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第一部:8章:武闘大会
81話:ウェイグ・ハーランド
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――武闘大会二日目、午前中――
端的に言えば、出場選手の中でウェイグは飛び抜けて強かった。
何の憂いも無く準決勝すら圧勝し、決勝を現在進行形で戦っている。
しかしながら、ウェイグは苛立っていた。
決して不利な状況にいるわけでもない。
むしろ今回も余裕で勝てるほどである。
相手はウェイグに対して尻込んでいる。
観客はウェイグに対して盛り上がっている。
騎士はウェイグに対して高評価をしている。
苛立つ要素など本来はどこにもない。
むしろ、彼の優越感をとにかく刺激する。
なのに、ウェイグは苛立っていた。
(欲しいのは優越感なんかじゃねぇんだよ! クソがッ!)
対戦相手の剣を受けながら、彼は目線をチラリと観客席の方へと向ける。そこにいるのは淡々と試合を見ているだけのネルカの姿だった。まるで、この試合も他の試合と同じに過ぎないと言われているようで、ウェイグのプライドを刺激したのだった。
(こんな雑魚だらけの試合で勝つことに価値はねぇ! あの…ネルカ…ネルカ・コールマンを倒さなくては! 腹の虫が収まんねぇ! )
ウェイグは大きく踏み込むと振りかぶる。相手はとっさに剣で防ごうとしていたが、ウェイグは怒りに身を任せるがごとく魔力を昂らせると、一撃にその全てを込めた。
「うおぉぉぉぉ!」
バキンッ!
それは対戦相手の剣が折れた音だった。
茫然としている相手に対し、彼は蹴りを放って地面へと転がす。
誰がどう見ても勝敗は決しており、観客はこれでもかと言うほどの沸き立ちを発生させていた。ウェイグ・ハーランドは紛れもなく優勝に値する人間であり、きっと来年も再来年もその更に未来も活躍してくれることだろう。ただし、観客席には既にネルカの姿はなく、自身の試合の準備のため待機室へと向かっていた。
そんな大嬌声の中、ウェイグの心は静かだった。
「あぁ…決勝なのに…ハハッ…降参するよ、ウェイグくん。」
ただ静かに、対戦相手を見下ろしていた――
― ― ― ― ― ―
(あの夜会の日、俺らの家は…何もできなかった。)
彼の実家であるハーランド家は側妃側の陣営だった。しかし、彼らに回された役は『もしも国王たちが土砂崩れを越えてきたとき、王都に入れないための足止め』――つまり夜会の日は、実質的になにもしていなかった。
だからこそ、自分たちは何も関わっていないとシラを切った。
ウェイグの父は言った、
「我が家が側妃寄りだったのは…仕方なく…だったんだ。いっしょに堕ちる義理も甲斐もないのだ。そうだ、これでいいんだ。」
ウェイグの母は言った、
「そうよ、むしろ今の立ち位置こそが、本来のモノだったんだから。私たちは私たちの生活を、まともな生活をようやく手に入れたのよ!」
だが息子のウェイグだけは違った。
「そんな負け犬みたいな真似、許せるワケねぇだろッ!」
彼には憧れの存在がいる。
その名は――バルドロ――黒血卿だった。
一度、彼の戦いを見たとき、焦がれてしまったのだ。
圧倒的暴力を持つ者だけが許される、人を壊す理不尽。
あんな人になりたい。
いつかは自分もあの高みへ。
理不尽を押し通せる暴力の世界。
(絶対に…あの御方が…クソ女に負けたなんて嘘に決まっているッ! あの御方を倒せる可能性があるのは、総団長ガドラクだけだ! それ以外に負けただなんて、この俺が許さねぇ!)
