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第一部:6章:何かが変わった日常
66話:物語の主人公
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最近マリアンネの様子がおかしいと、ネルカは感じていた。
話しの内容だとかは以前と同じなのだが、ふとしたタイミングで俯くことがあり、その垣間見える表情が何か思い詰めているようなのだ。また、放課後の時間に共に寮に帰るべく第二教室まで迎えに行くと、すでにいないということもしばしばあった。ちなみにエレナは寮生ではないこともあり、あまり気にしていなかった。
「これは…尾行するしかないわね…。」
実は初めのうちはマリアンネの変化に彼女は気付いていなかった。それに、本人からの相談が来るまで待つという選択を取ってもいただろう。それでも気付き、調査に乗り出したのは――ダーデキシュから言われたからであった。
『おい、あー、マリ嬢のこと、気にかけてやってくれ。』
『マリ嬢…? そんな風にダーデ義兄様が呼ぶな――』
『ッ! と、とにかく! 言うこと言ったからな!』
義兄の方がよく見ているという敗北感を抱きつつも、心配の方が勝った彼女は尾行を開始。高身長の赤髪という目立つ相貌でありながら、彼女は誰にも不審がられずマリアンネを尾行していた。
――追跡者の死角になりつつ
――第三者からはただ歩いているように見せ
――最適な遮蔽物があれば迅速に隠れる
これもまた実母の教育の賜物であった。
(しかし、マリったらどこへ向かっているのかしら…このままだと騎士科の方になるのだけれど…。)
こうして辿り着いたのは旧・第三室内訓練場。
騎士科が悪天候の日に使用する訓練場であり、今はもう使われていない場所であった。当然のことにここら一帯は人影が少ないし、マリアンネが来るような場所でもない。
木の陰に隠れながらも入るべきかどうかネルカが悩んでいるところ、そこには新たな人の気配が生まれる。それは四人組の女性たちであり、マリアンネ以上にこの場所に来るはずがない面々だった。
――アイナ・デーレン御一行。
そして、コルナールの右手には木剣が――
瞬時、ネルカはあることを思い出した。
仮にこの世界がゲームとやらの世界であるとすれば、マリアンネはアイナにとって不倶戴天の敵であったということ。そして、先日の避暑地での一件において、マリアンネは逃亡先のことを頑なに話そうとしなかったこと。
二人の間に何かしらの確執が生まれている可能性。
(まさか、ゲームとやらの通りにアイナ様からイジメを!?)
どうして自分に相談しなかったのか、どうして自分は気付けなかったのか――彼女はそう自身に心の中で悪態を吐きながらも、急いで訓練場への扉に手を掛けた。
「マリ! 助けに来たわ!」
黒衣を展開させ、中を見渡す。
そこには驚いた表情をしたそれぞれの姿があった。
しかし、イジメとは程遠い状況ではあった。
部屋の隅に設置された場違いな椅子に座るアイナの姿。
同じく場違いなテーブルに茶などを準備するベティンの姿。
何もせずボーっと突っ立っているだけのロズレアの姿。
準備体操の最中なのか屈伸運動をしているコルナールの姿。
そして、木製の模擬短刀で素振りをするマリアンネの姿。
― ― ― ― ― ―
「アタシは先輩に護衛術を教えてもらっているんです。」
マリアンネ曰く強くなりたいということのようであった。
彼女は先日の避暑地での一件において、目の前で殺され、守られ、何もできなかった側の人間だった。もしも聖女の力が覚醒していたら、もしも自分に戦う力があれば、その事実は彼女を悩ませるのに十分すぎるものだった。
そんな彼女に救いの手を伸ばしたのは、デインから聖女に関する情報を聞かされアイナだった。
『あなたは倒す力より、守る力の方が必要ですわね。』
ならばネルカよりもコルナールの方が適任だ。
ネルカ本人もそのことが分かっているからか、「師匠は私なのに…」とボヤいたぐらいでそれ以上の言及はしなかった。彼女はすることがないからと、アイナたちのいる椅子の方へと歩き出す。
「だけど、師匠はどうしてアタシの尾行なんかに?」
「お義兄様からよ。あなたのことを気にかけろって。」
「あ、あはは~、ダーデ様にはバレちゃってましたか~。」
ネルカは自分のお茶の準備をしようとしたが、スッとベティンから用意される。彼女に礼を言うとまるでいつもそうであるかのように、ただ見るだけとなった四人で話を始めた。
「ネルカさんは…どこまでマリアンネさんの話を信じていらして?」
