その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-3章:祭と友と恋と戦と(後編)

111話:殺す強さ、殺せない弱さ

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ネルカの行動は迅速だった。
黒魔法で不格好な縄を作ると、エレナを拘束する。
きっと彼女なら誰も襲いたくないと願うはずだから。

「ググ…ゥ…ググググ…ッ!」

「エレナ! エレナ! エレナ!」

「ダメだよ、ネルちゃ…。ボクよりも…優先す…あるよね?」

その目線の先は介抱するネルカの背後。
彼女は振り返りはしなかったが、ハスディがどこかへ向かおうとしている気配だけはした。だが動かない。続くように駆け寄るマックスやマリアンネに、エレナは仕方ないなぁと眉を八の字にした。

「ネルカ! 気持ちはわかるが、ヤツを追うぞ!」

頭上からナハスの叫びがする。
彼は建物を破壊しながら大通りへと出るハスディに攻撃をしかけるも、魔力を打ち消す魔王の前では足止めにすらならない。ここで打開できるとしたら純粋な暴力でねじ伏せるか、同種の力を持つ黒魔法しかないだろう。

だからこそ、ネルカと共に行かなくては。

「だけど…エレナがッ!」

「優先順位を考えろって!」

「…………分かったわ。すぐ終わらせて、そっちに行く。」

「今来いって……チッ! もういい! 僕だけでも行くからな!」

そうこうしているうちにハスディは王都中央の噴水広場へと向かっている。彼を止めるために動くのか、それとも巨大魔物の方にでも行けばいいのか迷っているのに、これ以上はネルカたちに付き合ってもいられない。
ナハスは数人の騎士を連れて、その場から動いた。

(えぇ…終わらせる。)

ネルカはエレナを一瞥する。
マリアンネは彼女の胸に顔をうずめてわんわん泣いており、マックスは「気をしっかり持て! 好きなんだ! 死なないでくれ!」とぐちゃぐちゃの表情で彼女に声をかけている。

だが、それでも進行が収まるわけではない。
既にその左腕は人間のモノではなくなってしまっている。

「うれしいなぁ…。」

「…エレナ?」

「ネルちゃんはボクを優先してくれた。マリちゃんはこんなにも泣いてくれる。マックスはこんな姿になっても好きと言ってくれる。………嬉しいよ。」

こんな状態だが、エレナは心の底から嬉しいとばかりに微笑む。
その表情を見て、今のエレナが心の底から何をしてほしがっているのかを理解できたのは、ネルカとその場に残った騎士だけだった。

「マックスに…して…ほしかっ…た。でも、マックスは、きっと、できないから…ネルちゃんでも…いいよ? ううん、ネルちゃんがいい。」

「何を? 何を…してほしいんだ!? 俺がやってやるから!」

「ハハッ、そんな表情の…マックス…には…無理なこと…だよ。」

「言ってみねぇと分かんねぇだろ!」

「……じゃあ、言うね?」

顔の半分というところまで変化が及んでいる。
地下の者のように中途半端な変化ではなく、明らかに完全な魔物へと変化しようとしてしまっている。それでもエレナは大丈夫だからと、くしゃりと笑った。


「――ボクを殺して。」


その言葉に対する反応は様々だ。

――動けなくなる者
――やはりと思いながらも目を逸らす者
――真顔を貫き通す者

そして――立ち上がる者――ネルカだ。

「ネルカ嬢…待ってくれ! きっと、何か、あるはずだ!」

「じゃあ、あなたがしなさい。無理でしょ? なら私がするわ。」

「師匠…ダメ…それだけは…やめて…。ダメだから!」

「こればかりは、あなたのお願いも聞けないわ。」

縋る手を払い除け、懇願の目を冷たく見つめ返す。
だが、その手は震え、その目は潤んでいた。

「仕方のないことなのよ。」

ネルカは必要であれば、もうすでにエレナを殺せていた女だ。
そう、必要だと判断すればマリアンネだって即殺できる。
必要なら、自死だって選択できる。

それほどまでに『覚悟』が決まった戦士なのだ。

しかし、彼女は決して非情ではない。
やろうと思えば、マリアンネとマックスを無視してエレナを斬ることはできる。にも関わらず、無言で事を終わらせずに問答に応じているのは、ギリギリの≪必要な状況≫になるまで解決策を必死にふり絞ろうとしているからだ。

今ならまだ、もしかすると、間に合うかもしれない。
そんな一縷の希望を求めていた。

だけど――

ダメだ――

――これ以上はもう。

「王都での初めての友達、あなたで良かったわ。エレナ。」

「それはボクもだよ…。ありがとう。」

こんな時でも、二人のやり取りは笑顔。
お礼と、親愛と、悲哀と、託し託されの――笑顔だ。
そんな関係を築けて良かったと、二人は互いに思った。

「最初もだけど……最期も…だよね? ネルちゃん?」

「えぇ、任せなさい。親友としての義務を果たすわ。」

人によってはこの二人の普段というのは、マリアンネがいるからこそ仲が良いと言われることがある。実際、話の盛り上がり具合という点に関してだけ言ってしまえば、彼女がいる時といない時ではかなり違うものである。

しかし、勘違いしてはいけない。
外側の仲の良さと、内側の仲の良さは別なのだ。
少なくともこの二人は、互いが互いを親友と信じている。

だからこそ、せめて苦しまぬよう、一瞬で首を斬ろう。
親友だからこそ、ここで殺してあげるのが優しさなのだ。
こんな量産の剣ではダメだと、彼女は黒魔法で大鎌を作った。

「やめ! やめて! 師匠、お願いッ!」

マリアンネの叫びは、王都中の悲鳴の中の一つに過ぎない。
絶望の淵に立っているのは、なにも彼女たちだけではないのだ。



そして、その中にはまだ間に合う者もいる。



だから、間に合わない者に構っている場合ではない。



そして、ネルカはそんな決断を下せる女だった。



だから、鎌を振るう。



「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」






次の瞬間、マリアンネの体から光り輝く力が溢れ出た。




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