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第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)
58話:(回想)王子の気持ち
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デインは何でもできる男だった。
総合的な才能を見るのであれば潜在能力はネルカをも上回っており、学も計画力も魔法も武力も――そして人望も――何もかもを持って生まれた人間だった。
幼少の頃は将来有望という程度の認識だったが、歳を重ねればそんな言葉では収まらない存在であることがバレつつあった。
そんな彼を未来の王として推そうとする勢力が現れることは必然であり、それゆえに争いを望まない彼は自分の力を隠し、鍛えることを放棄した。幸いにも実兄義兄は王位継承に対する欲は薄かったため、彼が考慮すべきなのは大人の世界だけでよかった。
「殿下ぁ! 今日も素敵です!」
平穏を脅かす災厄の名前はエルスター・マクラン。
人間としての出来を見極める能力に長けており、宰相である父親は人事采配の際にまだ6歳である息子を使ったこともある――と噂されていたほどだった。そんなエルスターが心酔しているのであるのだから、デインの誤魔化しも意味がないものと化してしまっていた。
せめてもの救いは、
――エルスター自身がデインを王にさせないように動いていた。
――エルスターに対して兄二人が敵対心を抱き、見返すために努力した。
といったとこだろうか。
そうなると、貴族たちが狙い定めるは【デイン殿下の嫁】という立場。
上手くいけば王になり、上手くいかなくても優秀な旦那には変わりがない。始まってしまった下心丸見えな婚約者探しに、当然のことながら彼自身はそこまで乗り気ではなかった。
(父上もこんな立場の薄い男の、しかも幼少の頃に婚約者を探すなんて…焦る必要もないのに…。おおかた、誰かに言いくるめられでもしたのだろう。)
外面はニコニコとしてこそいるが、彼はすべてのイベントを冷めた目で見ていた。どんな賛辞を受けようとも、どんな貢ぎを受けようとも、どんな美人が来ようとも、なんの一切も興味がない。
そんな時にアイナ・デーレンと出会った。
「殿下……誰でもいいなら私にしませんこと?」
「ふぅん?」
彼にとって彼女の第一印象は、権力を求める女というだけだった。
エルスターの事前調査ではそういう家柄ではないと聞いていたし、彼が妥協できる令嬢であるとも聞いていたから、そのような理由で迫って来るとは予期していなかった。
「ワタクシ、叶えたい夢がございまして、殿下のお力をお借りすることが最短でございますの。ですが、あくまで最短……正直な話、流れても問題ございませんでしてよ。」
「その夢、ボクに教えてもらうことはできるかな?」
「えぇ、構いませんわ。色んな人には笑われまして、今まで、ワタクシの親友三人だけが…認めてくださっている夢ですが。んん…ゴホン…ワタクシ、最高の貴族になりたいですの。」
「ほぅ? 最高の貴族ねぇ。具体的にはどんなのだい?」
「皆が笑顔で生きていられる世界ですわ。もちろん、全員となれば厳しい話でしょう、それでも一人でも多くの笑顔を守りたいのですの。貴族とは、そういう存在であると思っておりましてよ。そして、その夢を追うのに、殿下の力をお借りすることは近道であると思っておりますの。」
彼女は顔が良いという理由で自分を見ない。
彼女は王家参入という栄光に興味がない。
彼女は周囲の嫉妬など気にしない。
彼女が願うのはただ一つ。
民が――友が――家族が笑っていられる世界だった。
そんな世界を自分の手で作るために、デインの嫁という座を狙っていた。
デインの嫁という肩書は、彼女には手段にすぎなかった。
(なんて…素敵な人なんだ。)
デーレン公爵家は先祖を辿れば王家関係者であるが、その血はもう他人と言えるほどに薄い。本来だったら数十年前に行われた【貴族整理】の際に降格するところを、民の代表者としての責務を果たしていたことから≪公爵≫であり続けた家系である。そして、その血はアイナにもきちんと受け継がれていた。
(そうか、他人のための人生というのも……ある意味、一つの生き方なのかもしれないね。)
彼女の考えはデインの無気力を解消するに値するものだった。ただ生きて、生きた先に何があるのか、何をしていくのか悩んでいた彼にとって、それは一種の光のようなものであった。
この光を手放したくない。
デインは何となくそう思ったのだ。
「ねぇ、君……いや、アイナ嬢のその夢、私も追ってみてもいいかな?」
「え?」
「この先、アイナ嬢との関係がどのようになるか分からないけれど…それでも、同じ夢を追う者として…いてもいいかな? つまり婚約者にならなくても、王家としての力をアイナ嬢に貸すと言うことだよ。」
「…ッ! は、はい! 殿下!」
貴族が、それも男女の間ですることではないとは分かっていたが、二人はまるで親友であるかのように握手を交わす。肯定してくれるどころか、いっしょになってくれるというデインの発言に、アイナは満面の笑みを浮かべていた。
「それなら、婚約者でなくてもよろしいですわね! 今回のお見合いはなかったことにしてくださいまし! あぁ、今日は素晴らしい日ですわぁ~!」
その言葉に、デインの動きが止まる。
アイナはそれを見ることもなく、饒舌に話をしていた。
(確かに、婚約者にならなくてもとは言ったけど…。)
言ったけど――
それはそれ。これはこれ。
(でも、ちょっとぐらいは私を見てくれたっていいじゃないか?)