「私は全部信じているわ。ただ…その情報のほとんどは無意味なものになってしまってると踏んでいるわ。あまりにも展開がメチャクチャだもの、特にゼノン教というのはまったく知らなかったみたいだし。」
「ワタクシもそう思っておりますわ。何よりも、ワタクシ自身が違っておりましてよ。しかし…確かに以前のワタクシならば…その…悪役令嬢…とやらになっていてもおかしくなかったという自覚もあるのですわ。ワタクシが今、こうやって穏やかに過ごせているの…実はマリアンネさんのおかげなのですわ。」
その言葉にネルカは驚きの表情を見せた。今まで両者ともそのような素振りを見せてこなかったし、避暑地では明らかに初対面という様子でもあった。
そんな彼女の驚きに気付いたアイナは、話すべきだと判断したのか過去について語り出した。
曰く、昔は我儘放題の少女で、窮屈な毎日に飽きていた彼女は護衛の目を盗んで街に逃げ出した。曰く、その時に人さらいに遭いかけてしまったとき、彼女の身を救ったのはマリアンネだった。曰く、正確にはヤマモト連合の大人組が助けたのだが、その身に怪我を負おうとも救おうとしてくれたマリアンネが英雄のように見えたこと。
「どうやら昔は桃色髪が目立つから黒く染めていたようでして、それでワタクシも気付かなかったのですわ。最近になって殿下から裏の話を聞き…もしかしたらと思ってマリアンネさんに聞いてみたら、まさかご本人だったなんて!」
「命の恩人…だったのね。」
「えぇ、マリアンネさんはワタクシの命の恩人ですわ。彼女の雄姿を見たからこそ、かつては我儘令嬢と呼ばれていたワタクシが改心したほどですの。命どころか、人生すべてにおける恩人ですの。まぁ…あの頃の自分は黒歴史ですわ。」
「それで協力を?」
「本来は殿下を取り合う仲だとは聞きましたが…なんとも不思議な感覚ですわぁ。今のワタクシが…もしも、物語のような展開になったら…譲ってしまうかもしれないのでしてよ。」
「その心配は無用だわ。マリは私のお義兄様が好きだもの。」
「あら、それならワタクシの一家からも協力しなくてわね。身分がどうとかという問題が起こりましたら、ワタクシに遠慮なく言いなさい。元・悪役令嬢の本領発揮ですわぁ、オホホホ!」
アイナは本来奪われる側であるはずだった。
マリアンネは本来奪う側であるはずだった。
しかし、マリアンネが転生の記憶を思い出したというだけで、その関係はガラッと変わるものになるのだから、因果関係とは不思議なものだなと思うネルカであった。
話しの内容だとかは以前と同じなのだが、ふとしたタイミングで俯くことがあり、その垣間見える表情が何か思い詰めているようなのだ。また、放課後の時間に共に寮に帰るべく第二教室まで迎えに行くと、すでにいないということもしばしばあった。ちなみにエレナは寮生ではないこともあり、あまり気にしていなかった。
「これは…尾行するしかないわね…。」
実は初めのうちはマリアンネの変化に彼女は気付いていなかった。それに、本人からの相談が来るまで待つという選択を取ってもいただろう。それでも気付き、調査に乗り出したのは――ダーデキシュから言われたからであった。
『おい、あー、マリ嬢のこと、気にかけてやってくれ。』
『マリ嬢…? そんな風にダーデ義兄様が呼ぶな――』
『ッ! と、とにかく! 言うこと言ったからな!』
義兄の方がよく見ているという敗北感を抱きつつも、心配の方が勝った彼女は尾行を開始。高身長の赤髪という目立つ相貌でありながら、彼女は誰にも不審がられずマリアンネを尾行していた。
――追跡者の死角になりつつ
――第三者からはただ歩いているように見せ
――最適な遮蔽物があれば迅速に隠れる
これもまた実母の教育の賜物であった。
(しかし、マリったらどこへ向かっているのかしら…このままだと騎士科の方になるのだけれど…。)
こうして辿り着いたのは旧・第三室内訓練場。
騎士科が悪天候の日に使用する訓練場であり、今はもう使われていない場所であった。当然のことにここら一帯は人影が少ないし、マリアンネが来るような場所でもない。
木の陰に隠れながらも入るべきかどうかネルカが悩んでいるところ、そこには新たな人の気配が生まれる。それは四人組の女性たちであり、マリアンネ以上にこの場所に来るはずがない面々だった。
――アイナ・デーレン御一行。
そして、コルナールの右手には木剣が――
瞬時、ネルカはあることを思い出した。
仮にこの世界がゲームとやらの世界であるとすれば、マリアンネはアイナにとって不倶戴天の敵であったということ。そして、先日の避暑地での一件において、マリアンネは逃亡先のことを頑なに話そうとしなかったこと。
二人の間に何かしらの確執が生まれている可能性。
(まさか、ゲームとやらの通りにアイナ様からイジメを!?)
