その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:5-1章:避暑地における休息的アレコレ(前編)

39話:それぞれの秘密

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ハウスの風呂場と言えども、そこは十分すぎる広さがあった。
ネルカとマリアンネが並んで湯船に浸かっても、なお余りがあるほどの空間。マリアンネはじっと隣の引き締まった体をじっと見つめ、そして不意に何を思ったのかその腹筋を指で突く。「ひゃうんっ!」と可愛らしい声を出したネルカは睨むが、その目線の先であるマリアンネはそれでもじっと体を見つめていた。

「し、師匠の体ってスゴイ…ムキムキだけど…スラッとしている。」

「そんな見ないで恥ずかしいわ。夜会の傷はまだ癒えてないわけだし。」

魔力の身体強化はあくまで『強化』に過ぎない。
つまり、筋肉と魔力の両方があってこその強さで、ネルカは鍛錬を怠らない。そんなムキムキボディには夜会の時の傷痕が残っているが、これも身体強化の恩恵により時間が経てば塞がっていくのだろう。

「それに、マリは大きいモノ持ってるじゃない。」

対してマリアンネは闘いとは無縁である。
腕も腿も腹も基本的に細く、それでいて胸は非常に豊満な部類である。現在の彼女は聖女ではなく、商売成り上がり平民という立場なので、邪な目を向けられることも少なくない。

「私からしてみれば、二人共が羨ましい限りさ。」

そんな二人を見ながら、長髪を纏めるため遅れて湯船に入ってきたのはマルシャだった。本来なら風呂に入るにしてもメイドが世話をするような立場の人間ではあるのだが、郷に入っては郷に従えの精神により彼女もまた一人で体を洗ったのだ。

「ふむ、これが噂に聞いていた『裸の付き合い』てやつだな。悪くない。」

「どこで覚えたんですか、そんな言葉。」

「さぁ、女子トークとやらをやろうではないか! 今日の私は友達として扱ってくれ!」

「マルシャ様はなんだか嬉しそうね。」

「それはそうだろう、この機会を逃すわけにはいかないからな。」

彼女は公爵家令嬢という重荷から抜け出すことはできない。だからこそ、仮に性格の合う友達ができたとしても、それでも高位貴族としての振舞いを解くわけにはいかない。彼女は下位貴族の茶会を見るたびに羨ましかった――あのような会話をしてみたい。

「なぁ…私がどうして殿下の側近なんて立場にいるか知っているか?」

「さ、さぁ、知らないわ。」

「アタシも知らないですけど…。」

知る知らない以前に知りたいとも思わない…などということは決して言えず二人が黙っていると、上機嫌なマルシャはそんなことを気にすることもなく話を続ける。そこには公爵令嬢としての彼女はいなかった、

「デイン殿下は外交の役として国を支えたいとおっしゃっていた。」

「は、はぁ…。」

「そこで、殿下の側近として走り回れば…あー、その…いろんな国の料理を食べれると思ったのだ。」

「えっと、マルシャ様は食べることが好きなんですか?」

「ハハッ、【麗嬢】だなんて存在が…ただの食い意地張りだなんてな。」

のぼせているのか恥ずかしいのか、彼女の顔は紅潮している。他の者がこのような表情をすれば可愛いという評価になるのだろうが、不思議なことにマルシャだと艶めかしさが増したということになる。

そもそも別に秘密を打ち明けることが女子トークであるわけではないけれど、それでも二人に近づこうとした彼女の行動に、マリアンネとネルカは目を合わせると頷いた。

「マルシャ様の秘密を聞いたのなら次は私の番ね。魔物を狩り過ぎて村の友達からドン引きされた話でもしようかしら。あっ、でも一人だけ私より強くなると言って村を出たやつがいて――――」

そうこうして三人で語りあっていたのだが、秘密明かし会も4周目に突入するには、ネルカが湯でのぼせてしまい慌てて上がることになってしまった。


 ― ― ― ― ― ―


それからはソファでぐったりとしていたネルカであったが、美味しそうなトマトの匂いに体を起こす。机の上には三人分の料理皿が置かれており、見るとそこにはマリアンネの料理があった。スープやサラダなどはネルカも馴染みがあるが、大きな皿に盛られた色鮮やかな料理だけは知らなった。そこには赤黄の野菜と緑の香辛料、散りばめられた貝と魚、その下側にはトマトで味付けされた米がある。

「美味しそうね。元気が出たわ。」

「うむ、ラムド公国のパヂシィという料理に似ているが…これはトマトベースなのだな。」

「えへ~、これはパエリアって料理なんです。前世のアタシのお気に入りだったみたいなんですよ。ただ貴族様の食事ってのが分からなくて…失礼でしたらすいません。」

「どのような形式でも構わない。友達として扱ってくれという言葉は嘘ではないのだ。」

そうして三人は席につくと料理を食べ始める。マリアンネは塩気の足りなさを反省をしていたが、他二人は味に満足しているようで笑顔だった。そして、風呂では中断となっていた秘密暴露大会が再開され、食事の席はとても楽しいものとなっていた。

――気が付けばエルスターの話題へと変わっていた。

「あのバカは人の忙しさってものが分からないのだ。この間だって『社交の役目はあなたのはずでしたよね。それなのに成果なしとは…職務怠慢ですか?』とか言ってきたのだぞ! 私も何もしなかったわけじゃない!」

「分かります。ゲームの中のエルスター様なんてちょっとしたことで文句言って…何が『ドレスの汚れが殿下の評価を下げます。なので、このワインで洗ってあげましょう。ブドウは抗菌作用があるんですよ。』だ! ふざけるなって話ですよ!」

「あぁ、あいつなら言いかねないな。」

マルシャは側近仲間として、マリアンネはゲーム攻略のことを思い出し文句を言っていた。しかし、そんな二人とは対照的にネルカはただ聞いて相槌を打つだけの存在と化していた。そんな彼女の様子に二人は訝しげな表情を作る。

「師匠も言いたいことありますよね!」

「いや、私は…むしろ気に入っているぐらいだし。」

「ネネネ、ネルカさん!? お風呂でのぼせてしまったときに、脳に支障でもきたしたか! それとも洗脳…そうだ、殿下のためと言って洗脳に手を出したんだなアイツ! だってキミはアイツを嫌がっていたではないか!」

その両手を掴んでブンブンと揺らして悲鳴を上げるマルシャ、そして青ざめた顔を手で覆いこの世の終わりかのように動かなくなってしまうマリアンネ。彼女たちの気持ちも分からなくもないので、ネルカは苦笑いしか作れなかった。

「う~ん、確かに最初は嫌がってたこともあったけど、それは向こうの仲良くしたいアピールが…ほら、しつこいと逆に否定したくなる気持ち分からないかしら? 求められると逃げたくなる的なやつよ。」

「アタシには…分かるような分からないような…。」

「それ以外に関しては別に文句はないわ。他の人にはあんな言い方でも、私からすればそうでもないから。それに暴れる環境を整えてくれるなんて素晴らしいわ。」

「確かに…キミ目線からすればそうなのかもしれないけど…。」

二人がネルカの顔をじっと見つめてみたが、その目に浮かんでいるのは恋慕の情ではなさそうだが、選択肢の中では良さそうという妥協というわけでもない。しかし、うっとりしているのは確実。

わけが分からないと揃って首をかしげるのであった。


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