その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:5-1章:避暑地における休息的アレコレ(前編)

45話:守る側の者たち

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先行するロルディンへと爪を突かんとする大熊であったが、彼は頬にかすり傷を受けながらも躱す。そして、熊爪に右手をかけると膝を曲げた状態で体を持ち上げて、渾身の蹴りを大熊の顔面へとぶつける。

『グモォ…。』

しかし、体格差は圧倒的――大熊はビクリともしない。
大熊は蹴りを受けながら、ジロリとロルディンを睨みつけていた。

それを見たネルカは大鎌を手鎌サイズへと小さくし、大きく振りかぶってから鎌を投擲する。低空に飛ぶ鎌は完全に大熊の意識外の攻撃となり、右膝裏に突き刺さって――体勢を崩す。

「ハアァァァァァッ!」

追いついたもう一人の騎士が大熊の首に剣を突き立てると、横に払い抜きバックステップを使ってその場から離れる。彼は大熊が地面に倒れ込む音を聞きながら、黙々と剣を腰の鞘へと戻して深い一息をいれていた。

「すばらしい連携ね。これが王宮騎士団のエリートってことね。」

「いやいや、対応したネルカちゃんもなかなかだったよ。」

「しかし、このレベルの獣が現れたのが、ちょうど俺らがいるときで良かったな。魔魂喰らいか…初めて見たぜ…。ほんとにいるんだな、こういうの。」

彼らはそもそも王子を守るためにこの地にやってきたのであり、それに相応する実力を持ったエリートである。対人想定の訓練が多いと言えども、この程度の魔物モドキ相手に遅れを取ることはまずない。

しかし、コルナールは別だ。
いくら騎士の家系だとしても、いくら主への想いが強いと言えども、努力だけでは到達しえない領域が目の前にあった。一分にも満たないような狩りではあったけれど、それだけで力量の差を測るには十分すぎるものであった

もしも、彼ら彼女らに近い強さを持った人間と、敵として対峙することになってしまったら――果たして守り切れるのだろうか。そんなどうしようもない己の無力感に唇を噛みしめながらも、立ち上がった彼女は三人に近づく。

「別に助けてとは言ってないです。」

ムスッとしたその態度に対して、肩を竦めたり、顔に手を当てて首を振ったり、ハハハッと笑ったりと三者三様の反応をする。しかし、頬を赤くしながらそっぽを向き、ポツリと呟いた言葉にその反応を変える。

「助けてとは言わなかったけど…助かったです…。ありがとう…です。」

「お、おう…。」

「それに比べて私は…何もできなかったです。みなさんには謝るです。大層なこと言って、巻き込んで、時間を潰して…でも一番の無能は私自身で…。悪いのは私です。弱い弱い弱い…弱いんです。」

「今度はそっちの方でメンドいことになんのかよ。」

ゲンナリとする騎士二人とは反対に、その言葉を聞いたネルカはコルナールに興味を失せたかのような表情になり、その場を無視して熊の方へと振り返る。前のコルナールは嫌いではない、しかし今のコルナールには彼女が関わる価値すらない。

「そんなくだらないことより。 この熊の死体、調べるわよ。」

「そんなこと!? おいおい、それはさすがに非情ってもんじゃないか?」

「ハァ…私はやろうと思えば、今日のことなんて無視できたわ。それでも参加したわ……真面目にはしてないけど、形だけの参加はした…コルナールさんの偏愛家な部分に圧されたからよ。だけど、今はそうじゃない、ならもう価値無しよ。押しには弱い自覚はあるし、お節介焼きな自覚もあるわ…でも切り捨てる時は切り捨てるのが私よ。」

非情呼ばわりをしてくるロルディンにイラつきを覚えたネルカは、ズズイと迫りながらも早口でまくし立てる。そして、コルナールの方を向き直ると、溜息を吐くと彼女にアドバイスを与えることにした。

「それにねぇ、弱い弱い言ってたけど…弱いから負けるわけじゃないわ。負けたやつが弱いのよ。じゃあ、勝ち負けってなに? 殺すか死ぬか? まぁ、普通はそうなのでしょうけど、あなたは違うでしょう?」

「私の勝ち負け…それは…。」

「アイナ様を生かし、守り、幸せにできるかどうかでしょう? 勝敗の行方は決まっていないじゃないの。勝手に自分のことを弱いと言うんじゃないわ!」

そんな彼女の言葉にコルナールは「そうです。私がどうでもアイナ様が素晴らしいことには変わりがない。できるできないは結果論、私がすべきはやるかやらないかです――」とボソボソと呟き、「結局、お節介の方が勝ってるじゃん。」と笑うロルディンにネルカは肘鉄をかます。

「もういいでしょう、さっさと調べるわよ死体。」

「あぁ、そういえば…なんで死体を調べるんだ?」

「魔魂喰らいってことは、魔物の死体があったということよ。でも、この森はそういうの出ないはずなんでしょ? だったら、外から来た…ならばどこから? そういうのを知っておくことは大事でしょ。あなたたちの主を守ることにも繋がるかもしれにでしょう?」

返り血が口の中に入ってしまわないように黒魔法のマスクを3人分作った彼女は、うつ伏せ状態の死体をまずは仰向け状態になるように転がす。そして、躊躇うことなく腹を割いて、まだ消えていないであろう魔魂を探していく。

「魔魂喰らいが持つ魔魂は…通常より小さいけど……あぁ…見つけt――。」

どうやら魔魂は見つけれることができたようだが、彼女は動きを急に止る。その様子を不思議に思った騎士二人はその腹の中を覗き込むが、二人もまた魔魂を見て動きを止めた。


――その魔魂には金属タグが取り付けられていた。


「なんだこれは…タグ? 被検体72号…? おいおい、これってまさか。」

「えぇ…誰かが人工的な魔魂喰らいを作ったということかしら? なぜ…?」

魔魂を入手して食べさせるなり移植させるなりすれば、あとは運任せの魔力の適合が起きるまで命を消費する――理論上は不可能ではない。

しかし、こんな実験をして何になるのかという疑問が生まれる。

強い生物を作るため魔魂は死んで一時間で分解消滅するのだから、街中での即席生物兵器という運用方法はできない。となれば元が動物であったことを活かした調教だったり、純粋に強い個体を作ろうとしているのだろうか――可能性が多すぎてどれが正解か分からない。


そして、こういう時に限って、次の事態は発生するというもの――


『なぜ…か。それは貴様らの国のトップに聞けば――分かることだ。』


背後からする低い声に四人が振り返ると、森の奥から一人の男が歩き近付いていた。さらにその奥からは黒い靄のようなものが広がっており、それは男を追い越して気付けば周囲を満たす。

黒い霧は――ここだけでなく――森全体を包んでいた。


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