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第2話 祭りの日に
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その与太郎は何を想ったのか、或る日に突然その寺を飛び出したのである。元々、放蕩癖のある彼は、このままうらぶれた寺で坊主になり一生を過ごすよりも、未だ経験したことのない世間に羽ばたくことを夢を抱いていたからである。
しかし、寺を飛び出した与太郎には、当然知り合いも身よりもなく、世間の人は無情だった、何とかなるだろうと軽い気持ちで寺を飛び出したものの何処へも行く当てもなく、ただ、その日を無意味に過ごしていた。
何とか、たまに仕事を見つけては見たものの、甲斐性のない彼は、どこでも長くは続かなかった。そんな或る日、与太郎は物色しながら町をぶらぶらと歩いていた。丁度そのとき、町は祭りの最中であり、ところどころには縁日の賑わいで町中が活気づいていた。
彼はこういう祭りが好きだった、しかし祭りそのものが好きなのではない。それは陽気な祭りに紛れて人の懐中物をスリ取ることで、その金で生きながらえていたからだ。
しかし、与太郎は根っからの悪人ではなかった、悪事をした後は何故か必ず自分の非を悔い後悔するのだが、その獲物を見つけると再びその悪事に手を染めるという矛盾を繰り返していた。その心の中に彼を育てた住職の影が見え隠れし、彼の心を躊躇させた。
その不甲斐なさが、彼を駄目にしていたのである。それを自分で知りながらも、どうすることも出来なかった、その彼の心の弱さを彼を拾った住職が立ち直らせようと思った矢先に、逃げ出したのである。今思えば、その住職の言うことを聞いていれば良かったと思うのだが、もう既にそれは遅い。
その祭りの時は、皆浮き浮きしていているし、見せ物小屋を見たり出店の物を買ったりと懐具合も良く、金を沢山持っているので、それを目当てに、恰好の稼ぎ時でもあるからだ。特に彼の獲物は、金を持っていそうな年寄りや、子供連れの母親、綺麗に着飾っていそいそと歩く娘達だ。当然、金が目当ての彼は、その獲物達に眼を光らせる。
その獲物の近くに、付き添いの男はいないか、取り締まりの連中がいないか等、常にそれらに気を配りながら、瞬間的に頭で判断するのである。それだけを捉えれば、彼は天才的と言えるのかも知れない。
与太郎が、祭りの境内をキョロキョロと物色しながら歩いていると、何故か金を持っていそうな老人が眼に付いた。よく観察すると、その老人には手を引いている孫娘のような子供が一人居るだけのようで、何やらその孫娘に、にこにこと愛想を崩しながら、屋台の竹細工を選んでいるようだった。老人は言った。
「てまりや、どれが良いかな、爺様が好きな物を買って上げるから、何でも言ってごらん」
「うん、ありがとう、爺ちゃま、あたいはこれがいいかな」
「どれどれ」
女の子は頬を膨らませ、興奮しながら夢中で好きな物を選んでいたが、老人はそれを眼を細めて見つめていた。春先の祭りの最中のそこには、ぼかぽかと暖かい日差しが指し込んでいて、老人は少し眠気を催していた。幼い孫娘にせがまれながら、爺ちゃまと言われた老人が目を擦りながら、それを取ろうとした時、誰かが近づいてきたような気がした。
与太郎は、いつものようにさり気なく老人に近づき、わざとよろけた振りをして抱きついた。
「おっと、ゴメンよ……」
そう言いながら、素早くその老人の懐から、どっしりと重そうな財布を抜き取った。
その時、老人の顔は一瞬驚き、その若者の足の速さを目で追い、諦めたのである。
与太郎は後も見ずに、小走りで走り去っていった、そして誰も居ない境内を見渡した後、そこでしゃがみ込み舌なめずりしながら、その財布の中身を覗き見たのである。
その巾着の中に意外な物が入っていて、与太郎は思わず息をのんだ。
しかし、寺を飛び出した与太郎には、当然知り合いも身よりもなく、世間の人は無情だった、何とかなるだろうと軽い気持ちで寺を飛び出したものの何処へも行く当てもなく、ただ、その日を無意味に過ごしていた。
何とか、たまに仕事を見つけては見たものの、甲斐性のない彼は、どこでも長くは続かなかった。そんな或る日、与太郎は物色しながら町をぶらぶらと歩いていた。丁度そのとき、町は祭りの最中であり、ところどころには縁日の賑わいで町中が活気づいていた。
彼はこういう祭りが好きだった、しかし祭りそのものが好きなのではない。それは陽気な祭りに紛れて人の懐中物をスリ取ることで、その金で生きながらえていたからだ。
しかし、与太郎は根っからの悪人ではなかった、悪事をした後は何故か必ず自分の非を悔い後悔するのだが、その獲物を見つけると再びその悪事に手を染めるという矛盾を繰り返していた。その心の中に彼を育てた住職の影が見え隠れし、彼の心を躊躇させた。
その不甲斐なさが、彼を駄目にしていたのである。それを自分で知りながらも、どうすることも出来なかった、その彼の心の弱さを彼を拾った住職が立ち直らせようと思った矢先に、逃げ出したのである。今思えば、その住職の言うことを聞いていれば良かったと思うのだが、もう既にそれは遅い。
その祭りの時は、皆浮き浮きしていているし、見せ物小屋を見たり出店の物を買ったりと懐具合も良く、金を沢山持っているので、それを目当てに、恰好の稼ぎ時でもあるからだ。特に彼の獲物は、金を持っていそうな年寄りや、子供連れの母親、綺麗に着飾っていそいそと歩く娘達だ。当然、金が目当ての彼は、その獲物達に眼を光らせる。
その獲物の近くに、付き添いの男はいないか、取り締まりの連中がいないか等、常にそれらに気を配りながら、瞬間的に頭で判断するのである。それだけを捉えれば、彼は天才的と言えるのかも知れない。
与太郎が、祭りの境内をキョロキョロと物色しながら歩いていると、何故か金を持っていそうな老人が眼に付いた。よく観察すると、その老人には手を引いている孫娘のような子供が一人居るだけのようで、何やらその孫娘に、にこにこと愛想を崩しながら、屋台の竹細工を選んでいるようだった。老人は言った。
「てまりや、どれが良いかな、爺様が好きな物を買って上げるから、何でも言ってごらん」
「うん、ありがとう、爺ちゃま、あたいはこれがいいかな」
「どれどれ」
女の子は頬を膨らませ、興奮しながら夢中で好きな物を選んでいたが、老人はそれを眼を細めて見つめていた。春先の祭りの最中のそこには、ぼかぽかと暖かい日差しが指し込んでいて、老人は少し眠気を催していた。幼い孫娘にせがまれながら、爺ちゃまと言われた老人が目を擦りながら、それを取ろうとした時、誰かが近づいてきたような気がした。
与太郎は、いつものようにさり気なく老人に近づき、わざとよろけた振りをして抱きついた。
「おっと、ゴメンよ……」
そう言いながら、素早くその老人の懐から、どっしりと重そうな財布を抜き取った。
その時、老人の顔は一瞬驚き、その若者の足の速さを目で追い、諦めたのである。
与太郎は後も見ずに、小走りで走り去っていった、そして誰も居ない境内を見渡した後、そこでしゃがみ込み舌なめずりしながら、その財布の中身を覗き見たのである。
その巾着の中に意外な物が入っていて、与太郎は思わず息をのんだ。
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