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第一部:2章:物語のヒロイン
7話:真のヒロイン
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ネルカが行ったことはシンプルである――呼び出しだ。
ただ彼女がやっても警戒されてしまうので、マルシャに頼み公爵家という立場を使っての呼び出しである。そのマルシャからは「さすがアイツの同類…人遣いが荒い…身分なんてお構いなし。」と言われていたけどもネルカは気にしない。
「で…マリアンネ嬢? ストーカーの理由をお聞きしても?」
変な噂を避けるために個室サロンへの呼び出しだったが、入ってきたのがマルシャでなくネルカであるのを見るとマリアンネは顔を青ざめ、そのツインテール共に体が震えていた。ネルカはただ話を聞きたかっただけなのに、これだとまるで悪人だと悲しくなった。
「師匠…ネルカ師匠…ッ!」
「は、え? 師匠?」
ふいにマリアンネが泣き出したかと思うと、大きな声で安堵の叫びをしながらテーブルに突っ伏せる。せっかくの個室だったのにこの大声では意味がないのではとネルカは焦った。
「ぐすぅっ……師匠に会えで……じじょ~にあえで…よがっだぁぁ!」
「あのその…師匠とは…もしかして私のことかしら?」
「ズズゥ…ヒックッ…そうです師匠とはダーデキシュ様攻略ルートの終盤で…【魔の森】で出会うはずなんです…アダジは師匠の弟子なんでず…。」
「なぜそこでダーデお義兄様の名前が!?」
ダーデキシュ・コールマンは当伯爵家の末っ子、つまりはネルカの義兄だ。
現在は魔法研究科の三年生としてこの学園に所属している。
基本的に寡黙でぶっきらぼうな言い回しをすることが多く、ネルカは学園に来る前の一カ月間で何度か会ったことはあるものの、大した会話もしたことがないので少し苦手意識がある。
「えぇっと……話が見えてこないわ。少し落ち着きなさい?」
「アタシはダーデキシュ様が好きでこの学園に入学したのです。」
「なるほど?」
「だけど、知っている不幸は避けたくて…死ぬはずの人を助けて…覚醒のイベントもなくなって…入学フラグ折れたけど…それでも金を集めて無理矢理入学して…。」
「それが、あなたが聖女と呼ばれるようになった経緯なのね?」
「なのにアタシは第一教室に入れる頭はなかったし、だからダーデキシュ様とのつながりも作れないし、学園では陰で『金亡者の孤児』だなんて言われるし、なぜか師匠は学園に入学しているし…もう想定外なことばっかりだったんですぅ~~!」
会話は少ししか成立していないがネルカにはこの情報だけで充分である。
この少女は確かに未来を知っていて、それに基づいて行動していた。
同時に、彼女は未来視や占いといった類でもないこともネルカは確信していた。
そう、これはまるで――
(まるでこの世界は何かの物語であるかのような言い回しだわ。しかも、いくつかのパターンも把握している、もしもの世界すら知っているほどの理解。)
彼女はその物語の中でも割と重要なポジションなのだろうか。
だが、彼女はその知識を自分のためだけには使わなかったために、主人公という立場からモブへと降格してしまった。例え自身の幸福が逃げることになろうとも、他者の不幸をどうにかする道を歩み、彼女の努力で幸福を取り戻そうとしたのだ。
「私にはあなたの秘密は知らないわ、だからあなたの言うことは理解できない。だけど結果は知っている。あなたの人と様は理解しているつもりよ。頑張ったのね。えらいわ。」
ネルカは彼女に近づくと涙で濡れた顔を抱き寄せる。
彼女の頑張りを尊敬せずにはいられなかった。
― ― ― ― ― ―
しばらくすると抱き寄せられていることに気付いたマリアンネは、顔を赤く染めながら「ごめんなさい!」とすって転んでの大慌て。そんな彼女に紅茶を飲ませて落ち着かせると、今度はきちんと座っての話し合いを始める。
