その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-2章:祭と友と恋と戦と(前編)

100話:昼飯の時間

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太陽が頂点にあるような時間帯。
さすがに立ち続けで疲れた彼女たちは、どこかお店でくつろぐという結論に至った。しかしながら、どこもかしこも大行列であるがために、他を探そう探そうした結果、さらに一時間歩いてしまった。

「これなら…並んでた方がよかったわね。」

「で、でも、今更並ぶのは…プライドが!」

気が付けば彼女たちはヤマモト連合の根城と言っても過言ではない区画まで来ており、互いに口には出さなかったもののマリアンネの顔パスを使おうという魂胆は同じだった。どちらのほうがプライドに障るのかという議論は、ここでは野暮というものだった。

そして、目論見通り街中を歩くだけで、声がかけられる。

「あら、大将ちゃんじゃない。どうしたの?」

「サーナさん。こんにちは! こちら、アタシの師匠です!」

「ネルカ・コールマンよ。」

「あらあら、まぁまぁ。いつも大将ちゃんがお世話になっているわ。私はサーナ。そこの料亭店主の妻をしているわ。あっ…そうだわ! 孤児院の子たちが何人かいてね、ちょうど席も空いてたから、同席になるけど…食べていかない?」

「「いいんですか!」」

ネルカのことを知らないのか、それとも気にしない性格なのか、サーナは二人を連れて自身の家まで案内した。外では人が並んで待っていたが、それがマリアンネだと知ると人々は文句を一つも言わないどころか、温かい目で見守っていた。

そして、店に入ると何人かがこちらを見つけ、やはり皆が嬉しそうにしていた。今日は祭初日である≪アセンテの微笑み≫であるにもかかわらず、昼間っから酒を飲んでいる者もいた。

「よぉ、大将じゃねーか!」
「男連れかい? いいじゃねぇか!」
「俺の若い頃の方がカッコいいけどな!」
「あんた、死神様に似てるな! ガハハハ!」

こういう空気はネルカは嫌いではない。
自身が参加したいとは思わないが、黙って眺めておきたい性格である彼女は、マリアンネとサーラの返し言葉をニコニコと見ているだけだった。

そして、そのまま店の奥まで進むと、そこには大テーブルが置かれており、6人の子供とミリアーヌとハスディが座っていた。

「あっ、ハスディ様! 昨日はありがとうございました! ハスディ様のおかげで、アタシ、仲直りすることが出来ました!」

「そうですか、それは良かったです。家族とは生き物にとって最も近しい存在、最も人生の共有をする人たちになります。だからこそたくさんけんかして、たくさん仲直りするものです。おっといけない、つい説教臭くなってしまいましたね…ささ、どうぞ、席は余っています。いっしょに食事を致しましょう。」

すると空いている席は少し離れた配置であったが、女の子たちがマリアンネを、男の子たちがネルカの袖を引っ張り席に誘導した。たった昨日の一日だけでネルカは孤児院の人気者なのだ。

「なー、しにがみさま! どうやったらそんなカッコよくなれるの! だって、あさ、マリおねえちゃんつれさったとき、ぶわってなって、びゅってでて! すっげーかっこよかった!」

「フフッ、よくぞ聞いてくれたわ。私にとってカッコよさとは、自分を愛すること
すなわち『自己愛』よ。」

「じぶんをあいする? どうやって?」

「なんでもいいのよ…得意なことを磨くもヨシッ…憧れに近づくこともヨシッ…自分の脳内計画を実行するもヨシッ…チヤホヤされることで自分を愛するのもヨシッ。愛せる自分になるってことはね、自分自身に惹かれるということ……惹かれるってことはカッコいいということなの。」

「う~ん、ぼくにも、できるかなぁ…。」

「いい? 大事なのは三つよ。一つ、中途半端にしないこと。二つ、自分を少しでも愛せるようになったら、他人も愛してあげること。そして最後……あなたのことを見ている人が近くにいると肝に銘じておくことよ。」

「近くに? それってねーちんたちのことか!」

「いいえ、違うわ。それ以外の人たちもよ。街を歩く、話をしたこともないような人たちも、近くにいる人なの。そのすべての人たちに『見せびらかしても構わない、むしろ誇れる行動をする』……これができない人間は、カッコよくないただの我儘人間なの!」

力説するネルカはいつのまにか立ち上がっており、その姿に子供たちは目を爛々と輝かせ、自分に言い聞かせるように彼女の言葉を反芻していた。すると、会話を聞いていた他の客たちも立ち上っての拍手喝采をするのであった。

「いいぞ、死神の姉ちゃん! 誰かに誇れるって大事だ!」
「坊主ども、いい大人になりな! おじさんたち、応援するぜ!」
「俺らは昼間から酒飲む、誇れねぇ人間だけどな! わっはっは!」
「酒の肴になるような演説、ありがとよー!」

照れを隠すようにペコペコとお辞儀しながら座ると、コップを手にしてグイッと飲み干した。すると、横からコップに水を注がれ、そちらを見るとハスディが近づいていた。

「素晴らしかったです。ネルカさん。」

「そ、そんな、聖職者の方に言われるとは、思わなかったわ」

「自分を幸福にしつつ、他者も幸福にする。これはすごく難しいことでして…いやはや、私たち聖職者の永遠の課題でもあるのです。しかし、今のネルカさんの言葉に、ヒントをいただいたような気がします。」

「あら、そんな高尚なことは言ったつもりはないのだけれど。」

「安心してください。あなたは十分に『誇れる人間』ですよ。」

これまでの人生、彼女は信念があり行動しながらも誰にも認められず、その悔しさを『何となく』という逃げの言葉を用意して生きてきた。しかし、『誇れる自分』でありたいと思ったことだけは嘘ではない――ただ子供たちに伝えたような奇麗な意味ではなく――自分がグレないようにするための楔の言葉だった。

だからこそ、誇っていいと言ってもらえること――それも聖職の人に言ってもらえることは、ハスディにとって些細な一言でもネルカにとっては大きなことだった。



「………ありがとう。」



潤む目を誤魔化したくて、飯をがむしゃらに食った。




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