どうして自分に相談しなかったのか、どうして自分は気付けなかったのか――彼女はそう自身に心の中で悪態を吐きながらも、急いで訓練場への扉に手を掛けた。
「マリ! 助けに来たわ!」
黒衣を展開させ、中を見渡す。
そこには驚いた表情をしたそれぞれの姿があった。
しかし、イジメとは程遠い状況ではあった。
部屋の隅に設置された場違いな椅子に座るアイナの姿。
同じく場違いなテーブルに茶などを準備するベティンの姿。
何もせずボーっと突っ立っているだけのロズレアの姿。
準備体操の最中なのか屈伸運動をしているコルナールの姿。
そして、木製の模擬短刀で素振りをするマリアンネの姿。
― ― ― ― ― ―
「アタシは先輩に護衛術を教えてもらっているんです。」
マリアンネ曰く強くなりたいということのようであった。
彼女は先日の避暑地での一件において、目の前で殺され、守られ、何もできなかった側の人間だった。もしも聖女の力が覚醒していたら、もしも自分に戦う力があれば、その事実は彼女を悩ませるのに十分すぎるものだった。
そんな彼女に救いの手を伸ばしたのは、デインから聖女に関する情報を聞かされアイナだった。
『あなたは倒す力より、守る力の方が必要ですわね。』
ならばネルカよりもコルナールの方が適任だ。
ネルカ本人もそのことが分かっているからか、「師匠は私なのに…」とボヤいたぐらいでそれ以上の言及はしなかった。彼女はすることがないからと、アイナたちのいる椅子の方へと歩き出す。
「だけど、師匠はどうしてアタシの尾行なんかに?」
「お義兄様からよ。あなたのことを気にかけろって。」
「あ、あはは~、ダーデ様にはバレちゃってましたか~。」
ネルカは自分のお茶の準備をしようとしたが、スッとベティンから用意される。彼女に礼を言うとまるでいつもそうであるかのように、ただ見るだけとなった四人で話を始めた。
「ネルカさんは…どこまでマリアンネさんの話を信じていらして?」
「私は全部信じているわ。ただ…その情報のほとんどは無意味なものになってしまってると踏んでいるわ。あまりにも展開がメチャクチャだもの、特にゼノン教というのはまったく知らなかったみたいだし。」
「ワタクシもそう思っておりますわ。何よりも、ワタクシ自身が違っておりましてよ。しかし…確かに以前のワタクシならば…その…悪役令嬢…とやらになっていてもおかしくなかったという自覚もあるのですわ。ワタクシが今、こうやって穏やかに過ごせているの…実はマリアンネさんのおかげなのですわ。」
その言葉にネルカは驚きの表情を見せた。今まで両者ともそのような素振りを見せてこなかったし、避暑地では明らかに初対面という様子でもあった。
そんな彼女の驚きに気付いたアイナは、話すべきだと判断したのか過去について語り出した。
曰く、昔は我儘放題の少女で、窮屈な毎日に飽きていた彼女は護衛の目を盗んで街に逃げ出した。曰く、その時に人さらいに遭いかけてしまったとき、彼女の身を救ったのはマリアンネだった。曰く、正確にはヤマモト連合の大人組が助けたのだが、その身に怪我を負おうとも救おうとしてくれたマリアンネが英雄のように見えたこと。
「どうやら昔は桃色髪が目立つから黒く染めていたようでして、それでワタクシも気付かなかったのですわ。最近になって殿下から裏の話を聞き…もしかしたらと思ってマリアンネさんに聞いてみたら、まさかご本人だったなんて!」
「命の恩人…だったのね。」
「えぇ、マリアンネさんはワタクシの命の恩人ですわ。彼女の雄姿を見たからこそ、かつては我儘令嬢と呼ばれていたワタクシが改心したほどですの。命どころか、人生すべてにおける恩人ですの。まぁ…あの頃の自分は黒歴史ですわ。」
「それで協力を?」
「本来は殿下を取り合う仲だとは聞きましたが…なんとも不思議な感覚ですわぁ。今のワタクシが…もしも、物語のような展開になったら…譲ってしまうかもしれないのでしてよ。」
「その心配は無用だわ。マリは私のお義兄様が好きだもの。」
「あら、それならワタクシの一家からも協力しなくてわね。身分がどうとかという問題が起こりましたら、ワタクシに遠慮なく言いなさい。元・悪役令嬢の本領発揮ですわぁ、オホホホ!」
アイナは本来奪われる側であるはずだった。
マリアンネは本来奪う側であるはずだった。
しかし、マリアンネが転生の記憶を思い出したというだけで、その関係はガラッと変わるものになるのだから、因果関係とは不思議なものだなと思うネルカであった。
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