魔王の子育て日記

教祖

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波乱

鐘の音

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 一閃は壁に突き当たるとそのまま霧散した。
 時が止まる。
 人間はもちろんのこと、魔族も皆一様に目の開きが大きくなっていた。
 夜帳の如き一閃に薙がれた後には黒石が変わらず光っているばかり。ただの脅しか、否、赤髪の女中の喉には傷一つ付いてはいない。総雲は小刀の行方を探す。
 「%*$$」
 声の主を見れば暗銀の小手の内に小刀が握られていた。
 「あきらめる、しろ。おまえ、かつ、できない。それでも、たたかい、のぞみ、するか」
 女中を介して訳された鎧男の言葉は憐れみが籠っていた。矮小な存在を労わるように。お前の為なのだと諭すように。――――お前に奴の仇を取ることは叶わないと言うように。
 「何度も言わせるな。私は此奴を殺すためにここまで来た」
 「たたかい、のぞみ、わかる、した。ざんねん、だ」
 鎧男は右手を前に出すと、正面を見つめたまま言葉を唱え始めた。いままでの会話の調子とはまるで違う、重々しく、禍々しさの中に神聖さを垣間見せるような声。それが止んだ時、部屋中に鐘の音が響き渡る。
 
 総雲が自身の得物を収めた姿を確認し、朱雀は面の中で安堵の表情を浮かべた。
 夏輝がよくぞ収めてくれた。このまま戦いに発展しようものならどうなっていたことか。
 奇襲は道に反するが、かといってこれほどの相手を前に真正面からの乱戦ほど無謀なものは無い。赤子の命も脅かされかねない。ひとまず振り出しに戻せれば勝機は見えるはずだ。
 そう思った矢先に耳に届いた微かな甲高い風裂音。総雲の得物とは対照的な薄い刃物が奏でる音だ。発生源を探ろうと視界を横に振ったとき、総雲と通訳の女中の間を宵闇の如き一閃が裂いた。
 あれは――――。
 忘れられるはずもない。大戦の前線で見た黒い光・・・
 相反する言葉が組み合わされたその名称は、一度見れば誰しもが納得するであろう。炎天に照らされようとも揺らぐことの無い、闇に似た光。地を裂き、蹂躙したあれが程度の違いはあれど眼前に現れたのだ。
 忌まわしい情景が脳裏に蘇る。地面よりもそれを埋める亡骸の方が平原。辺りを覆っていた草原は見る影もなく、地の赤が染める鮮血の海。世界の終焉でももっと慈悲があるのだろうと思った。
 再び記憶の底へ眠らせようと努める最中で生き残りの民間兵が交わしていた言葉が過ぎる。
 この光は――――。
 全身の血が泡立つほどの悪寒が体を駆け巡ったとき、二度と耳にすることは無いと信じていたあの鐘の音が聞こえた。
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