その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:5-1章:避暑地における休息的アレコレ(前編)

42話:くっつけ大作戦

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――次の日。

仕事のため会議に来れなかった数名が参加したりといったことがあったが、ネルカたちの計画に支障は一切なかった。むしろ、その中には第二部隊長であるアース・ローイもいたこともあって、隊長権限(職権乱用)により都合がよかったほどである。

「コルナールさんはベティン様とマリがどうにかしてくれているみたいね。」
「殿下とアイナ嬢も鉢合わせ、共に散歩を開始したという情報が届きましたぞ。」
「しばらくすればこちらの森に来るはず。舞台は整ったということだな?」

湖の近くの森の中に潜む戦士たちは、まるで今から暗殺をするのかと思うほどの徹底ぶりである。今回の計画は王家が関わっているため下手なミスは許されない、参加者の中でも選りすぐりの者たちが実行係として任命された。

「皆の者、分かっているな。作戦開始だ。」

ベルガンテ王国きっての精鋭たちが全力で実行されるのが、国を守るだとかそんな大層なものではなく――一組の男女をカップル成立させる計画だというのだから、第三者が知れば驚くに違いない。

「合言葉は――」

「「「「目指せ! 殿下のイチャイチャラブラブ生活!」」」」

こうして迷惑なお節介が始まるのであった。


 ― ― ― ― ― ―


≪プラン1:ロマンチックな場所に男女二人いれば何か起きる作戦≫

近辺には王家管理の花畑があり、貴族のデート先としては有名な場所であった。そして、とりあえずそこに行けば何とかなるという安直な発想の元、近づく輩を薬or物理で眠らせる一同は静かに見守っていた。

「くそっ、何を話しているのか聞こえない。」
「角度と距離的に口元が見えないわ、読唇術もできない。」
「大丈夫だ、護衛役が何とかしてくれるはず。」

ギリギリまで離れた場所にこそいるが、二人きりにさせたいと言えどもさすがに護衛の騎士は外せない。その護衛数名は全てが根回し済みで、騎士団で共有しているハンドサインを以て、周囲にその会話の内容を伝えていた。

『殿下  素晴らしい  花畑。』
『うん  そうだね。』
『誘い  感謝  癒される。』
『うん  そうだね。』

詳しい内容を表現するのは厳しいハンドサインであるが、それでも雰囲気が悪くなそうな感じは伝わって来る。王子といるといつも政治の話しかしないと言われているアイナであるが、さすがに休暇中の花畑となると話題は華やかになるみたいだ。

「ほうほう、これは良い感じそうですな。」
「うんうん、盛り上がってそうでよかった。」
「これなら作戦は成功みたいね。」

「いや、ちょっと待て。なんだか様子がおかしいぞ。」

満足そうに見守っていた一同であったが、一人が何か異変に気が付いたようでピリリとした空気が流れる。そして、その人物は護衛のハンドサインをジッと見つめていると「おい…マジかよ…殿下…。」と呟く。


『殿下  お疲れでは  休み  良かったですね』
『うん  そうだね』


『そう言えば  マーカス殿下  聞いた  復興手伝い』
『うん  そうだね』


『王都  新しい店  美味しいケーキ  今度の茶会  いっしょに』
『うん  そうだね』


『普段  こんな話しない  殿下  好み食べ物  知りたい』
『うん  そうだね』


普段の政治の話の時はそつなく会話できているというのに、いざ日常会話をするとなると緊張してしまい――そうだね連投botと化してしまった王子がそこにいた。


 ― ― ― ― ― ―


≪プラン2:安定力のある男の子にトキメイちゃう作戦≫

デインがヘタレだということが分かってしまったため、会話で好感度を上げるという作戦は良くないと皆が悟った。だからこそ、行動で好感度を上げていくのが正攻法だと結論に至った。

