98 / 132
波乱
痕跡 その3
しおりを挟む
『聖術の一つに術の痕跡を探り復元すると言うものがある。
いわば、直近で使われた術を再現するというものだ。
再現の可否や精度は術者の技量に左右されるが、実際に本来の術の詠唱を知らずとも同じ術を発動することがで
きる数少ない方法だ。
だが、発動する際には問題がある。
発動したら最後、術が構築されるまでの間中断することは適わない。
仮に己の技量を遥かに超えた術でも、構築が終わるか、或いは辺りの聖力も己の力も使い果し、事実上術の発動
が不可能になるか、どちらかに至るまでは終わらない。
場合によってはお前に危険があるかもしれない。
だが、この術は魔術にも応用できるようだ。先の大戦の折に実証している。
使うかどうかはお前次第だ。覚悟して使え』
その言葉の後に詠唱と思われる文字が連なっていた。
唯一最後のこの言葉と詠唱には朱墨はつけられていなかった。
「実に回りくどい……。この言葉だけで事足りよう物を。陰に唆されたのだろうな。陽は時候の挨拶など書くような奴ではない」
「朱雀様、これは、使えとは一体……?」
「聖術をお使いになれるのですか?」
総雲と村正は目を丸くして朱雀に問う。
「ああ、大戦以降武人であろうとも最低限は聖術を身につけよ、と御上より仰せつかってな。四神は使えるように皆扱かれたのだ」
あれはなかなか堪えた――――と、遠い目をする朱雀。
その姿に呆気に取られる二人。
力では適わぬ敵に対し、神への祈りを捧げ賜ったその恩寵の力で対抗する術――――聖術。
それをこの国において武力の最高峰である人間が使えるというのだ。
目の前にいる生き物は果たして本当に人間なのか疑う境地に達している。
「物は試しだ。やってみるしかないだろう。魔界に行けなければ私がここまで来た意味もなくなってしまうからな」
「っ! ですが、朱雀様の身に危険が及ぶと書かれておりました! 聖術に長けた者が各地にいると聞いております。その者たちに応援を求めてはいかがでしょうか」
「総雲の申す通りでございます。お言葉ですが、朱雀様ほどの方を魔界へ送り出すことが最上級の危険なのです。そこまでの道程作りは他の者にお任せいただいた方が、万全の状態でご活躍いただけるかと存じますが、いかがでしょうか」
必死に朱雀を止める二人。
魔界で戦える数少ない戦力をこの場で失うこと以上の痛手はない。時を待ってもいいのではないか。
その思いは朱雀には届かない。
「悪いがそれはできない。仮にまだ赤子が生きているのならば、今この瞬間にも命を脅かされているやもしれぬ。私も所詮は人間。子供らが見たという赤子、美雪の子で間違いはないだろう。話を聞くまでは牽制程度のつもりだったが、助けられる可能性が出てしまった。本当なら魔界への門を開き、今にでもあちらへ飛び込んで行きたい。それでも万全を期さなければ、目的を達することは叶わない。魔族は甘くはない。故に最高の力を蓄え敵地に赴きたいが、今は何よりも時間が惜しい。私がやるしかない」
兜に遮られくぐもった声のはずだが、二人には鮮明に届いていた。
そこに、兵士の声がかかる。
「朱雀様、こちらへお願いします!」
いわば、直近で使われた術を再現するというものだ。
再現の可否や精度は術者の技量に左右されるが、実際に本来の術の詠唱を知らずとも同じ術を発動することがで
きる数少ない方法だ。
だが、発動する際には問題がある。
発動したら最後、術が構築されるまでの間中断することは適わない。
仮に己の技量を遥かに超えた術でも、構築が終わるか、或いは辺りの聖力も己の力も使い果し、事実上術の発動
が不可能になるか、どちらかに至るまでは終わらない。
場合によってはお前に危険があるかもしれない。
だが、この術は魔術にも応用できるようだ。先の大戦の折に実証している。
使うかどうかはお前次第だ。覚悟して使え』
その言葉の後に詠唱と思われる文字が連なっていた。
唯一最後のこの言葉と詠唱には朱墨はつけられていなかった。
「実に回りくどい……。この言葉だけで事足りよう物を。陰に唆されたのだろうな。陽は時候の挨拶など書くような奴ではない」
「朱雀様、これは、使えとは一体……?」
「聖術をお使いになれるのですか?」
総雲と村正は目を丸くして朱雀に問う。
「ああ、大戦以降武人であろうとも最低限は聖術を身につけよ、と御上より仰せつかってな。四神は使えるように皆扱かれたのだ」
あれはなかなか堪えた――――と、遠い目をする朱雀。
その姿に呆気に取られる二人。
力では適わぬ敵に対し、神への祈りを捧げ賜ったその恩寵の力で対抗する術――――聖術。
それをこの国において武力の最高峰である人間が使えるというのだ。
目の前にいる生き物は果たして本当に人間なのか疑う境地に達している。
「物は試しだ。やってみるしかないだろう。魔界に行けなければ私がここまで来た意味もなくなってしまうからな」
「っ! ですが、朱雀様の身に危険が及ぶと書かれておりました! 聖術に長けた者が各地にいると聞いております。その者たちに応援を求めてはいかがでしょうか」
「総雲の申す通りでございます。お言葉ですが、朱雀様ほどの方を魔界へ送り出すことが最上級の危険なのです。そこまでの道程作りは他の者にお任せいただいた方が、万全の状態でご活躍いただけるかと存じますが、いかがでしょうか」
必死に朱雀を止める二人。
魔界で戦える数少ない戦力をこの場で失うこと以上の痛手はない。時を待ってもいいのではないか。
その思いは朱雀には届かない。
「悪いがそれはできない。仮にまだ赤子が生きているのならば、今この瞬間にも命を脅かされているやもしれぬ。私も所詮は人間。子供らが見たという赤子、美雪の子で間違いはないだろう。話を聞くまでは牽制程度のつもりだったが、助けられる可能性が出てしまった。本当なら魔界への門を開き、今にでもあちらへ飛び込んで行きたい。それでも万全を期さなければ、目的を達することは叶わない。魔族は甘くはない。故に最高の力を蓄え敵地に赴きたいが、今は何よりも時間が惜しい。私がやるしかない」
兜に遮られくぐもった声のはずだが、二人には鮮明に届いていた。
そこに、兵士の声がかかる。
「朱雀様、こちらへお願いします!」
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる