上 下
1 / 2

垣間見る地獄

しおりを挟む
 「もう、もうやめます。やめますから記憶を掘り起こさないでください! もう忘れた、なかったことにした記憶ですから。どうか、どうか……」
 「うん、だからね、なかったことにはならないんだよ? 君はどこにいても、どれだけ偉くなっても、この姿で、この声で、部屋の中で一人引きこもっていたという事実は決して覆らないんだ。だからさ、受け入れようよ。いいじゃないか、今の君はこのお城で聖騎士? 様としてかわいい女の子たちとよろしくやってるんだろう?」
 賢司はそう言って、膝をつきうなだれる豪華な鎧姿の男の眼前に映像を映し出す。そこには、暗い寝室のベッドの上でうずくまる少年の姿があった。
 手に持ったスマホの青い光が肉付きが良い体には不釣り合いな小さめの寝間着を照らし出す。甲高い声が部屋中に木霊し、追いかけるように種類の違う甲高い笑い声が小さく聞こえる。それがスマホからの声と少年の声であることは明らかだった。
 青い光は少年の薄ら笑いを照らし、不気味な影を作り出す。なんとも目に毒な光景だった。その光景を鎧姿の男は顔を背けながら横目で眺める。まるで、見たくもないものを見せられているように。
 「どうしてこんなことを……?」
 「どうしてって、仕事だから。僕も好きでこんなことやらないよ」
 そう言う賢司だったが、満面の笑みを浮かべていた。
 「明日からまたあの子たちと世界の警備に向かいます。それで許してもらえませんか?」
 「明日からじゃだめだね。今すぐお願いできるかな? ほら、言われてすぐ行動しない人ってさ、結局何もかも後回しにしちゃうんだよね。口だけの人ですねって君言われたことあるでしょ? 僕そういうのわかっちゃうんだよね」
 「……そんなことないですけど」
 あまりの言われように男は賢司の言葉を否定する。
 「うん、それはきっと君の耳の届く所ではってことだと思うな。きっと、いや断言してもいいよ。君が席を立った後、女の子たちはどうせ行動には起こさないんだから、って言ってたよ。だって僕なら言うもん」
 「いや、そんなこと」
 「信じたくない気持ちはわかるけど、現実逃避は良くないよ。少なくとも街の人はそう思ってるよ。僕聞いてきたんだ。聖騎士様ってどんな人ですか? 直して欲しいところってあったりしますか? って。最初はそんなところありませんって気を使ってたけどね。最後にはぽろっと愚痴をこぼしてくれたよ。『貧困問題もどうにかしますって言ってたのに、何も変わってないんだよね。奴隷解放とか娼館の解体とかはすごいけど若い女の子に関わることばっかりで、下心が見えすいてるんだよね』だってさ。見抜かれちゃってるね」
 「そんなこと……ないです」
 「その割には歯切れが悪かったね。まあ、同じ男だから僕も気持ちはわかる。でも、最初に大見栄切ったなら私情を挟むにしてもばれないようにしないとね。男が上に立つときは性欲はばれないように発散しなきゃ」
 「そんなことないって言ってんだろ! そのババアが適当言ってるだけだろうが。俺はこの街の為に動いただけだ。それがたまたまそういう女の子たち絡みが多かっただけの話だ。決めつけで語ってんじゃねーよ!」
 男は立ち上がると賢司とお互いの顔が振れそうな距離まで兜に包まれた顔を近づける。怒りに震えた兜がカチャカチャと金属音を鳴らす。
 「お? 化けの皮はがれちゃったね。僕はそっちの方が好きだよ。まあでも、敬語のままの方がいいと思うよ。年上の人間には敬語さえ使っておけば最低限温情が貰えるけど、逆に言えば敬語も使えないと助けてくれないからね」
 「ここはあんたのいた世界とは違えんだよ。ここでは力があるやつが上なんだよ。今までの敬語だってただのキャラ作りってだけだ。あんたを敬ってたわけじゃねえよ。俺が本気出したら、あんたなんか消し炭だ。自分の立場分かるか? 勘違いすんなよ雑魚が」
 「うん、粋がるのも良いけどね。自分の立場は分かってるつもりだよ――――君よりもね」
 「そうかよ。じゃあ、あんたが分かってるつもりの立場を正してやるよ」
 男はおもむろに後退すると背負った大剣を抜き放ち、切っ先を賢司の喉元へ突きつける。
 「…‥これどうするつもり?」
 「このまま突き刺すだけだが? 安心しろよ。アリシアは超級治癒魔法が使える。切られてすぐなら全身バラバラになっても元通りだ。ちょっと痛い臨死体験だと思ってくれよ」
 「困るなあ。痛いのは嫌いなんだよね」
 「なら、さっきの言葉を撤回して謝罪してくれよ。一応聖騎士様だからさ、靴舐めろなんて言わねえから、ただの土下座でいいよ。ほら早くしろ!」
 「はぁ。仕方ないな。――――所詮は脱落者だつらくしゃだね」
 「っ!? もういい。一旦死んどけ」
 一瞬のうちに引き寄せた大剣を男は賢司の喉元目掛けて突き出す。神速と称されるそのひと振りは容赦なく賢司の命を刈り取る――――には至らなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

処理中です...