――そこは長めの吊り橋。
――少し高い位置で下は川。

しかし、この橋に使われている吊綱は黒魔法によって一部コーティングがされており、ネルカの意志によって揺れを発生させることが可能となっている。

『キャッ! かなり揺れますわ! 怖いのでして!』
『大丈夫だよアイナ嬢、ほら、私の手を取って。』

密着する二人はきっと精神的にも急接近している頃だろう。
彼の声と顔が身近にあり、自身を支えてくれる。そして、触れる筋肉。
彼女の声と顔が身近にあり、自身を頼っている。そして、触れられる胸。

さらに高所での恐怖心も相まって、おそらくドキドキ1000%に違いない。
誤帰属によってそのドキドキも、恋によるものだと変換されているはず。


「さぁネルカ嬢、第二段階ですぞ。やってしまいなさい。」


そして、仕掛けはそれだけではない。

プチンッ!

綱の一カ所が千切れて橋が傾く。
もちろんこれも黒魔法の補助がしっかりとされているため、二人が落ちてしまうほどの傾きは発生しない。それにもしもの緊急事態に対応できるように、泳ぐための裸の男たちが近くに控え、もっと言ってしまえば川の中に潜んでいる者もいる。

『キャ~~! ででで、殿下ッ! おち、落ちますわッ!』
『落ち着け! 大丈夫だ、私がいる、落ち着くんだ!』

腕を絡めるどころか、抱き寄せる形となった二人。その包容力に安心したのか落ち着いたアイナは、ゆっくりと切れていない方の綱に手を掛けながら、ゆっくりと端へと移動していく。


そんな時――


『アイナ様ァァァァァァ! 今お助けしますゥゥゥゥゥゥ!』


「くそっ、コルナール嬢! 拘束に失敗したか!」


砂埃を上げるほどの全力疾走をかますコルナールが登場。

アイナの悲鳴があれば、どれだけ離れていても彼女は駆けつける。
アイナの残り香があれば、何キロ離れていたって彼女は追跡する。
アイナの労りがあれば、数日間連続だって活動することができる。

まさしく変t――忠犬。

隠れていた騎士たちが慌てて捕縛しようと動くが、全てを撥ね退ける彼女の馬力の前では無力も同然だった。橋までたどり着いた彼女は勢いを落とすことなく跳躍し、切れていない綱の上へと着地すると、綱渡りよろしくダッシュで駆け抜ける。


そして、彼女は王子を無視してアイナだけを救出した。


 ― ― ― ― ― ―


その日の夜、見事な作戦失敗ということで反省会が開かれた。

「コルナール嬢は完全なイレギュラーじゃったな…。」
「アタシたちが止めきれなくて、すみません。」
「次やる時はどうする? 監視の数を増やすか。」
「直接縛った方がいいんじゃないかしら。もしくは、薬を飲ませるとか。」

懲りるという言葉が脳内に存在しない彼らは、次の作戦ではどうするのかを考えていた。

「しかし、一番のイレギュラーは殿下が…クク…ククク…。」

「ガハハハ! 確かにそうだな! あの王子も可愛いとこがあるのだな!」

特に管理する側の立場であるはずの隊長・副隊長が酷く、デインの初心っぷりを肴にしながら酒を呑んでいる。豪快に笑う二人に周囲の騎士は「さすがに殿下のことをネタにするのは…」と止めようとするが、彼ら二人はそんな注意を無視して会話していた。

「まさか、あの完璧王子が。アレとはですな。」

『ふ~ん、アレってなんだい?』

「ヘタレじゃヘタレ。あっ、奥手と言わなきゃ不敬か、ガハハ!」

『そうか……。』

「そうだそうだ! ん…あれ…? 誰と話して…ま、まさか…。」


だからこそ――背後に立って笑みを浮かべている王子の存在に気付かなかった。


「――楽しそうだね。君たち。」


歴戦の戦士たちは恐怖のあまり微塵も動けなかった。


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