ネルカという女を倒さなければ、彼の心は決して晴れない。
栄光も栄誉も栄成も、彼にとっては何の価値もない。
― ― ― ― ― ―
――対戦相手を見下ろしていたウェイグは、剣を持つ手をを振り上げた。それが何を意味するのかを理解できたのは観戦席にいる騎士たちだけだったが、彼らが動いて止めるにはあまりにも距離が空き過ぎていた。
剣を叩き折った時と同量の魔力が、彼の身体中を駆け回る。
驚愕の顔でウェイグを見上げる対戦相手は、尻を地に着けながら後退る。
「俺は強ぇんだよッ!」
「ヒ、ヒィィィィ!」
相手の選手は気が動転しており魔力膜も不安定、そんな状態でウェイグの一撃を受けようものなら、いくら結界が張ってあると言えども重傷は免れないだろう。しかし、そんな不条理を押し通すことこそが強さだと信じている彼は止まらない。
「――さすがに止めさせてもらうわ。」
二人の間に一つの人影が舞い降りた。
長い柄に斧と槍を兼ね備えた武器を地面に突き立て、ウェイグの攻撃が受け止められていた。
「ネルカ…コールマン! 邪魔すんじゃねぇよ! 嘘吐き女ァ!」
「その攻撃が許されるのは…相手が降参しなかったときと、ここが戦場だったときだけだわ。それとも、ルールが何のためにあるか理解できないのかしら? あなたのそれは『強さ』じゃないわ。」
「あぁ? 知らねぇなぁ。テメェが相手してくれんのか?」
「なによ、ボコボコにされたい被虐趣味だったわけ? いいわ、望み通り完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ。みんなが、見てる、今、ここで、心ごと、潰してあげる。…二度と驕りなど抱けないほどにね。」
彼女は受け止めていた剣を弾き飛ばした彼女は、日ごろの手癖であるかのように空気を切る音を鳴らしながら斧槍を回した。ウェイグの対戦相手は突如として現れた救いの者に、まるで英雄に憧れる子供のような目を向けていた。
『待ていッ!』
そんな時――地を振るわすほどの豪声が会場に響く。
声の主はウェイグを挟んでネルカの反対側の通路から。
一人の老兵が両刃の大戦斧を担いで入場してきた。
「ネルカ嬢はエキシビションマッチじゃろう? ガハハハ! 見たところ準備万端のようじゃし、このままワシとやろうか! そこの小僧とはワシに勝ってからにせぇ!」
現れたその人物にウェイグは「まさか…対戦相手って…」とこぼしており、観客席の方からも騒めきの声がネルカの耳へと届く。彼女はその老兵が誰なのか知らなったが、背後にいるウェイグの対戦相手だった男の呟きでその人物を知ることになった。
「だ、団長様…。」
ネルカのエキシビションマッチの相手は――
――王宮騎士団総団長 兼 第一部隊長 ガドラク・ワマイア。
端的に言えば、出場選手の中でウェイグは飛び抜けて強かった。
何の憂いも無く準決勝すら圧勝し、決勝を現在進行形で戦っている。
しかしながら、ウェイグは苛立っていた。
決して不利な状況にいるわけでもない。
むしろ今回も余裕で勝てるほどである。
相手はウェイグに対して尻込んでいる。
観客はウェイグに対して盛り上がっている。
騎士はウェイグに対して高評価をしている。
苛立つ要素など本来はどこにもない。
むしろ、彼の優越感をとにかく刺激する。
なのに、ウェイグは苛立っていた。
(欲しいのは優越感なんかじゃねぇんだよ! クソがッ!)
対戦相手の剣を受けながら、彼は目線をチラリと観客席の方へと向ける。そこにいるのは淡々と試合を見ているだけのネルカの姿だった。まるで、この試合も他の試合と同じに過ぎないと言われているようで、ウェイグのプライドを刺激したのだった。
(こんな雑魚だらけの試合で勝つことに価値はねぇ! あの…ネルカ…ネルカ・コールマンを倒さなくては! 腹の虫が収まんねぇ! )
ウェイグは大きく踏み込むと振りかぶる。相手はとっさに剣で防ごうとしていたが、ウェイグは怒りに身を任せるがごとく魔力を昂らせると、一撃にその全てを込めた。
「うおぉぉぉぉ!」
バキンッ!
それは対戦相手の剣が折れた音だった。
茫然としている相手に対し、彼は蹴りを放って地面へと転がす。
誰がどう見ても勝敗は決しており、観客はこれでもかと言うほどの沸き立ちを発生させていた。ウェイグ・ハーランドは紛れもなく優勝に値する人間であり、きっと来年も再来年もその更に未来も活躍してくれることだろう。ただし、観客席には既にネルカの姿はなく、自身の試合の準備のため待機室へと向かっていた。
そんな大嬌声の中、ウェイグの心は静かだった。
「あぁ…決勝なのに…ハハッ…降参するよ、ウェイグくん。」
ただ静かに、対戦相手を見下ろしていた――
― ― ― ― ― ―
(あの夜会の日、俺らの家は…何もできなかった。)
彼の実家であるハーランド家は側妃側の陣営だった。しかし、彼らに回された役は『もしも国王たちが土砂崩れを越えてきたとき、王都に入れないための足止め』――つまり夜会の日は、実質的になにもしていなかった。
だからこそ、自分たちは何も関わっていないとシラを切った。
ウェイグの父は言った、
「我が家が側妃寄りだったのは…仕方なく…だったんだ。いっしょに堕ちる義理も甲斐もないのだ。そうだ、これでいいんだ。」
ウェイグの母は言った、
「そうよ、むしろ今の立ち位置こそが、本来のモノだったんだから。私たちは私たちの生活を、まともな生活をようやく手に入れたのよ!」
だが息子のウェイグだけは違った。
「そんな負け犬みたいな真似、許せるワケねぇだろッ!」
彼には憧れの存在がいる。
その名は――バルドロ――黒血卿だった。
一度、彼の戦いを見たとき、焦がれてしまったのだ。
圧倒的暴力を持つ者だけが許される、人を壊す理不尽。
あんな人になりたい。
いつかは自分もあの高みへ。
理不尽を押し通せる暴力の世界。
(絶対に…あの御方が…クソ女に負けたなんて嘘に決まっているッ! あの御方を倒せる可能性があるのは、総団長ガドラクだけだ! それ以外に負けただなんて、この俺が許さねぇ!)
ネルカという女を倒さなければ、彼の心は決して晴れない。
栄光も栄誉も栄成も、彼にとっては何の価値もない。
― ― ― ― ― ―
――対戦相手を見下ろしていたウェイグは、剣を持つ手をを振り上げた。それが何を意味するのかを理解できたのは観戦席にいる騎士たちだけだったが、彼らが動いて止めるにはあまりにも距離が空き過ぎていた。
剣を叩き折った時と同量の魔力が、彼の身体中を駆け回る。
驚愕の顔でウェイグを見上げる対戦相手は、尻を地に着けながら後退る。
「俺は強ぇんだよッ!」
「ヒ、ヒィィィィ!」
相手の選手は気が動転しており魔力膜も不安定、そんな状態でウェイグの一撃を受けようものなら、いくら結界が張ってあると言えども重傷は免れないだろう。しかし、そんな不条理を押し通すことこそが強さだと信じている彼は止まらない。
「――さすがに止めさせてもらうわ。」
二人の間に一つの人影が舞い降りた。
長い柄に斧と槍を兼ね備えた武器を地面に突き立て、ウェイグの攻撃が受け止められていた。
「ネルカ…コールマン! 邪魔すんじゃねぇよ! 嘘吐き女ァ!」
「その攻撃が許されるのは…相手が降参しなかったときと、ここが戦場だったときだけだわ。それとも、ルールが何のためにあるか理解できないのかしら? あなたのそれは『強さ』じゃないわ。」
「あぁ? 知らねぇなぁ。テメェが相手してくれんのか?」
「なによ、ボコボコにされたい被虐趣味だったわけ? いいわ、望み通り完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ。みんなが、見てる、今、ここで、心ごと、潰してあげる。…二度と驕りなど抱けないほどにね。」
彼女は受け止めていた剣を弾き飛ばした彼女は、日ごろの手癖であるかのように空気を切る音を鳴らしながら斧槍を回した。ウェイグの対戦相手は突如として現れた救いの者に、まるで英雄に憧れる子供のような目を向けていた。
『待ていッ!』
そんな時――地を振るわすほどの豪声が会場に響く。
声の主はウェイグを挟んでネルカの反対側の通路から。
一人の老兵が両刃の大戦斧を担いで入場してきた。
「ネルカ嬢はエキシビションマッチじゃろう? ガハハハ! 見たところ準備万端のようじゃし、このままワシとやろうか! そこの小僧とはワシに勝ってからにせぇ!」
現れたその人物にウェイグは「まさか…対戦相手って…」とこぼしており、観客席の方からも騒めきの声がネルカの耳へと届く。彼女はその老兵が誰なのか知らなったが、背後にいるウェイグの対戦相手だった男の呟きでその人物を知ることになった。
「だ、団長様…。」
ネルカのエキシビションマッチの相手は――
――王宮騎士団総団長 兼 第一部隊長 ガドラク・ワマイア。
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