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波乱
誰がために鐘は鳴る その2
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「いやあ、久しぶりにやると肩が凝るなこりゃ」
玉座に体を預け審判の間を眺めながら脱力する魔王。暗銀の鎧にはあまりにも似合わない所作にパインは傍らに寄りながら溜息を吐く。
「ですから、和解など求めずに赤ちゃんを返せばよかったではないですか」
「そう言うけどな、そのまま突き返したって、結局こうなってたぞ」
魔王が指差した先をパインは見る。
左右が白黒に分かれた審判の間には濃紫の球体が無作為に並んでいた。その中には甲冑姿の兵士たちが一人ずつ包まれているのが見える。
「人間たちが戦いを望んだんだよ。俺はそれに応えるだけだ」
「だとしても、ギリギリまで傍観した挙句これでは、ヴィエルも私も無為に刀を振られただけではないですか」
「それは悪かったって。でもよ、あんなのお前らならじゃれ合いにもならねえだろ? 手も足も出ねえことが分かったら大人しく話聞くんじゃねーかって思ったんだよ。許してくれよ。――――ヴィエルもな、この通りだ」
パイン越しに呼びかけられたヴィエルは珍しく三白眼を作って答えた。
「魔王様は私たちよりも人間の方が大事なんですか」
「両方大事だ! でも今回は人間の動きを見るために様子を見た。すまん!」
「ヴィエル、これほどまで反省の色が見えない謝罪というものを私は初めて見ました」
「私もです」
パインも同じ目をして魔王に侮蔑の視線を送る。そんな視線にさらされても心が伴わない謝罪を繰り返す魔王。
やりたいことを付き通した場合の魔王はいつもこうである。謝罪はするが後悔はしていない。それが目に見えて伝わってくる光景は、他の従者たちには日常であった。
「これからどうすっかな」
「結局何も考えていないんですね」
「あのー、魔王様。気になっていたんですが」
「どうしたハリル」
会話に入ってきたのはメイド最年少のハリルだった。
「人間共って今どうなってるんですか?」
「どもって……。人間たちは今戦ってるぞ」
「戦ってるって誰とですか?」
「それはそれぞれだ。今に至るまでで一番戦いたいと思ってる奴と、だな」
「……へ?」
「まあ、そうなるよな。夢を見せてんだよ。あいつらは夢の中で求める相手と戦ってる。な? 人間の願い通りだろ」
「そういうものですかね」
「あいつらは願いが叶ってうれしい、俺たちは危ない目――――には合わないだろうが疲れない。お互い良い関係だろ」
「まあ確かに……?」
腑に落ち切らない様子のハリルと諭すように語る魔王。二人の会話は平行線を辿るのだろうと誰もが容易に予想できた。
「ハリル、魔王様の話は必要なところ以外は聞き流していかないと身が持ちませんよ。この方を理解することはできませんし、できたとしたらそれはもう手遅れです」
「主人の前でそれを言えるメイドは人間界と魔界全部見てもお前だけだと思うぞ」
「はい、パインさん! 聞き流します」
「君もパインさんの言葉をすべて真に受けるのはやめなさい」
パインの助け舟で半ば強制的に話題が転換されたのだった。
――――まあでも、夢もいつかは覚めるんだよな。
魔王の口から出た言葉。呟きにしては大きすぎる声量は虚空に向けて吐かれた独白にも似ていた。
ガギッ――――
瞬きにも満たない刹那、魔王の眼前で紅甲冑が上段から刀を振り下ろしていた。
玉座に体を預け審判の間を眺めながら脱力する魔王。暗銀の鎧にはあまりにも似合わない所作にパインは傍らに寄りながら溜息を吐く。
「ですから、和解など求めずに赤ちゃんを返せばよかったではないですか」
「そう言うけどな、そのまま突き返したって、結局こうなってたぞ」
魔王が指差した先をパインは見る。
左右が白黒に分かれた審判の間には濃紫の球体が無作為に並んでいた。その中には甲冑姿の兵士たちが一人ずつ包まれているのが見える。
「人間たちが戦いを望んだんだよ。俺はそれに応えるだけだ」
「だとしても、ギリギリまで傍観した挙句これでは、ヴィエルも私も無為に刀を振られただけではないですか」
「それは悪かったって。でもよ、あんなのお前らならじゃれ合いにもならねえだろ? 手も足も出ねえことが分かったら大人しく話聞くんじゃねーかって思ったんだよ。許してくれよ。――――ヴィエルもな、この通りだ」
パイン越しに呼びかけられたヴィエルは珍しく三白眼を作って答えた。
「魔王様は私たちよりも人間の方が大事なんですか」
「両方大事だ! でも今回は人間の動きを見るために様子を見た。すまん!」
「ヴィエル、これほどまで反省の色が見えない謝罪というものを私は初めて見ました」
「私もです」
パインも同じ目をして魔王に侮蔑の視線を送る。そんな視線にさらされても心が伴わない謝罪を繰り返す魔王。
やりたいことを付き通した場合の魔王はいつもこうである。謝罪はするが後悔はしていない。それが目に見えて伝わってくる光景は、他の従者たちには日常であった。
「これからどうすっかな」
「結局何も考えていないんですね」
「あのー、魔王様。気になっていたんですが」
「どうしたハリル」
会話に入ってきたのはメイド最年少のハリルだった。
「人間共って今どうなってるんですか?」
「どもって……。人間たちは今戦ってるぞ」
「戦ってるって誰とですか?」
「それはそれぞれだ。今に至るまでで一番戦いたいと思ってる奴と、だな」
「……へ?」
「まあ、そうなるよな。夢を見せてんだよ。あいつらは夢の中で求める相手と戦ってる。な? 人間の願い通りだろ」
「そういうものですかね」
「あいつらは願いが叶ってうれしい、俺たちは危ない目――――には合わないだろうが疲れない。お互い良い関係だろ」
「まあ確かに……?」
腑に落ち切らない様子のハリルと諭すように語る魔王。二人の会話は平行線を辿るのだろうと誰もが容易に予想できた。
「ハリル、魔王様の話は必要なところ以外は聞き流していかないと身が持ちませんよ。この方を理解することはできませんし、できたとしたらそれはもう手遅れです」
「主人の前でそれを言えるメイドは人間界と魔界全部見てもお前だけだと思うぞ」
「はい、パインさん! 聞き流します」
「君もパインさんの言葉をすべて真に受けるのはやめなさい」
パインの助け舟で半ば強制的に話題が転換されたのだった。
――――まあでも、夢もいつかは覚めるんだよな。
魔王の口から出た言葉。呟きにしては大きすぎる声量は虚空に向けて吐かれた独白にも似ていた。
ガギッ――――
瞬きにも満たない刹那、魔王の眼前で紅甲冑が上段から刀を振り下ろしていた。
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