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波乱
誰がために鐘は鳴る その5
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一層深く握りこまれた刀が敵を切り伏せるべく待ち構える。もはやいくら距離を取ろうとも気休めにもならない。
次はどう来るか。宵闇の一閃か或いは――――。
思考を巡らす朱雀の視界にはゆっくりと近づいてくる魔王の姿。悠然と歩みを進める様は王者の風格か。無個性な暗銀の鎧でありながら見えない闘気を纏っている。
――――誰がために鐘は鳴る
歩みの中で言葉が発せられた。兜に覆われているはずだが直接頭に響いてくるような声音に、朱雀は無意識のうちに体が動いていた。
体を前傾に倒しながら、朱雀の脳内をただ一つの言葉が埋め尽くしていた。
――――詠唱が完了したときすべてが終わる。
そう本能が告げていた。なんとしても装甲の奥の喉元に刃を突き立てなければならない。
――――慈愛の土に芽吹き、慈悲の雨に咲け
体は加速する。再び朱雀を光が覆い、右上段に掲げられた刃が袈裟懸けに魔王を薙ぐ。
分かりきった物語を聞かされる子供のように、暗銀の小手がそれを受け止めた。
「っ!?」
だが、その物語は一味違った。受け止めた瞬間重さが消える。小手を滑るように流れた刃は主の腕の中に戻ると、点となり喉元へ飛び込んできた。
夏輝が必殺としていた――――突き。その域まで高めるに至ったのは朱雀の必殺であったからに他ならない。
本来打撃が有効とされる鎧に対し刀で挑むためには、神業に等しい精度をもってその隙間を突くしかない。不可能といって差し支えないそれを朱雀はやってのけた。
刃先に兜が掠る感触。だが刃は前進する。それは阻まれたのではなく、敵の防御を掻い潜り急所への道を開いたことを意味していた。柄頭に左手の掌底を当て、加速度的に押し込む。
硬い感触が手のひらに伝わった後、刃に感じる重みが無くなった。見れば刃は喉元を突き抜け、鎧の背後で吊り下げ灯の光を鏡の如く反射している――――何色にも染まらず研がれたばかりのような輝きで。
――――その身は今生の最期を飾りし狂い花
こと切れたようにからりと音を立てて鎧が崩れ落ちる。中には何もない。
朱雀が背後から聞こえた声の主を見る。思っていたよりもずっと若い、幼さすらも感じる様相の青年。その頭上には似つかわしくない禍々しき一対の角。外套を揺らし、鎧の中に着こんでいたとは思えぬ設えの正装を纏っている。
青年――――魔王は笑っていた。ただ無邪気に旧友とじゃれ合うような笑顔。
あの最中、鎧の下ではこの笑顔を浮かべていたというのか――――。
その邪な心を微塵も感じ得ない姿が朱雀を戦慄させる。ここにきて初めて朱雀の動きが止まる。
絶望の朱雀を前に無慈悲にも言葉は紡がれる。
――――咲け。白百 ぐっ!?
悠々と紡がれてきた詠唱に雑音が混じる。それは魔王自身のものであり、今までの戦闘の中で魔王が発した初めての苦痛の声だった。
声が発せられたと同時に、朱雀の視界には赤と黒の二筋の線が見えた。
喉元を抑え顔を歪めながらも、それでも口角を上げたままの魔王。その眼前に立つのは肩で息をする二人の姿だった。
「夏輝……総雲……」
次はどう来るか。宵闇の一閃か或いは――――。
思考を巡らす朱雀の視界にはゆっくりと近づいてくる魔王の姿。悠然と歩みを進める様は王者の風格か。無個性な暗銀の鎧でありながら見えない闘気を纏っている。
――――誰がために鐘は鳴る
歩みの中で言葉が発せられた。兜に覆われているはずだが直接頭に響いてくるような声音に、朱雀は無意識のうちに体が動いていた。
体を前傾に倒しながら、朱雀の脳内をただ一つの言葉が埋め尽くしていた。
――――詠唱が完了したときすべてが終わる。
そう本能が告げていた。なんとしても装甲の奥の喉元に刃を突き立てなければならない。
――――慈愛の土に芽吹き、慈悲の雨に咲け
体は加速する。再び朱雀を光が覆い、右上段に掲げられた刃が袈裟懸けに魔王を薙ぐ。
分かりきった物語を聞かされる子供のように、暗銀の小手がそれを受け止めた。
「っ!?」
だが、その物語は一味違った。受け止めた瞬間重さが消える。小手を滑るように流れた刃は主の腕の中に戻ると、点となり喉元へ飛び込んできた。
夏輝が必殺としていた――――突き。その域まで高めるに至ったのは朱雀の必殺であったからに他ならない。
本来打撃が有効とされる鎧に対し刀で挑むためには、神業に等しい精度をもってその隙間を突くしかない。不可能といって差し支えないそれを朱雀はやってのけた。
刃先に兜が掠る感触。だが刃は前進する。それは阻まれたのではなく、敵の防御を掻い潜り急所への道を開いたことを意味していた。柄頭に左手の掌底を当て、加速度的に押し込む。
硬い感触が手のひらに伝わった後、刃に感じる重みが無くなった。見れば刃は喉元を突き抜け、鎧の背後で吊り下げ灯の光を鏡の如く反射している――――何色にも染まらず研がれたばかりのような輝きで。
――――その身は今生の最期を飾りし狂い花
こと切れたようにからりと音を立てて鎧が崩れ落ちる。中には何もない。
朱雀が背後から聞こえた声の主を見る。思っていたよりもずっと若い、幼さすらも感じる様相の青年。その頭上には似つかわしくない禍々しき一対の角。外套を揺らし、鎧の中に着こんでいたとは思えぬ設えの正装を纏っている。
青年――――魔王は笑っていた。ただ無邪気に旧友とじゃれ合うような笑顔。
あの最中、鎧の下ではこの笑顔を浮かべていたというのか――――。
その邪な心を微塵も感じ得ない姿が朱雀を戦慄させる。ここにきて初めて朱雀の動きが止まる。
絶望の朱雀を前に無慈悲にも言葉は紡がれる。
――――咲け。白百 ぐっ!?
悠々と紡がれてきた詠唱に雑音が混じる。それは魔王自身のものであり、今までの戦闘の中で魔王が発した初めての苦痛の声だった。
声が発せられたと同時に、朱雀の視界には赤と黒の二筋の線が見えた。
喉元を抑え顔を歪めながらも、それでも口角を上げたままの魔王。その眼前に立つのは肩で息をする二人の姿だった。
「夏輝……総雲……」
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