「あの…信じてもらえるか分からないですけど…その…アタシは別世界からの転生者で…この世界は『ゲーム』なんです。と言っても転生前の記憶も飛び飛びなんですけど。」
「ゲーム…? それは未来を知る魔法の一種って把握でいいかしら?」
「具体的には違いますけど…結果なら…まぁ、似たようなもの…なのかな?」
【聖戦の乙女マリアンネと学園生活】――通称:聖マリ。
一般市民であるはずのマリアンネが聖女の力に覚醒し、そのことがきっかけで貴族の仲間入りを果たす。そして入学した先で様々な色男たちと交流を深め、最終的には結婚までたどり着いてハッピーエンド。
(普通の物語との違いと言えば…読み手で運命を変えられること…ねぇ。)
交流の対象は全部で5人いるようで、狙う対象によって細かい所で話が分岐する。
爽やかイケメンの第三王子――デイン・ズ・ベルガー。
魔法実践科の変人教諭――センルラ。
騎士科期待のホープ――オーバル・グレイソン。
雑さとデレのギャップ――ダーデキシュ・コールマン。
隠しキャラである隣国の留学生――アーレン・ドグ・ラステンダ。
「その…あなたの言い方だと私も出るのよね? 師匠だなんて言ってたし…もしかして、マクラン様に影響を受けてしまった嫌な奴みたいな感じで紹介されてないわよね?」
「そんな! あの不人気の糸目ゴミ男と…人気のある超絶カッコイイ師匠とを同等に語るなんて! アタシにはできません! それに師匠とアイツはゲーム内の関わりはなかったはずです。」
「私がカッコイイかはともかく、別の世界ですら嫌われているなんて…残念な人ね。」
ネルカが登場するのはダーデキシュ or オーバルルートのみで、しかも三年生編からということもあって出番は少ない。しかしながら主人公であるマリアンネを魔物から救い、人を救える強さが欲しいと願う彼女の師匠になることから存在感はある。また、ネルカのシーンはどれもカッコイイもの揃いなので、二次創作方面で人気が高い。
対してのエルスターはデインルートを進めることで絡むことになる。
そもそもとして王妃になるために色んなステータスを高水準にする必要があり、なおかつ恋敵も品位の高いアイナ公爵令嬢なのもあって難易度は一番高いルート。そして、それらの要素を押しのけて最大の障害とまで言われているのがエルスターという男。嫌われない方がおかしい。
「でもどうして師匠は学園に?」
「なりゆきよ? 偶然に貴族に出会って、一応として血筋確認ができて、何となく私が養子になっただけ。少しでもズレていたらここにいなかったほどの奇跡なのよ。」
「そうだったんだ……。」
どこで物語が変わってしまったか分からないが、あるとしたらマリアンネの過去の行い以外はないだろう。もしかすると助けた人間の中に原因があるかもしれないし、ほんのちょっとの風の吹き回しの連鎖かもしれない。
だが変わらない部分だってたくさんあるはずだし、そこには大きな事件であることだってあるだろう。問題としてはそれについてどう備えるかであり、ネルカの悩みはエルスターにどのように報告したらいいものかであった。
ウンウン唸るネルカは思考の深みにはまっており、ふと気づいた時にはマリアンネが上目遣いでこちらを見つめていた。何かを切り出したそうな表情にネルカは「いいたいことあるならどうぞ」と声をかける。
「あの…【師匠】って呼んでいいですか? それに仲良くもしたいなぁ…なんて。」
「師匠…ねぇ。そのゲームとやらでは私は何を教えていたのよ。」
「魔物と戦うための方法…なんですけど、実は教わったことはあまり意味がないんです。魔物の討伐イベントでは聖女の力しか使っていなかったので。」
「じゃあ、別に師匠じゃなくてもいいのね。」
「そんなぁ!」
マリアンネは今にも泣きだしそうな潤ませた目に上目遣いを添える。庇護欲を掻き立てられるようなヒロインたるビジュアルに、本来の攻略者と同様にネルカもまたマリアンネに堕ちてしまった。
(なにこの子! 可愛いじゃない!)
