その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:10-1章:祭と友と恋と戦と(準備編)

93話:名前も知らぬ騎士たちの巡回

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王都は祭りに向けて徐々に賑わいを増す。
それは国の平和を意味する事であり、本来ならば良いことなのである――しかし、警備の立場の者にとっては話は別である。人が増えるということは問題も増えるということでもあるのだから。

王宮騎士団第四部隊――通称【見廻り組】

その仕事内容は王都の警備であり、この時期は忙しさを増す。
平均睡眠4時間をローテーションし、王都を駆け回ることになるのだ。

「あ~あ、みんな、色めき立ちやがって。」

「そんなこと言うな…。俺まで悲しくなる。」

そう愚痴をこぼすのは第四部隊の下級騎士二人組。
左腕に刺青が施されている強面のタンクトップ男と、目の下にクマを作り眠そうなロン毛の男だった。彼らは不機嫌な雰囲気と帯剣を理由に、市民から避けられながら街を見廻っていた。

ハッキリ言ってしまえば、第四部隊は荒くれが多い。
というのも、仕事内容として人数を多く必要とする部隊である都合、どのような者でも採用してしまう傾向にあるからだ。その上、他部隊の問題児もこちらに送られるという始末。

その結果、荒んだ人間がどうしても多くなってしまうのだ。
多くの者が憧れる王宮騎士団だが、この部隊だけは話が別である。

「何が嬉しくて、こんなロン毛と歩くんだか…。」

「そりゃこっちの台詞だ、タンクトップ野郎。」

「ああ? タンクトップバカにすんじゃねぇ! こちとらファッションでやってんだよ。テメェの散髪がメンドクセェだけのロン毛とは訳がちげぇ!」

「こんな寒い日に、汚ねぇ肌見せんじゃねぇよ。だいたい、ファッションだって言うならなおさら壊滅的だな。ハッ、だから俺みたいな野郎と歩くことになんのさ。」

「やるかテメェ!」

「ふん、やってやろうか?」

本来なら止める側であるはずの騎士二人の一触即発の事態に、人々が仲裁をできるわけもない。二人はついに剣の柄に手を掛けるまで至ったが、そこに一人の男が近づいた。

「お~、あ~、騎士さんかえ。ちょっと、いいか?」

「チッ、命拾いしたなロン毛野郎。」

「ふん。で、なんだおっさん?」

近付いた男は顔が真っ赤で足取りがおぼつかなく、手には酒瓶を持っているため酔っ払いなのだろう。てっぺん禿げの冴えないおっさんに、二人はすっかり苛立ちが消えてしまっていた。

「あのな~、そこの裏通りさぁ、なんかくせぇんだよ。」

「臭い…? どんなだ?」

「う~ん、なんっていうか…処理を忘れて放置してしまった家畜の死体…みてぇな臭いだな~。そう、そんな感じ、腐った肉の臭いってやつだ。」

「てめぇの吐いたゲロってオチだったら許さねぇからな。」

二人は酔っ払いを連れて裏路地へと入っていく。
そして、腐った肉の臭さなど分からない二人だったが、臭いというのだけはすぐに分かった。顔を顰めつつも臭さを増していく路地奥に進むと、そこは行き止まりとなっていた。

「ここら辺かぁ?」

「だな。ったくよぉ、処理を怠ったバカはどこのどいつだぁ? そもそも、こんなクセェのに、ここらの住人は放置してるってのかよ。」

三人は臭いの出所を探そうとするが、とんと見当もつかない。
周囲は店の倉庫で囲まれており、怪しいとしたら建物内だが、一軒一軒調査するのもめんどくさい。タンクトップの男が苛立ち紛れに近くに置いてあった木箱の山を蹴飛ばした。

すると、タンクトップの男は何か違和感を覚えた。

「なぁおい、ここの木箱…やけに嘘っぽくねぇか? 積まれ方はあまりに奇麗すぎるし、なにより」

「あん? …言われてみりゃ…確かに。」

彼らが目を付けたのは端角に積まれている木箱の山だった。
木箱を一個づつ動かして、地面が見えるようになった結果、見つけたのは地下へと続く階段だった。鉄板で蓋がされていたが、開けた瞬間にあふれ出た腐臭は三人を涙目にさせるほどだった。

「おいおい…こりゃいったい…。」

「酔っ払い、ここにいろ。俺らは下に行く。もし…しばらくして俺らが戻らなかったら、騎士の詰め所まで行って人を呼べ。」

「あ、ああ…酔いも覚めたし…分かった…詰め所…な。」

騎士二人は胸ポケットから光源となる魔道具を取り出して起動すると、警戒しながら階段を降りていく。そして、階下にある鉄製のドアまでたどり着くと、互いにアイコンタクトを取ってドアを蹴り開けた。

二人がそこで見たモノは――




肉の山だった。




なにか動物の食事の途中であるかのような、肉の山だった。
乾いた血がこびりつき、蝿がたかっていて――人の部位であった。

「な、なな、なぁ!?」

「冗談だろ…。」

真っ暗な部屋の奥、鉄格子がチラリと見える。
しかし、二人はその奥に佇む『何か』へと光を向ける勇気がなかった。
二人は下級とは言え騎士だ、その『何か』の圧は重々に理解していた。

「これはッ…報告だ! 明らかに人為的なもんだ!」

「あ、あぁ! こんな化け物をどうやって王都にッ!」

慌てて部屋から出ようとした二人だったが、その階段の奥からカツンカツンと靴の音が聞こえて立ち止まる。魔道具を服の胸部に引っ掛けると、剣を引き抜く。冷や汗が背中を伝い、唇が渇く。



「あらあら、お客さんがいらしたのね。」



現れたその人物を二人の騎士は知っていた。
下っ端である彼らはその人物の現在など、広められた噂程度しか知りえなかったが、だからこそこんな場所にいるはずがないと驚愕を顔に浮かべる。

「あなたは…側妃様…。リーネット様…。」

「フフフ、まだその肩書で呼んでくれるの?」

すると、リーネットの後ろに控えていた白仮面の男が、何か言いたげにソワソワしだす。そして、二人組に近づいて右手を伸ばすが、彼らは何をされるか分からないと後ろに飛び下がって剣を構えた。

しかし、二人はすぐに剣を落とすことになった。

「あっ…がぁっ…。」

タンクトップの男の胸部に、ロン毛の男の頭部に、鉄格子の奥にいる『何か』から伸びた触手が突き刺さっている。そのまま触手はリーネットの元まで伸びようとしていたが、後ろに下がる前に二人がいた場所ギリギリ届かないぐらいの位置でピタリと止まった。

諦めた『何か』はピクリとも動かなくなった二人を寄せると、鉄格子に引っかかるのを強引に入れる。その際に光が『何か』を照らし――真っ赤な肉体の軟体動物がリーネットたちの視界に映った。

「さぁて、私のお気に入り――ネルカちゃんはどう動くかしらねぇ?」

その呟きに対して白仮面の男は何も言わず、知らんとばかりに肩をすくめた。少ない光源の真っ暗な部屋に、リーネットの笑い声と化け物の食事音だけが響く。



ベルガンテ祭まで――あと2日。



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