ハ』ッ!」

魔法を発動させるためには、設計図となるものが必要。
しかし、人の魔力と設計図には相性があり、同じ系統の魔力を有す――それこそ血縁関係の者だとしても、発動できないことなどザラにあったりする。そのため、自分がどんな魔法なら発動させれるかどうかを知るのは、非常に困難なのだ。

片っ端から試してみたら、偶然見つかった。
――魔法を使える者の大半がコレである。

理を以て、設計図を自分で作る。
――『魔術師』を名乗ることを許された者がコレである。

そして、エルスターは――前者だ。

どれだけ研究しても、魔術師になれるほど天才ではなかった。
かといって、ナハスのように幸運でもなかった。

使える魔法は、たった一つ。
土の棘を生成する魔法である。

しかし、魔力の使用センスが高いとは言えないエルスターでは、実際の土を媒介にする必要があるし、強度に関しても割とスカスカな部類だった。何度も使用していくうちに口にせず脳内詠唱でも発動が可能となったが、到底目の前の魔物と戦えるような魔法でもない。

実際、彼が作り出した土棘は少し刺さっただけで終わる。
暴れられれば折れ――瞬時に回復されたのだ。

『グルゥアアアア!』

ターゲットを明確にエルスターへと定めた蛇の魔物は、うねらせた体を鞭のように叩きつけた。一撃目こそ避けた彼だったが、そのままの勢いでの暴れを予測できず、近くのタウンハウスの屋根まで弾き飛ばされてしまう。

「無策とは君らしくもないじゃないか、エル。」

未だ暴れる魔物を見ながら、やはり無理だったかと諦めかけたエルスターだったが、いつの間にかそこにはデインと騎士が立っていた。

「殿下……………冷静ですね。」

「エル…それは違うよ。私は冷静というわけじゃない。冷静でなくちゃいけないんだ。するべきことのためには、何でもする…逃げる一手だってね。だけど、私がここにいるのは、キミの熱意に押されたからだ。あの魔物は私たちで倒そう。」

「ですが……手はありません。少なくとも、私では…。」

「大丈夫だよ、エル。光明なら私がもう見つけている。」

そう言うとデインは長い蛇の胴体の一部分を指差す。
エルスターがそちらを見ると、確かにそこだけが動きがおかしいようだった。何やら痛みをこらえるように身を捩り、内側から外に出たい存在がいるかのようにに膨らみが動いていた。

(あそこだけ魔力の気配が濃い!)

確実に蛇が喰った存在が、生きて暴れている。
敵の胃の中にいてもなお、暴れる存在――一人だけ心当たりが。

「さぁ、エル。行くよ。」

その言葉を合図に皆は動き出す。
騎士たちが陽動のために動き、デインが細かいところを補助するように立ち回っている中、エルスターは再び魔法の準備を始めていた。しかし、エルスターの表情は先ほどまでとは違い、心酔による硬骨な表情だった。

(あぁ! あぁ! 見ろ! これこそ我が主、デイン殿下だ! 私しかできないと殿下が言うのであれば、私しかできないのでしょう! 自分の実力とか、才能などは関係ない! 殿下ができると言った、だからできるのです!)

暴れまわっている蛇型に魔法を叩き込む隙は無い。
それでも、彼は主人を信じてチャンスをうかがっていた。

そして、一瞬の静止――

(ほら――さすが殿下だ。)

「『セェリン・バラ―ハ』ッ!」

しかしながら、冷静なのは蛇も同じだった。
魔物は生成された土の棘を見て、避ける選択肢を取ったのだ。
土の棘は空を切り、エルスターの魔法は失敗に終わった。



「『セェリン・バラーハ』ッ!」



だからこそ、エルスターは間髪入れずに魔法を再発動させた。
失敗した土の棘から、さらに新しい土の棘が生成される。
それは蛇の魔物に直撃し、穴を開けた。

タイムラグなしでの、魔法の連発。
もちろん彼は魔導具など持ってはいない。

エルスターがやったことは単純だ。
魔法には設計図が必要で、準備のために時間がかかると言うのであれば、一度に平行して複数の魔法を準備してしまえば連発が可能ということだ。

口に出す詠唱――心に出す詠唱。
この二つを以てすれば、魔法は複数発動が可能だ。

「すげぇ! 天才かッ!?」

騎士の一人が思わずつぶやく。
他の騎士もその言葉には頷いた。

しかし、デインだけは気持ちが違った。

(違う…エルは天才なんかじゃない…。でも、天才じゃないからこそ、私は彼を側近として迎えた。エルは努力しかなかった男なんだよ。)

エルスター・マクラン――王子の側近で、学園の第一教室に入り、宰相である父から頼られることもあり、人を見下したような言動も多く、夜会の時は敵を騙し、秘密の地下を突き止め、避暑地襲撃ではネルカと阿吽の呼吸を見せ、その後はゼノン教の調査に大貢献。

それが、エルスター・マクランだ。
人は皆、彼のことを才能のある人間だと思っている。


だが、それでも、彼は才能のない側の人間だった。
自分で自分に失望してしまうほど、才能のない人間なのだ。


才能のない者が、才能ある者に近づく方法がある。
それは、言ってしまえば『運根鈍』。
偶然にも、ネルカがウェイグを諭した考え方だった。
彼はデインへの狂信を燃料に、才能に追いついたのだ。
それを自身が認めたのが、最近になってという話なだけ。

彼は印象とは違って、得意なのはゴリ押しなのだ。

今回の並行魔法詠唱だって才能では決してない。
毎日毎日、自身を鍛えるために魔法の訓練をした結果、考えるまでもなく詠唱が出るようになったからこそできたことだ。才能だけではたどり着けなかった領域なのだ。



『グガアァァァァ!』



エルスターが開けた穴の内側から、手が出てくる。
消化液に溶かされながらも、力強い人型の手だった。

「あとは頼みましたよッ!」

蛇の体内から暴れていた存在は、硬くありながらも弾性のある皮膚に苦戦していたが、一ヶ所でも穴が開いたのなら話は別だ――皮膚を破りながらこじ開けた。

『ォォォォォォォォォ!』

「トムスッ!」

トムス・ダッカール――鬼化。
その皮膚は溶けながらも、再生しようとしていた。
しかし、彼は状態など気にすることなく動く。

トムスは蛇の体の上を走りだし、頭部の方へと移動を開始した。対する魔物は体を引き裂かれたことに対し、のたうち回っていた。魔物がトムスの存在に気付いたころは、跳躍し両手を組んで叩きつけようとしていた時だった。

『キシャァ!』

魔物がとった手段は迎え撃つことだった。
口に消化液を溜め、トムスへと狙いを定め――


――飛んできた剣が魔物の目に刺さった。
――発射された消化液は、トムスから外れる。


「させ…ねぇ…よ。」


蛇の片側だけとなった視界、剣が飛んできた方を見る。
そこには――片腕を失ったロルディンが立っていた。
再起不能になったと思い、魔物は完全に油断していたのだ。


『グオォッ!』


そして、トムスの両腕が振り下ろされた。
重力の力を借りた渾身のアームハンマー。

頭部は『粉砕』を通り越して『破裂』。

そして、蛇の魔物はピクリとも動かなくなった。

 ― ― ― ― ― ―

巨大魔物3体目撃破――残り2体。



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