その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:4-3章:血の夜会(本番・後編)

26話:エルスターの死

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騎士の拘束を振り払ってネルカが駆け付けたのは、パーティ会場の人だかりができている一角。辿り着いた先で二人の男が倒れている――宰相ドロエス・マクラン――その息子エルスター・マクランだった。

「う、うそよ…エルが…そんなわけ。」

呼吸を―体温を―脈を―心音を確かめるが、いずれも生きている人間のそれではなかった。そのことにうな垂れた彼女の様子は外野からは見えなかったが、ワナワナと震える肩がその気持ちを物語っていた。

「ねぇ…」

持ち上がったその表情に対し、野次馬で見に来た無関係者は恐怖で後ずさる。ユラリと揺れながら立ち上がる彼女からは、抑えきれない魔力が漏れ出している。

「誰がやったの…?」

そんな彼女の前に現れたのはリーネットご一行だった。
ただ、そこにマーカスはいない。

「何を言うのですか? あなた…いえ、あなた達家族がやったのでしょう? 宰相の座を奪うために前任を殺すという所業を…ね。まぁ、なんと浅ましいこと。」

扇で口元を隠してこそいるが、その目は明らかに侮蔑と嘲笑のもの。ネルカの逆鱗に触れるには十分すぎるものであった。

「――殺す。」

ネルカは近くにいた騎士が腰に携えていた剣を奪い取ると、姿勢を低くして駆けだす――狙いは側妃一派。どうせ最後は全員殺すのだからと、一人目の標的は彼女に最も近い位置にいるナスタになった。

そうはさせまいと斬りかかってくる三人の騎士に対し、一太刀目を剣でいなし、二太刀目を左足を軸にした体の回転で躱し、その回転を活かした蹴りで三太刀目を弾き飛ばし――そのまま速度は落とさない。

「ハァッ!」

全力を以てして行われた一撃を目で追うことのできた人間は、果たしてこの現場にいる中で何人いただろうか。少なくともナスタでは攻撃される初動が分かっただけで、視認と呼べるほどの反応はできていなかった。

次の瞬間――

――剣が折れていた。

確かに一流の者が魔力を使って防ぐのであれば、さきほどの攻撃が致命傷になるまではいかない。しかし、魔力膜は基本的に斬撃には強いが、衝撃に対してはそこまでという都合、あくまで致命傷にならないだけで受けたくない攻撃には違いない。

しかし、彼女の目の前の男は微動だにしなかった。

瞳孔が開く彼女の反応に対し、ナスタは満足した勝ち誇る表情を作る。

「あぁ、恐ろしいですなぁ。まるで猛獣だ。」

ネルカにはこのカラクリが理解できないが、なるほど確かにここまで防げるというのであればこれまでの態度にも納得がいく。と同時にこの自信の方向性が何か特殊な力によるものであり、彼女の中で最有力の仮説が魔法であるということになっていた。

(ならば…殺せるわ。)

彼女はとっておきとして控えていた黒魔法を発動させ――

「ぬんっ!」

そうはさせまいと何者かが人垣を跳び越え、剣を振りかぶってネルカを襲ってきた。彼女は思わず折れた剣で受け止めようとしたが、そのあまりの力強さにいなすこともできないまま――その体が壁側まで吹っ飛ばされる。

「ぐっ!」

何とか踏みとどまった彼女は追撃の一突きを首だけで回避すると、後ろの壁の壊れる音を無視して蹴りを入れようとする。しかし、その袖から現れた二人目に足を掴まれると、そのまま姿勢を崩され壁へと叩きつけられる。

「ぐっ…貴方たち…裏切りかしら?」

彼女が睨む二人の騎士――それはベルナンドとロルディンだった。

「ふむ、スパイと言ってくれぬかのぉ?」

「……ふんっ。」

「そうじゃのぉ…では冥土の土産に面白いこと教えてやるわい。」

彼は抑えつけの役目をロルディンに任せると、顔をその耳元に近づけて――。

『今回の計画は―――――。』

周囲の人間では何を言ったのか分からないやり取りではあるが、その言葉を聞いたネルカの反応は目を開き、うな垂れて抵抗することをやめてしまった。そして、その様子を見たベルナンドの顔は笑っており、拳を少し引くとネルカの腹を殴りつけ、彼女はくの字に折れ曲がると動かなくなった。

こうして、罪人ネルカは捕縛された。


 ― ― ― ― ― ―


彼女が目を覚ました時、どこかの地下牢に入れられていた。
彼女の体感では今は深夜、だいたい3時ごろだろうか。
周囲には無口な監視以外は誰もいなかった。

彼女は通常の牢屋では突破可能であると判断され、義家族が牢されているのとは別の特殊牢に入れられたのだ。そこは魔力が練れないよう魔封じの魔法が施されている。しかし、彼女にとって魔封じの有無などどうでもいいことだった。

「エル、私は――――好きよ。」

消え消えの声でつぶやくその言葉に、ただ仕事として牢を見張っているだけの監視の者は同情の目を彼女に向ける。しかし、階段を降りて部屋に入ってきた人物を見ると、慌てて敬礼のポーズを行う。

「目が覚めたか…なぁおい、ここから出してやろうか。」

「あら…誰かと思えば…フフ…助けに来てくれたのが王子様だなんて、みんなに自慢できるわね。なんて素晴らしいことなの。」

入ってきた人物――それはマーカスだった。
どうやら色々な後始末に駆り出されているようで、その疲れた表情からは(こうなるんだったら計画阻止しとけばよかった。)という思いが滲み出ていた。そんな彼にネルカは苦笑する。

「でもいいの、私を出さなくても…いいの。」

「おいおい。色んな派閥があんたを助け出そう動いたおかげで…今すぐ殺せって意見が頓挫してんだ。実は俺がここに来たのも、そういうやつらに脅されたからなんだぜ? おとなしく出てくれよ。」

あまりに彼女が動き出さないものなのだから、さしものマーカスも少しイラつき始めていた。そんな彼の変化に気付いたのか、表情をうかがうためにネルカは顔を上げ、しかし変わらない返答を口に出す。

「えぇ、あなたが――――出す必要はないわ。」

「ほぅ?」

ネルカのその目を見たマーカスは、自分が思い違いをしていたことに気付く。そして、彼がニヤリと笑うと対する彼女もニヤリと笑った。目の前の女は期待外れなどではない、むしろ期待以上かもしれない。

「残念かもしれないけど…白馬に乗った王子様も、牢屋から出してくれる王子様もいらないのよ。だって――――。」

だって――――


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