その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)

49話:ネルカとエルスター

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エルスターという男はそこまで強くない。
彼の本領は情報収集と情報操作であり、戦うというのは基本的にやむをえない状態になったときだけだからである。しかも、その状態になっても多くは逃走を選択する。

目的完遂に勝利は不要。

その反面に、防御と気配断ちと察知が上手い。
そのためネルカがセグの相手をしている間、トーハによる不規則の攻撃をいなし続けていた。こちらから攻めこそできないものの、時間を稼ぐことが役割であるうちは問題が無い。

「そこをどけ小僧!」

「どいてほしいなら、どかせれば良いのでは?」

剣一本と急ごしらえの軽装だけで防がなければ状態であるはずなのに、頬や腕が掠ろうとも怯むことがないエルスターに対し、トーハは苛立ちが生まれ始めていた。

器用貧乏な彼と違って、セグは速度特化型の戦士である。
特化型というのは強みを押し付けれている間は無類の強さを発揮するが、ネルカのように対応しうる相手がいると知力を要求される――しかし、セグは馬鹿だ。今はまだ彼女がその速さに対応しきれていないが、それも時間の問題だろう。

なんとかして2:1の状況に持っていかなければならない。

(見て動いているわけではない…勘か予測か。ならば!)

どうせ守りしかしない相手だからと、トーハはネルカの方へと直剣を差し向ける。セグの猛攻を大鎌モードで捌いていた彼女は、意識を一瞬だけその直剣に奪われてしまう。

「あぁもう! うっとおしいわね!」

しかし、その隙をセグは埋めようとせず、むしろ逆に距離を置いて木に張り付く。同様にトーハもまた二人から距離を置いたようで、フリーになった彼女たち二人は背中を合わせて構える。

「なにかしようとしていますねぇ。」

「えぇ…そうね。」

様子を見ているだけのトーハと違って、セグは明らかに溜めを作っており、徐々に魔力が体から漏れ始めている。ネルカはそんな溜めを咎めたい気持ちもあったが、エルスターを一人にさせるわけにもいかず動けないでいた。

「ハッ!」

短く鋭い呼吸の音がしたかと思えば、セグの姿が消えた。
違う、消えたように見えるほど速く動いているだけ。

(右…いや違う左…もうそこ!? クソッ、目で追えない!)

ネルカですら残像を見るしかできない速度。

「ネルカッ!」

次の瞬間、彼女の背中に誰かに叩かれた衝撃が発生する。
それがエルスターに蹴られたことによるものだと分かったのは、よろめきから持ち直した時だった。そして、自身が元居た場所にセグの爪が突き立てられており、相手もまた驚いた表情を作っていた。

彼女は手に持っている大鎌を咄嗟に振り、隙になっている腹へと直撃させる。吹き飛ばされた彼は地面に手足を立てて着地すると、再び超速で姿を消した。

「エル! 助かったわ!」

「勘です! 二度できる自信はないですよ!」

彼女は立ちあがると、迫るトーハの攻撃を鎌の柄で防ぐ。

「エル、奴を探して。こいつは止めておくわ。」

「分かりました。」

ネルカは徐々に目の焦点をぼんやりとさせていくと、何となくの条件反射だけで攻撃を全て捌き始めた。そして、自身の内側にある魔力の発生源と思われる場所へと集中力を向けると、かつて自身が黒血卿に苦しめられたアレを再現させようとする。

(確か…魔力膜を薄め…広げる。)

広げるのは簡単だが思いのほかに維持が難しい。一瞬だけ周囲に発散させただけで、彼女の探知用魔力膜はすぐに虚空へと消えていった。しかし、一瞬とは言え展開したことには変わりがない、彼女は高速で動くセグを確かに捉えた。

「今…何をした…小娘。」

「教えるわけないでしょ。」

二度はさせないと魔力量を高め、六本の剣をその柄にぶつけるトーハ。さしものネルカもこれを弾くことができず、膠着状態のまま探知をするしかなかった。

そして、見つけるセグの姿。

彼の狙いの先は――エルスターの正面。

「代わりなさい!」

「えぇ!」

彼女は背同士でくっついているエルスターを、右肩で押して立場を入れ替えようとする。それを瞬で察した彼は剣を手放しながら同様に右肩でネルカを押し、二人の間を軸にするように回転して入れ替わる。


ネルカが片手を鎌から離し――
――エルスターが片手で鎌を掴む。


ネルカから鎌が完全に離れ――
――エルスターが両の手で鎌を掴む。


「ッ!?」


しかし、既に文字通り目の前にセグの爪が。

防御は間に合わない、だが首を逸らして回避は可能。

それでも――

ここで避けたら背後のエルスターが危険。

ならば――

体で受ければいいだけのこと。

「なっ!?」

彼女はセグの爪撃を――マスク越しに噛み止めた。

そんな出鱈目とも言えるような行動に、驚愕のセグは一瞬だけ動きが止まった。頭がガンガンと叩きつけられているかのような感覚の中、ネルカはセグの胸倉を右手で掴むと――その体を持ち上げた。

「は?」

まだ残っている突進勢いが利用された上昇の中、セグは自身に何が起きたのか理解もできないまま、2メートル下にある地面をボーッと見つめていた。そして、視界が反転して空を見つめることになったかと思うと、さらなる加速と共に急降下の感覚が襲いかかってきた。

「まずいッ!」

――セグの突進の勢い残り。
――重力。
――ネルカの全力。

この三つを利用して実行されるのは――地面への叩きつけだった。


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