デインが望めばすぐにでも婚約者になっていただろう。
しかし、彼は権威など使わずに、ただ彼女に振り向いてほしかった。
総合的な才能を見るのであれば潜在能力はネルカをも上回っており、学も計画力も魔法も武力も――そして人望も――何もかもを持って生まれた人間だった。
幼少の頃は将来有望という程度の認識だったが、歳を重ねればそんな言葉では収まらない存在であることがバレつつあった。
そんな彼を未来の王として推そうとする勢力が現れることは必然であり、それゆえに争いを望まない彼は自分の力を隠し、鍛えることを放棄した。幸いにも実兄義兄は王位継承に対する欲は薄かったため、彼が考慮すべきなのは大人の世界だけでよかった。
「殿下ぁ! 今日も素敵です!」
平穏を脅かす災厄の名前はエルスター・マクラン。
人間としての出来を見極める能力に長けており、宰相である父親は人事采配の際にまだ6歳である息子を使ったこともある――と噂されていたほどだった。そんなエルスターが心酔しているのであるのだから、デインの誤魔化しも意味がないものと化してしまっていた。
せめてもの救いは、
――エルスター自身がデインを王にさせないように動いていた。
――エルスターに対して兄二人が敵対心を抱き、見返すために努力した。
といったとこだろうか。
そうなると、貴族たちが狙い定めるは【デイン殿下の嫁】という立場。
上手くいけば王になり、上手くいかなくても優秀な旦那には変わりがない。始まってしまった下心丸見えな婚約者探しに、当然のことながら彼自身はそこまで乗り気ではなかった。
(父上もこんな立場の薄い男の、しかも幼少の頃に婚約者を探すなんて…焦る必要もないのに…。おおかた、誰かに言いくるめられでもしたのだろう。)
外面はニコニコとしてこそいるが、彼はすべてのイベントを冷めた目で見ていた。どんな賛辞を受けようとも、どんな貢ぎを受けようとも、どんな美人が来ようとも、なんの一切も興味がない。
そんな時にアイナ・デーレンと出会った。
「殿下……誰でもいいなら私にしませんこと?」
「ふぅん?」
彼にとって彼女の第一印象は、権力を求める女というだけだった。
エルスターの事前調査ではそういう家柄ではないと聞いていたし、彼が妥協できる令嬢であるとも聞いていたから、そのような理由で迫って来るとは予期していなかった。
「ワタクシ、叶えたい夢がございまして、殿下のお力をお借りすることが最短でございますの。ですが、あくまで最短……正直な話、流れても問題ございませんでしてよ。」
「その夢、ボクに教えてもらうことはできるかな?」
「えぇ、構いませんわ。色んな人には笑われまして、今まで、ワタクシの親友三人だけが…認めてくださっている夢ですが。んん…ゴホン…ワタクシ、最高の貴族になりたいですの。」
「ほぅ? 最高の貴族ねぇ。具体的にはどんなのだい?」
「皆が笑顔で生きていられる世界ですわ。もちろん、全員となれば厳しい話でしょう、それでも一人でも多くの笑顔を守りたいのですの。貴族とは、そういう存在であると思っておりましてよ。そして、その夢を追うのに、殿下の力をお借りすることは近道であると思っておりますの。」
彼女は顔が良いという理由で自分を見ない。
彼女は王家参入という栄光に興味がない。
彼女は周囲の嫉妬など気にしない。
彼女が願うのはただ一つ。
民が――友が――家族が笑っていられる世界だった。
そんな世界を自分の手で作るために、デインの嫁という座を狙っていた。
デインの嫁という肩書は、彼女には手段にすぎなかった。
(なんて…素敵な人なんだ。)
デーレン公爵家は先祖を辿れば王家関係者であるが、その血はもう他人と言えるほどに薄い。本来だったら数十年前に行われた【貴族整理】の際に降格するところを、民の代表者としての責務を果たしていたことから≪公爵≫であり続けた家系である。そして、その血はアイナにもきちんと受け継がれていた。
(そうか、他人のための人生というのも……ある意味、一つの生き方なのかもしれないね。)
彼女の考えはデインの無気力を解消するに値するものだった。ただ生きて、生きた先に何があるのか、何をしていくのか悩んでいた彼にとって、それは一種の光のようなものであった。
この光を手放したくない。
デインは何となくそう思ったのだ。
「ねぇ、君……いや、アイナ嬢のその夢、私も追ってみてもいいかな?」
「え?」
「この先、アイナ嬢との関係がどのようになるか分からないけれど…それでも、同じ夢を追う者として…いてもいいかな? つまり婚約者にならなくても、王家としての力をアイナ嬢に貸すと言うことだよ。」
「…ッ! は、はい! 殿下!」
貴族が、それも男女の間ですることではないとは分かっていたが、二人はまるで親友であるかのように握手を交わす。肯定してくれるどころか、いっしょになってくれるというデインの発言に、アイナは満面の笑みを浮かべていた。
「それなら、婚約者でなくてもよろしいですわね! 今回のお見合いはなかったことにしてくださいまし! あぁ、今日は素晴らしい日ですわぁ~!」
その言葉に、デインの動きが止まる。
アイナはそれを見ることもなく、饒舌に話をしていた。
(確かに、婚約者にならなくてもとは言ったけど…。)
言ったけど――
それはそれ。これはこれ。
(でも、ちょっとぐらいは私を見てくれたっていいじゃないか?)
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しかし、彼は権威など使わずに、ただ彼女に振り向いてほしかった。
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