めんどくさいという気持ちと可愛がりたいという気持ちが競り合い、今現在ネルカはぐぬぬと苦渋の表情を見せている。そして、しばらく悩んだ後に言葉を絞り出す。
「まぁ? 名称に価値なんて無いし? 好きに呼んだら? 私もマリって呼ぶわよ。」
「…!? はい! 師匠! 大好きです! ツンデレいただきました!」
この笑顔により彼女はエルスターへの報告を誤魔化すことに決めた。
彼女は狩人時代の頃からそうだが、純粋な慕いの気持ちに弱い性格だ。
こうして二人目の友達ができたのであった。
ただ彼女がやっても警戒されてしまうので、マルシャに頼み公爵家という立場を使っての呼び出しである。そのマルシャからは「さすがアイツの同類…人遣いが荒い…身分なんてお構いなし。」と言われていたけどもネルカは気にしない。
「で…マリアンネ嬢? ストーカーの理由をお聞きしても?」
変な噂を避けるために個室サロンへの呼び出しだったが、入ってきたのがマルシャでなくネルカであるのを見るとマリアンネは顔を青ざめ、そのツインテール共に体が震えていた。ネルカはただ話を聞きたかっただけなのに、これだとまるで悪人だと悲しくなった。
「師匠…ネルカ師匠…ッ!」
「は、え? 師匠?」
ふいにマリアンネが泣き出したかと思うと、大きな声で安堵の叫びをしながらテーブルに突っ伏せる。せっかくの個室だったのにこの大声では意味がないのではとネルカは焦った。
「ぐすぅっ……師匠に会えで……じじょ~にあえで…よがっだぁぁ!」
「あのその…師匠とは…もしかして私のことかしら?」
「ズズゥ…ヒックッ…そうです師匠とはダーデキシュ様攻略ルートの終盤で…【魔の森】で出会うはずなんです…アダジは師匠の弟子なんでず…。」
「なぜそこでダーデお義兄様の名前が!?」
ダーデキシュ・コールマンは当伯爵家の末っ子、つまりはネルカの義兄だ。
現在は魔法研究科の三年生としてこの学園に所属している。
基本的に寡黙でぶっきらぼうな言い回しをすることが多く、ネルカは学園に来る前の一カ月間で何度か会ったことはあるものの、大した会話もしたことがないので少し苦手意識がある。
「えぇっと……話が見えてこないわ。少し落ち着きなさい?」
「アタシはダーデキシュ様が好きでこの学園に入学したのです。」
「なるほど?」
「だけど、知っている不幸は避けたくて…死ぬはずの人を助けて…覚醒のイベントもなくなって…入学フラグ折れたけど…それでも金を集めて無理矢理入学して…。」
「それが、あなたが聖女と呼ばれるようになった経緯なのね?」
「なのにアタシは第一教室に入れる頭はなかったし、だからダーデキシュ様とのつながりも作れないし、学園では陰で『金亡者の孤児』だなんて言われるし、なぜか師匠は学園に入学しているし…もう想定外なことばっかりだったんですぅ~~!」
会話は少ししか成立していないがネルカにはこの情報だけで充分である。
この少女は確かに未来を知っていて、それに基づいて行動していた。
同時に、彼女は未来視や占いといった類でもないこともネルカは確信していた。
そう、これはまるで――
(まるでこの世界は何かの物語であるかのような言い回しだわ。しかも、いくつかのパターンも把握している、もしもの世界すら知っているほどの理解。)
彼女はその物語の中でも割と重要なポジションなのだろうか。
だが、彼女はその知識を自分のためだけには使わなかったために、主人公という立場からモブへと降格してしまった。例え自身の幸福が逃げることになろうとも、他者の不幸をどうにかする道を歩み、彼女の努力で幸福を取り戻そうとしたのだ。
「私にはあなたの秘密は知らないわ、だからあなたの言うことは理解できない。だけど結果は知っている。あなたの人と様は理解しているつもりよ。頑張ったのね。えらいわ。」
ネルカは彼女に近づくと涙で濡れた顔を抱き寄せる。
彼女の頑張りを尊敬せずにはいられなかった。
― ― ― ― ― ―
しばらくすると抱き寄せられていることに気付いたマリアンネは、顔を赤く染めながら「ごめんなさい!」とすって転んでの大慌て。そんな彼女に紅茶を飲ませて落ち着かせると、今度はきちんと座っての話し合いを始める。
「あの…信じてもらえるか分からないですけど…その…アタシは別世界からの転生者で…この世界は『ゲーム』なんです。と言っても転生前の記憶も飛び飛びなんですけど。」
