魔王の子育て日記

教祖

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波乱

誰がために鐘は鳴る その15

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 息は上がっていない。この程度で呼吸が乱れてしまうような鍛錬も戦場も、此処に居る人間は経験していない。
 問題は魔王だ。相対する前と同じく挑戦的な笑みを浮かべている。
 何も変わっていないのだ。瞬く間に三度の斬撃を躱しながら何も――――。
 その異常な光景に驚く者もまた、この場にはいない。全員が解っていた。目の前の光景が全てなのだと。
 「どおりであいつらに一撃入れられるわけだ。動きも狙いも確実に俺を殺しに来てる――――もっと来いよ。」
 その場の人間は背筋に氷柱を刺されたような圧倒的な悪寒が身体を巡った。
 魔王の声音は親しき友に語り掛けるようであった。軽口を叩き合うように眼前の敵は自らを殺しに来いというのだ。圧倒的な力の差を見せておきながら、その言葉には悪意は一切感じられない。故に底知れぬ恐怖を感じる。
 一瞬の静寂が訪れる。
 「そうか俺の番か。期待に応えられるように善処するかな」
 それを魔王は自らの手番であると解釈した。
 
 ――――誰がために鐘は鳴る。

 虚空に呟くように力を持つ言葉が魔王の口から放たれる。
 それが耳に届くよりも先に、朱雀たちは魔王へ肉薄する。追従するように全身の皮膚が泡立つ。
 脊髄反射の先、生存本能による自身の生命保護反応が身体を動かしたのだ。
 
 ――――慈愛の土に芽吹き、慈悲の雨に咲け。

 魔王の言葉をかき消すように鋭い風切り音が鳴った。
 夏輝の大太刀が逆袈裟に魔王に迫る。予定調和と呼べるほど最低限の動きで紙一重で躱された太刀は空を切る。
 そこに突き立てられたのは朱雀の刀。幾度となく戦場で宿敵を地に臥させた神速の突き。
 夏輝の一太刀から朱雀の突きをも凌いだ者は片手で数えても指が余る。刃が喉元へ届くまさにその時、それがその指が一つ埋まった瞬間だった。
 差し出される刃と等しい速度で魔王は歩み出ると半身で刃とすれ違う。懐に入られてしまえば返し刀で二の太刀へ動くことは適わない。

 ――――その身は今生の最期を飾りし狂い花

 朱雀はみぞおちに杭を打ち込まれたような感覚に襲われた。紛れもなく、魔王の口から紡がれているのは先程中断された言葉だ。一度は退けた災いが再び眼前に迫る。横目で魔王の姿を捉えるが刃を向けるには遠すぎる。
 朱雀の視界の端が暗闇に覆われた。暗闇は徐々に形を変え魔王に長大な得物を振りかざす。
 暗闇が総雲だと本能的には分かっていた。それでも認識できなかったのは、身の丈の半分までその余りある巨躯を捻り反らし、異形となっていたからだ。
 「「っ!」」
 魔王と朱雀は双方向に飛びのいた。
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