「ゲーム…? それは未来を知る魔法の一種って把握でいいかしら?」
「具体的には違いますけど…結果なら…まぁ、似たようなもの…なのかな?」
【聖戦の乙女マリアンネと学園生活】――通称:聖マリ。
一般市民であるはずのマリアンネが聖女の力に覚醒し、そのことがきっかけで貴族の仲間入りを果たす。そして入学した先で様々な色男たちと交流を深め、最終的には結婚までたどり着いてハッピーエンド。
(普通の物語との違いと言えば…読み手で運命を変えられること…ねぇ。)
交流の対象は全部で5人いるようで、狙う対象によって細かい所で話が分岐する。
爽やかイケメンの第三王子――デイン・ズ・ベルガー。
魔法実践科の変人教諭――センルラ。
騎士科期待のホープ――オーバル・グレイソン。
雑さとデレのギャップ――ダーデキシュ・コールマン。
隠しキャラである隣国の留学生――アーレン・ドグ・ラステンダ。
「その…あなたの言い方だと私も出るのよね? 師匠だなんて言ってたし…もしかして、マクラン様に影響を受けてしまった嫌な奴みたいな感じで紹介されてないわよね?」
「そんな! あの不人気の糸目ゴミ男と…人気のある超絶カッコイイ師匠とを同等に語るなんて! アタシにはできません! それに師匠とアイツはゲーム内の関わりはなかったはずです。」
「私がカッコイイかはともかく、別の世界ですら嫌われているなんて…残念な人ね。」
ネルカが登場するのはダーデキシュ or オーバルルートのみで、しかも三年生編からということもあって出番は少ない。しかしながら主人公であるマリアンネを魔物から救い、人を救える強さが欲しいと願う彼女の師匠になることから存在感はある。また、ネルカのシーンはどれもカッコイイもの揃いなので、二次創作方面で人気が高い。
対してのエルスターはデインルートを進めることで絡むことになる。
そもそもとして王妃になるために色んなステータスを高水準にする必要があり、なおかつ恋敵も品位の高いアイナ公爵令嬢なのもあって難易度は一番高いルート。そして、それらの要素を押しのけて最大の障害とまで言われているのがエルスターという男。嫌われない方がおかしい。
「でもどうして師匠は学園に?」
「なりゆきよ? 偶然に貴族に出会って、一応として血筋確認ができて、何となく私が養子になっただけ。少しでもズレていたらここにいなかったほどの奇跡なのよ。」
「そうだったんだ……。」
どこで物語が変わってしまったか分からないが、あるとしたらマリアンネの過去の行い以外はないだろう。もしかすると助けた人間の中に原因があるかもしれないし、ほんのちょっとの風の吹き回しの連鎖かもしれない。
だが変わらない部分だってたくさんあるはずだし、そこには大きな事件であることだってあるだろう。問題としてはそれについてどう備えるかであり、ネルカの悩みはエルスターにどのように報告したらいいものかであった。
ウンウン唸るネルカは思考の深みにはまっており、ふと気づいた時にはマリアンネが上目遣いでこちらを見つめていた。何かを切り出したそうな表情にネルカは「いいたいことあるならどうぞ」と声をかける。
「あの…【師匠】って呼んでいいですか? それに仲良くもしたいなぁ…なんて。」
「師匠…ねぇ。そのゲームとやらでは私は何を教えていたのよ。」
「魔物と戦うための方法…なんですけど、実は教わったことはあまり意味がないんです。魔物の討伐イベントでは聖女の力しか使っていなかったので。」
「じゃあ、別に師匠じゃなくてもいいのね。」
「そんなぁ!」
マリアンネは今にも泣きだしそうな潤ませた目に上目遣いを添える。庇護欲を掻き立てられるようなヒロインたるビジュアルに、本来の攻略者と同様にネルカもまたマリアンネに堕ちてしまった。
(なにこの子! 可愛いじゃない!)
めんどくさいという気持ちと可愛がりたいという気持ちが競り合い、今現在ネルカはぐぬぬと苦渋の表情を見せている。そして、しばらく悩んだ後に言葉を絞り出す。
「まぁ? 名称に価値なんて無いし? 好きに呼んだら? 私もマリって呼ぶわよ。」
「…!? はい! 師匠! 大好きです! ツンデレいただきました!」
この笑顔により彼女はエルスターへの報告を誤魔化すことに決めた。
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